表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星狩りのレプタイル ー邪眼の蜥蜴と夜空の英雄たちー  作者: 若槻未来
第4章「天馬騎士と氷の獅子」
67/162

64. 不可逆RE-BLAZE


「ど、どういうことだよ、それ……」


 理里は取り乱す。『お前はもう用済みだ』と言われたも同然だ、当然のこと。


「もともとあなたは、今回の作戦に向いていない。何せもともと、尻尾が再生する以外には人より少し膂力(りょりょく)があるだけの怪物……そしてその左眼は、誰かを『救う』には過激すぎる」


「うっ……」


 理里は言葉に詰まった。


 理里の左眼、"蛇媓(じゃおう)(がん)"は、体力・精神力の大幅な消費を代償に、有機物を石化させる光を放つ。だがその能力は、今この状況において何の役にも立たない。理里の目的は、綺羅の暴走を『生きたまま』止めることだからだ。生きとし生けるものを石化させる邪眼は、誰かの生命を救うにはあまりに攻撃的。


 加えて、理里はそこまで肉体の能力が高いわけでもない。綺羅の捜索であれば、飛行能力をもつ珠飛亜のほうが適任だ。理里や手塩が地面を歩いて探すより余程早く、もし『青い炎』が再び放たれても珠飛亜なら自力で復活できる。


「仕方ない、手塩先輩……俺を家まで送ってくれ。綺羅の捜索は珠飛亜に任せよう」

「いえ、それも不適当です」

「……?」


 理里と珠飛亜は首を傾げた。


「どうして? わたしなら飛べるし、綺羅ちゃんがまた『青い炎』を発動しても復活できる。それならわたしが行った方がいいんじゃ」

「『飛行』と『解凍』。その二つは私にも可能です」

「「……!?」」


 姉弟は驚愕する。


「あ、アンタの能力って、いったい……?」

「そこまでは明かせません。事態が収束すれば我々はまた敵同士なのですから。

 ですがこれだけは明かしましょう。私は、『自分以外を解凍することができない』。これでお分かりですか」

「……!」


 珠飛亜が察した。


「そっか……! もし仮に、手塩君がりーくんを連れて行って、わたしが綺羅ちゃんの捜索に出ると、『青い炎』が再発動された時にわたしと手塩くんは助かる。けど、手塩くんはりーくんを解凍できない……!」


 その間に、理里が死んでしまうかも知れない。

 実のところ、『青い炎』がもたらす凍結にはまだよくわかっていないところが多い。細胞全てを凍らせているのか、それとも表面を覆うのにとどまっているのか。

 だが実際に肉体を冷凍した場合、水分の体積膨張によって細胞が破壊される可能性が大きい……つまり解凍しても無事では済んでいないはずだ。今のところそんな事例はないので、体表面を氷が覆った時点で『凍結』とみなされているのだろう。


「それに私は、綺羅さんの位置には目星がついている。我々は先程まで、彼女を討伐しようとしていたのですから。

 そういうわけで、綺羅さんの捜索には私が行かせていただきたい。……ただ、私だけで速く見つけられるかは疑問です。理里君を送り届けたら、先輩にも協力していただきましょう」


「……わかった。……りーくん、行こ?」


 少し、ぎこちない口調。珠飛亜は起き上がり、理里を促すが。


「……嫌だね、俺は」


 理里は、珠飛亜の手を振り払った。


「……? どういうつもりです」


 手塩が顔を歪める。黄色い眼が細くなる。


「論理的に考えれば、この組み合わせが最善のはず。なぜそれを拒否する」

「『論理的』ね……ハッ。堅物の生徒会長様には、絶対分からねえ理由だよ。俺は()()()とは組みたくない。この女に連れて帰られるくらいだったら、その辺で野垂れ死んだ方がマシだ」

「……理里君……?」


 手塩はますます眉を寄せる。その向かい側では、珠飛亜が憂いを帯びた表情で肩をすくめている。


「うん……でも、仕方ないでしょ。わたしとりーくんが一緒に戻るのが安全なんだよ」

「知るか。俺はもうあんたの世話にはならない……あんたの面倒も、もう見ないんだよ」


 理里は、珠飛亜を追い払うように右手を振る。その瞳は、ぎらぎらとした怒りに揺れている。


「……何があったのか知りませんが、今はそのような私情を挟んでいい場面ではありません。無駄な行動は控えていただきたい」


 手塩が怒気を込めた声で諭す。

 だが、理里の態度は変わらない。


「……うるせえ、俺は組まねえと言ったら組まねえんだよ。どうしてもその女と組ませたいってんなら、殺して死体を持って帰らせろよ。いいじゃないか、敵が一人減るぜ」

「そうですか、ではそうさせていただきます」

「えっ」


 次の瞬間、理里の口から飛ぶ胃液。


「がはっ……」


 手塩の拳が、理里の鳩尾(みぞおち)にめりこんでいた。


「手塩くん!?」


 珠飛亜が驚き、理里から手塩を引き剥がす。どさっと理里の身体が倒れる。


「りーくん、大丈夫!?」


 慌てて珠飛亜は弟を助け起こすが、眼が開かない。


「ご安心を、気絶させただけです。……詮索はしません、時間の無駄ですので」


 手塩はすでに、"鎧"の方へと歩き始めていた。投げた剣を拾うのだろう。


「……ありがとう」

「例を言われる筋合いはありませんよ。私は作戦を円滑に進めたいだけですので。

 さあ、疾く去りなさい。私の能力については、企業秘密ですので」


 背を向けた手塩の表情は見えない。だが、珠飛亜は深々と頭を下げた。


「……それじゃ手塩くん、そっちは任せたよ。わたしもすぐ行くから」

「ええ。先輩も、お気を付けて」


 ばさり、翼を広げた珠飛亜は自らの巣へと飛び立った。最愛の弟をその腕に抱えて。





(さて……この者の処理については、確か)


 倒れた"鎧"の前に立った手塩は、耳の無線機からある回線に接続する。


「●●●●様。こちらテセウス、ご無沙汰しております。ええ、例の者がついに目覚めました。現在はすでに鎮静化しております。そこで、回収の方をお願いしたく……はい。はい。了解いたしました。では、宜しくお願い致します。失礼いたします」


 ぷつり、無線が切れる。


(相変わらず不愛想なお方だ……だが、これで『彼』については心配ない。私も、自らの役割を果たさねば)


 手塩は、先ほど"鎧"に向かって投げた黒剣を拾う。


「神剣"アリアドネ"、起動。血液情報検索、名称"Harpyiaハルピュイア"……反映イアム・メディタティオ


 そう手塩が口にすると、彼の身体が『変化』しはじめた。


 緑の鱗が生えた腕から肘、指先へと、茶色がかった羽毛が生えはじめる。また、腕の骨格そのものも、ばきばきと音を立てて伸びてゆく。


 『変化』は腕だけではない。頬や耳にも同じく、鷲のような羽毛が生え、眼は鷹のごとく黄色く染まる。

 緑の脚は黄色に変わり、細く長く伸び、足の指が三本に。尻からは扇型の尾羽が広がる。


「…………」


 一〇秒とかからぬうちに、手塩の姿は二回りも大きく『変化』……いや、『変身』していた。


 身の丈の倍はあろうかという一対の翼。コンパスのように細長く、しかし付け根は太い脚。隆々に発達した上半身……だが、背中や脇腹、頬にかけては鳶色(とびいろ)の羽毛に覆われている。また、貌は硬質な普段の面影を失い、狂暴な牙がむき出している。


 半人半鳥の獣・ハルピュイア――かつてアルゴナウタイやオデュッセウスの航海を阻んだ怪物に、その姿は酷似していた。


「ヒッポノオスからの連絡がまだ届かない……もう一悶着ありそうですが、なるたけ早く収束できるといいものだ。

 "英雄"の底力。神々に、今こそ御覧ぜ――」


 人面の猛禽……否、猛禽の姿をとった『人』。その双眸が、氷界に輝き――



 その眼は、突如驚愕に見開かれる。



「ぁ…………!?」



 言葉を失う。その母音、微かに一音しか発せないほどに。


 身体が固まる。曇天に飛び立とうとした、その態勢のまま。


 見上げた視線。その先に在った……いや、()()モノは、あまりに巨大であった。


 つい先ほどまで、なぜその存在に気付かなかったのか。いや、確かにそれは、ほんの一瞬前までそこには無かったモノ。居なかった者。


 であればそれは……突如として現れ、柚葉市の大地を踏み凍らせた。そう考えるしかあるまい。



 獅子だ。いや、山羊だ。否、蛇だ。



 否、否、否。それは、それら総てである。青い炎でできたそれは、獅子の前半身と山羊の後半身、蛇の尾、そして歪な形の翼を持っていた。



「……キマイラ……なのか……!?」



 いいや、にしては巨大すぎる。全高百メートルを超える大きさは、もはや神話に語られた『彼女』をゆうに超えている。


 其は、死によって新たな異能を獲得した混沌。ただ火を吐くだけの怪物が、その前世の最期の忌まわしき記憶を引き金に、新たな『願い』を帯びた魂の姿。


 "暴れ狂う蒼(クリオキマイラ)炎の混沌(・カルミナ)"。


「――逃げてください、先輩!」


 手塩が振り返ると同時、焔の前脚が彼の視界を覆いつぶした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ