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星狩りのレプタイル ー邪眼の蜥蜴と夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第4章「天馬騎士と氷の獅子」
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67. シュガークィーンとビターマザー


(……気付かれた!)


 上空から迫り来る籠愛の気配を恵奈も察していた。


(戦闘に入るのはこの子を安全な場所に運んでからと思っていたけど……そうはいかないみたい)


 低空、民家のすれすれを飛びながら恵奈は後方を睨む。


(……やはり、この子を拾ったのは失敗だったかしら……)


 そう思いつつ、恵奈は数分前のことを思い出していた。





 

《少し前、柚葉山麓公園》


「おかしいわね……確かこの辺りだったけど」


 籠愛の墜落を見届けた恵奈は、その死体を確認するため山の中に降りてきていた。


 柚葉山麓公園の敷地は広い。柚葉市の北部に広がる山脈の山肌沿いに造られた領域は大きく三つに分けられる。ひとつは(ふもと)の草野球ができる程度の『グラウンドエリア』、ひとつは中央部、ブランコやローラー滑り台がある『遊具エリア』、最後に北部の開発されていない『山エリア』である。


 籠愛はおそらく山エリアに落下した。彼の死亡を確認するまではおちおち綺羅の捜索もできないのだが、その死体がなぜか見つからない。凍った木々の上部には、彼が落下した際にできたと思われる大穴が空いているのに……


「熊にでも持っていかれたのかしら? ……いや、こんな人里までは下りてこないでしょうし」


 顎に手を当てて恵奈はうなる。ずるずると蛇の下半身で氷の上を這い進んでいると――


 見つけた。


「……あら」


 誰かが(くすのき)の陰に倒れている。下着が見えそうなほど短いスカートと、こげ茶色のローファー……明らかに籠愛ではない。


 そっと木の前まで進んで裏側を覗いてみると、彼女の全容が露わになった。


「う……」


 ところどころ破れた白いブラウス、木くずが刺さった肌……鮮やかなピンクのツインテール。弱った彼女は息も絶え絶え、凍った地面を這っている。


往魔(おうま)麗華(れいか)ちゃん……だったかしら」


 恵奈は瞳に殺気を宿し、冷酷な声で彼女の名を呼んだ。


「っ!? あんたどうしてここに」

「それはこちらのセリフだけど……私にとってはラッキーね。誰にやられたのか知らないけど、ここまで弱っている獲物は狩らない手はない」


 べろり、恵奈は二つに割れた舌で頬を舐める。

 だが……麗華の次の言葉に彼女は動きを止めた。


「ま、待って……! あたしたちはいま同盟関係にあるんだよ? 同盟相手を殺しちゃっていいの?」

「……は?」


 耳を疑う恵奈。


 いぶかし気な蛇女に対し、麗華は停戦協定について説明した。


「……ふうん、なるほど」


 詳細を聞いた恵奈の顔からは、いまだに疑念が消えない。


「そりゃ信じてもらえなきゃ仕方ないけどさあ? ほんとのほんとなのぉー」


 憔悴(しょうすい)、意識を保つのがやっとの様相でも、麗華はいつもの態度を崩さない。


「……で、あんたはなんでここに来たわけぇ?」


「ベレロフォンの死体を確認しに来たの。同盟が組まれたなんて聞いていなかったし……でもあの子、構わず攻撃してきたわよ」


 彼の名が出たとたん、麗華の表情が消える。


「あんた、まさかその名前で彼のこと呼んでないよね」

「呼んだわ。それが何か?」


 恵奈が首を傾げると、麗華の顔が怒りに歪んだ。


「あんたねえっ……うっ……!」


 しかし、起き上がる拍子に麗華は倒れる。氷の上に立てようとした肘がくずれる。


「無理しない方がいいんじゃない? ほら、あの薬……ネクタルは飲まないの?」

「うっさい……あれはもっと大事な時にとっとくの……」


 麗華の語勢は強いが、顔には血の気がない。


「……仕方ないわね」


 ずるずると恵奈は麗華に這い寄る。


「何する気!?」

「薬は持っているのでしょう? 私たち(怪物)と違って人間は寝てるだけじゃ傷は治らない。今こそ使うべき時なのではなくて?」

「くっ……」


 麗華も自分の状態は分かっていたらしい。素直に身体の力を抜いて氷上に寝転がった。


「あんた、人がいいんだね」

「人じゃないわよ。薬はどこ?」


 恵奈が蛇の身体をぐにゃりとかがめると、麗華は赤いブラジャーを指さした。


「ここ」

「あなたねえ……」


 呆れた顔で恵奈はブラの金具を外す。


「あなたみたいな子、うちにはお嫁に来ないでほしいわね」

「はは、安心して。おたくの息子さん方は守備の外だからぁ」


 からころと笑う麗華に恵奈は苦笑し、外したブラから薬瓶を取り出す。


「ん……」


 麗華の真っ赤な唇に、瓶が触れる。緑の液体が、ゆっくり口内に入り、喉がなまめかしく動いた。


「はあ……ありがと」


 少し楽になった表情で麗華は息をついた。


「ついでにもう一つ、あんたに頼んでいいかな」

「……何?」


 わずかに穏やかになった顔で恵奈が問う。

 そんな彼女の肩を、にわかに神妙な面持ちになった麗華が掴んだ。


「……籠愛(ロー)ちゃんを……ヒッポノオスを止めて」

「……? どういう意味?」


 恵奈がいぶかると、麗華は畳みかけるように詰め寄った。


「裏切ったの! もしかしたら、キマイラの暴走を悪化させるつもりかもしれない」

「……なんですって」


 その言葉を聞いて恵奈も顔をしかめる。


「おねがい……あの子にこれ以上罪を重ねさせないで。どんな手を使ってもいいから、あの人を止めて!」


 麗華の表情はいつになく真剣だった。血の気の無い顔ながら、その眼には真なる『意志』の光が灯っていた。


「……ええ。わかったわ。だから、あなたは少し休みなさい」


 恵奈が答えると、麗華の口元が安堵にほころんだ。


「……ありが……とう……」


 恵奈の肩を握っていた両手から力が抜ける。



「……面倒なことになったわね」


 恵奈の口振りはけだるげだった。が、彼女の両手は麗華のうなだれた左手をしっかり握っていた。


〇ネクタルカウンター

・麗華:3本→2本

 自身の治療に使用。


・手塩:0本

・蘭子:0本

・籠愛:0本

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