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5. 約束

「だーっはっははははははははははははははは!! なぁーに言ってんだお前ェー! もしや中二病再発か!?」

「おお、我が永遠の宿敵よ! ようやくこちらの世界に戻ってきてくれたか……うるっ」

「ち、違う! 言い方が悪かった! そういう意味じゃなくて!」


 大笑いする希瑠と感涙にむせぶ吹羅。理里はあたふたと訂正するが、兄と妹の耳には入らない。

 寝起きの珠飛亜はぼけっと座り込んでいるが、綺羅と恵奈は少し困った顔をしている。


「お母さん、そういう趣味には理解があるほうだけど……さすがに今のはちょっと」

「う、う~ん」

「だからそういうことじゃなくて! 俺、"異能力(いのうりょく)"に目覚めたみたいなんだよっ!」


「…………えっ?」


 理里の言葉に皆の表情が変わる。


 異能力。俗に超能力とも呼ばれる、『意思によって世界に干渉する力』だ。怪物のほとんどはその力を有しているらしいが、今まで理里にはそれがなかった。


「先輩に殺されそうになったとき、突然左目が光ったんだ。そしたら先輩の身体が石みたいになっていって……すぐ逃げられたけど」


「石化の邪眼ッ! うらやましすぎる……」


 吹羅が悔しそうに拳を握る。


「光が収まったら、急に眠気に襲われて。目覚めたらここだったんだ」


 理里の説明を聞いて、恵奈がひたいに手を当てた。


「…………はぁ。そういうこと」

「母さん?」


 理里がけげんな顔をすると、恵奈はため息をついて続ける。


「りーくん、その力は気軽に使っちゃいけないわ。特に、続けて何度も使うのはね」


「えっ?」


「おそらく、その眼の力はあなたの身体には強すぎる……負担が大きすぎるのよ。だから、使用後には体力を大きく消耗して寝入ってしまう。あまり使いすぎると、死んでしまうかもしれないわ」


「なっ!?」



『死』というワードに理里の身体が硬直する。



「じゃあ、髪が白くなったのも?」


「いや、それは関係ないと思うわ。それは、りーくんの魂の性質をあらわすシンボル……『魂の色』みたいなものだから。異能力者には、たまにあるの。

 とにかく、その力は軽々しく使っちゃダメ。本当に命が危ない時だけにして」


 断言する恵奈。だが、


「そ、そんなこと言われても」


 理里は反発した。


 彼の正体はリザードマン。他の家族とは違い、さして強くもないトカゲ男だ。そんな彼にとっては並の英雄でも十分な強敵になる。いざとなれば邪眼を使わざるを得ない。


「俺は母さんたちと違って弱いんだから、この眼に頼るしかないじゃないか。他のみんなは強いから、そんなことないかもしれないけど……」


 理里がこぼすと、恵奈はあごに手を当てる。


「そうね……りーくんの身体能力は並の人間くらいしかない……どうしたものかしら」


 理里が肩を落とした時――


 唐突に、珠飛亜が手を上げた。


「はいはーいっ! じゃあ、おねえちゃんが守ってあげるっ!」


「……は? はあ!?」


「わたしなら学校でずっと一緒だし! その時間をちょっと増やせばいいだけでしょ? 何より、りーくんともっと一緒にいられるし……けひひ」


「なんだか勝手に話を進めているけれど……そもそも、このまま学校に通っていいのかどうかが問題じゃない?」


 にやけ顔を浮かべているところに恵奈が口を挟むと、珠飛亜が固まった。


「……え、なんで?」

「敵は生徒会長だと分かっているのでしょう。なのにあなたたちが学校に通い続けるのは、敵にいつでも襲わせるチャンスを与えるのと同じことよ。……というより、今まで無事だったのが驚異的ね。私もある程度の監視はしていたけれど。

 それに、柚葉市に現れた英雄が彼だけとは限らないわ。りーくんの話を聞く限りだと、今後さらに増えていく可能性が高い。母親としても、そんな敵地のただなかに我が子を放り込むわけにはいかないわよ」



 理里も神妙な顔で母にうなずく。


「確かに……やろうと思えば勉強は家でもできるし。命の方が大事か」


「えー、でもそれってなんか……」


 珠飛亜は不服そうなままだ。しかしこればかりは仕方のないこと。それは珠飛亜も理解している。


「いや、やっぱりいい。わかっ――」


 そう、珠飛亜がうなずこうとした時、


「でもよー。それってなんか、()()()()()()()?」


 低音が和室に響く。


 長男の希瑠だ。


「理里たちの青春は今、この時だけなんだぜ。英雄から命を守るためにそれを無駄にするってのは、なんだか奴らに()()()()()がするだろ」


「あのね、何を馬鹿なこと言ってるの? 英雄との戦いはいつまで続くかわからないのよ」


 恵奈は当然のように反論した。しかし希瑠は続ける。


「じゃあその間、俺らの『人間としての生活』はどうすんだ? 家族六人、父さんが残した結界に守られたこの家に引きこもるか? それともどこか山里に雲隠れでもするか?」


「っ……」


 恵奈が言葉に詰まった。


「そうなりゃこいつらの学歴はどうなる。将来の職業はどうなる。母さんは株で相当儲けてるから、ずっと俺たちを養っていけるかもしれないさ。だが、もし母さんが死んだら? 遺産だって無限じゃない。いずれ俺たちは路頭に迷う。『人間に化けて』生活してる以上、『人間として』のキャリアを積み重ねないわけにはいかないんだよ」


「……ニートのあなたがそれを言うの」


 悔し紛れに恵奈が睨んでも希瑠は動じない。


「だが正論だ。

 俺たちは怪物として生きると同時に、人間として生きていかなきゃならない。そのためには学ばなきゃいけないことと、身につけるべき『資格』が必要だ」


「そうしたスキルはいつでも取れるでしょ」


「それを後から取る時点で『普通』じゃないんだよ。俺たちにとって一番大事なのは、目立たないことだ。できる限り『普通』であるためにも、学校に通うのは不可欠だろ」


「働いていないあなたはどうなのかしら」


「俺はいいんだよ、そもそも外に出ないからな。いざとなったら山でサバイバルでもするさ」


 ハア、と恵奈はため息をつく。


「……あなたはそれでいいかもしれないけど、この子たちが死んだらどう責任をとるわけ? 彼らは未成年よ。決定権は保護者のわたしにある」


「確かにそうだが、大事なのはこいつらの意思だろう。聞いてみな、こいつらがどうしたいのか」


「……どうなの?」


 苦い顔で恵奈が振り返り、残る四人の子どもたちを見回す。


 ……最初に、おずおずと珠飛亜が答えた。


「……わたし、学校に行きたい。たとえリスクがあっても。

 ママの言い分は正しいよ。だけど、わたしたちだって自分の人生は自分で決めたいの。それが常に死と隣り合わせだったとしても」


「……」


 恵奈は呆然としている。

 続いて答えたのは吹羅。


「わ、我も行きたい。というか、行っとかないとまずい気がする……あまり気は進まないが。我は不死身だし、死ぬ心配がないからな」


 綺羅もそれに賛同する。


「き、きらも。ひゅらといっしょなら、だいじょうぶだと思う」


「あなたたち正気? 英雄との命のやりとりも辞さないというの。あなたたちが考えているより彼らは手強いわよ」


 が、ここで理里が口を開いた。


「自信は……ない。でも、今ここで()()する」


「何を?」


 苛立つ恵奈の目をしっかりと見て、理里はその問いに答えた。


「俺も、学校に行きたい。せっかく入った高校だしちゃんと卒業したい。今ここで学校を辞めたら、それは俺たちが英雄を『恐れて』学校を辞めたことになっちまう。それはなんか、()()()()()。兄さんが言う『負けた気がする』ってのはそういうことだろ。

 だからこそ、俺たちは母さんに誓う。俺たちは絶対に死なない。たとえどんな英雄が襲ってきても、全員返り討ちにする。そして、必ずこの家に帰って来るって約束する。それでいいだろ」


「馬鹿言わないで……認められるわけないわ。あなたたちが毎日無事に帰って来られる保証がどこにあるの」


()()()ほしい。それだけが、俺たちの頼みだ」


 理里の目は少しも揺るがなかった。ただまっすぐ、恵奈の瞳を見つめていた。

 恵奈が周りを見回すと、他の四人も同じ目で彼女を眼差している。


「…………」


 恵奈はしばらく考え込んでいた。だがしかし、三十秒ほど経って、


「……仕方ないわね」


 やれやれ、とため息をついてうなずいた。


「やったあ!」


「待ちなさい。さすがに、無条件で通学を許すわけにはいかない」


 ガッツポーズしかけた珠飛亜を恵奈が右手で制す。


「ええ~、面倒な」


 不服そうな子どもたちに恵奈は説く。


「まず、通学の際は必ず二人一組で行動すること。吹羅ちゃんは綺羅ちゃん、りーくんは珠飛亜ちゃんとね」


「なっ……!」


 理里がこの世の終わりのような顔をし、珠飛亜が満面の笑みを浮かべたが、恵奈は気にしない。


「次に、学校の中でも可能な限りは一緒にいること。吹羅ちゃんと綺羅ちゃんは同じクラスだから問題ないわね」


「げげっ……」


 理里が白目をむいて呼吸困難になりかかり、珠飛亜は変態じみた笑みで呼吸を荒げはじめたが、恵奈はまた無視して続けた。


「次に、英雄と遭遇したときは必ずわたしか希瑠くんに連絡すること。すぐ援軍に向かうわ」


「え、俺もかよ!?」


「当然でしょう、あなたが言い出したのだから。

 ……最後に」


 不満を述べる希瑠を尻目に、恵奈は告げる。



「必ず、『約束』を守ること。いいわね」



「……」


 毎日、生きて帰ってきなさい。

 そう告げた恵奈の声色は固かった。我が子らを信頼し、愛するがゆえの厳しさが、切れ長の眼に現れていた。


「……ああ」

「うん」

「無論だ」

「……う、うん」


 学生の四人は、めいめいにその『約束』を受け止めて首肯した。


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