71. 八岐大蛇
「舞え、蛇竜蠢動」
恵奈がつぶやくと、ごう、と黒炎の鎧が燃え上がる。生まれたのは八本の巨大な炎柱。
まさしく神話の蛇竜のごとくうごめき、上空の籠愛に襲いかかる。
☆
「……何っ!?」
籠愛も下界の異変に気付く。迫り来る八本の火柱……いや、『黒炎の蛇』。
(エキドナめ、"黒燄煉劫儛"を使ったか!)
その異能は籠愛も資料で見たことがあった。
一度しか使用が確認されていない、恵奈の第二の異能。すべてを灼き尽くす黒炎の鎧をまとう能力。確か具現化型の異能だ。
(具現化型は私との相性が最悪だ……どうしたものか)
『空気の支配者』は物理攻撃にめっぽう強いが、『意思が映像を得たもの』である具現化型の異能には対抗手段がない。どんなに風を吹かせても魂の力は止められない。
仮に対策があるとすれば、一度攻撃を受けたうえでそれを治すか、異能によって起きる状態変化を何らかの手段で止めるか。……だがネクタルはもう残っていない。となると、燃焼そのものを止めるしかないが……
(……それも難しい)
あの黒炎は『火』ではない。水をかけても消えないし、『空気の支配者』で酸素を奪っても意味がない。あれは言わば恵奈の『魂』の延長であり、魂の内部世界から無尽蔵に熱と酸素を供給するものだ。
(……立場逆転か……)
籠愛は身を翻して旋回する。
炎の大蛇が追ってくる。民家を木々を飲み込み、白い煙をあげながら。
「なりふり構ってはいられない!」
黒焔の蛇竜から逃げる彼の視線の先では、蒼炎の獅子が咆哮していた。