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星狩りのレプタイル ー邪眼の蜥蜴と夜空の英雄たちー  作者: 若槻未来
第4章「天馬騎士と氷の獅子」
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72. トリニティ・ブルー

蘭子(ラン)ちゃんはまだなの!?)


 珠飛亜は、祈りながら逃げている。弟を抱いたまま。


 怪物に神は居ない。祈るべき神は珠飛亜の敵だ。


 だが、祈る。生存の強い願いに応えてくれる何らかの力に。あるいは『因果応報』という摂理そのものに、自らの善行をかえりみて祈った。

 炎の獅子との距離はもう数メートルも無い。冷たい炎の()()()の餌食にされるのも時間の問題。


 実の妹に食われる、食われて死ぬ。誰より大切な弟までもだ。それだけは避けたい。

 自分が死ぬのも弟が死ぬのも嫌だ。だが何より――


綺羅(きら)ちゃんにそんな罪を背負わせたくない!)


 珠飛亜にとっては綺羅も大事な妹だ。生まれてから今まで見守ってきたかわいい妹だ。そんな妹に、姉と兄を喰った業を背負わせるのは嫌だった。


「っ……!」


 珠飛亜は急降下する。五メートル、一〇メートル、そして地上十五メートルほどの位置に至って叫ぶ。



「"菫青晶の舞付師アイオライト・コレオグラファー"!!!!」



 瞬間、眼下に並ぶ人家を覆う氷が溶けて大量の水に変わる。


「『厚水汰溺壁グレート・バリア・リーフ』!」


 地面から立ち上った巨大な『水の壁』は、炎の獅子を阻むかに見えた――が、壁は獅子の足元にも満たない。ばきばき、と音を立て、水は再び氷に戻る。


 おまけに、


「っ……!?」


 氷の壁を炎の獅子の脚は、すり抜ける。

 ()()には実体が無い。あの巨体のどこかにいる綺羅本体が何かに引っかからない限り、物質で獅子を阻むことは不可能だ。


 万事休す。獅子の顎が大きく開いて、珠飛亜と理里を喰らわんと迫る。


(ごめん、りーくん……)


 ぎゅっと目を瞑り。強く理里を抱き寄せて、珠飛亜は襲い来る冷気を予感し――



「――どけェ!!」



 暴風に殴られた。



 男の怒号とともに、一陣の荒風が珠飛亜の身体を吹き飛ばす。



「きゃあ!?」



 とっさに理里を抱き寄せるが、珠飛亜自身はバランスを崩す。遠く吹き飛ばされ、ようやく体勢を立て直す。


「なんなの!?」


 頬をふくらませて自分が飛ばされてきた方を睨むと、



「えっ、籠愛(ろうあい)、くん?」


 珠飛亜は目を疑う。


 キマイラの眼前の空中に浮かぶ、長身の青年はまぎれもなく籠愛だ。だが、その雰囲気は珠飛亜の知るものと大きく異なっている。



(籠愛くんのあんな顔は見たことない)



 鬼の形相だった。物静かで気の小さい普段の彼から全く想像できない『悪』の貌。


 そして彼の後方には、


(何あの『蛇』!?)


 キマイラに劣らない大きさの黒炎の大蛇が八匹、人家を呑みながら籠愛を追っている。


 昔聞いたことがある。恵奈()の第二の能力が、『黒い炎』を操るものだと……まさかあれが?


「もうここまで来たか……!」


 籠愛も何か焦っているらしい。あの蛇……恵奈に、追われているのか。

 姉弟を喰いそこねた青い獅子の鼻先で籠愛は叫んだ。


「さあキマイラよ、いま一度狂気に吼えろ! 私はここだ! おまえを殺した英雄はここにいるぞ!」


 そう(のたま)う籠愛は、笑っていた。殺せと言っているのに、死ぬつもりは欠片もないように笑っていた。


 獅子の目が籠愛を視認――途端、獅子は震えはじめる。山のような巨躯を揺らして、グルル、グルルとうなって後ずさりする。


「どうした、私が怖いのか! 怖いなら殺せ! その『青い炎』で凍らせてしまえ! この街、この世界もろともなあ!! アーッハッハハハハハ!!!!」


 狂ったような籠愛の笑い声が響く。


『Uu……Uhh……』


 キマイラはうなっている。たてがみのように炎が広がった頭を振ってうなっている。

 その仕草で珠飛亜は何となく察した。


(彼が綺羅ちゃんを暴走させた……!?)


 彼の発言と綺羅の怯えようを照合させればその解答に至る。

 さらに、おそらく籠愛はふたたび綺羅を暴走させようとしている。彼女の身体を構成する『青い炎』をもう一度暴発させるつもりだ!


(だめっ! いま『青い炎』が放たれたら私たちは助からない! 被害ももっとひどくなる!)


 珠飛亜も人間に何の情も無いわけではない。生まれてこのかた人の中で暮らしてきたのだ、多くの人命が失われることは他人事とは思えない。


「やめて綺羅ちゃん! がんばって! おねえちゃんがここにいるよ! もうだいじょうぶ! そんなやつはおねえちゃんがぶっ飛ばしてあげるから!」


 声を大にして珠飛亜は叫ぶ。だが、


「アバズレが余計な真似を!」


 籠愛もそれを放ってはおかない。


 ぶん、と籠愛が左腕を珠飛亜に向けて振る――放たれる『風の刃』。


「っ!」


 とっさに珠飛亜も翼で身をかばうが、


「っ!?」


 飛び散る鮮血。

 鋼鉄に等しい硬度を誇る珠飛亜の羽根ですら、『風の刃』を阻むことはできなかった。

 腕も、脚も、翼も、散切りに刻まれる――そう危惧した瞬間、思い出す。


(やばい、このままじゃりーくんが!)


 珠飛亜の決断は早かった。


 くるっ、と一八〇度回転し籠愛に背を向ける……半秒もしないうちに、斬撃が珠飛亜の身を切り刻んだ。


「いぎゃあっ!?」


 肩口。脇腹。二の腕。太腿。ぱっくりと割れる。ニンジンの飾り切りのごとく。

 滝のように傷口から流れ出た血が白い氷上に落ちた。


 だが……


(守った、よ……りー、くん……)


 腕に抱いた理里はどうにか軽傷で済んだ。頬と袖を少し切っただけだ。


(よかった……わたし、今度は、守れ……)


 景色が黒く霞み、血塗れの天使は墜落した。

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