70. Lover's suffering
と、炎の獅子の視線が滞空する珠飛亜を見上げた。
「え、うそ!?」
――見つかった。
「GOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!!!!!」
咆哮する獅子。巨体の青い炎が燃えさかる。
古代樹のごとくそびえる脚を浮かせ、彼女は走りはじめる。家々を踏み壊さず、炎の足で凍らせながら。
「うそでしょ――――っ!!!!」
可能な限りの全速力で珠飛亜は翔ぶ。
あの状態の綺羅に取り込まれれば、いくら珠飛亜でも自分を解凍できない。氷を溶かしたてもすぐ再凍結されるのが落ちだ。
逃げるしかない。
「蘭子ちゃん、お願いだから早く来て――――っ!!!!!」
悲鳴をあげつつ、珠飛亜は必死にはばたくのだった。
☆
いた。あのひとが。
わたしのあいするあのひとが。
いつもやさしい、そしてどこかかなしいめをした、あのひとが。
(おにい……ちゃん……)
獅子はそう呼んだつもりだった。だが、喉から出たのは低い唸り声。
自分はこうも醜く変わってしまった。熱い。身体中が熱い。喉の中で巨大な毛虫が転げまわっているようだ。
苦しい。あと少しで手が届きそうなのに。その私の手は、今や冷たい炎の前脚だ。
(たす……けて……。おにいちゃん……たすけて)
炎の身体では涙も流れない。ごうごうと目元が燃えるだけ。
(あついよう。くるしい、よう)
たすけて。このさむくてあついろうごくから、わたしをつれだして。
わたしのことを、もっとみて。わたしはあなたのことがすき。わらっているあなたをみているのが、しあわせ。あなたがいるだけで、しあわせ。
あなたのためならせかいだってほろぼせる。だからいま、あなたのえがおがほしい。いつもみたいにてをさしのべてほしい。こっちをむいてほしい。
(おにいちゃん……おにい……ちゃん――)
彼女の慟哭は届かない。蜥蜴は眠ったまま、それを抱く天使はぐんぐんと離れていく。




