64. De heros constellatio
「O O O O O O O O O O O O O ! ! ! !」
甲高い叫びをあげた"鎧"は、アスファルトにのたうち回る。その度にアスファルトは赤黒く溶ける。
手塩が投擲したのは、自らの剣……それが"鎧"の胸部装甲を破壊した。その結果、"鎧"の中から何らかのエネルギーが噴出し、"鎧"は後方に吹っ飛んだ。
穴の開いた左胸を押さえて、"鎧"は藻掻き、苦しみ……やがて、その場に倒れた。
「GRRRRRRR……」
傷ついた珠飛亜は、なおも動かない巨体で唸っている。手塩に敵意を剥き出しにする。
そんな彼女を、理里がたしなめた。
「待て、珠飛亜! この人は、今は敵じゃない!」
理里が上げた手に珠飛亜の動きが止まる。
『……どういう、こと? なんでりーくんが、そいつと……。それに、そいつのその姿……』
「それについては、私から説明しましょう。……ああ、この姿については明かせませんがね」
手塩の肌には、怪物態の理里と同じ、緑色の鱗が生えている。顔つきもどこか狂暴で、歯や爪も尖り、尻には太い尾が伸びている。また、普段はまとめている天然パーマの茶髪を珍しく下ろし、眼鏡も外した状態……そして、左手に黒い剣の鞘を持っている。
全体的に平時と様変わりした彼は、淡々とした口調で説明を始めた。
「先程、彼を代表者として、"英雄"と怪原家との停戦協定を結びました。一刻も早く、キマイラを無力化するために。我々英雄も、あなたがたの作戦に加担します」
『……はあ?』
珠飛亜は耳を疑う。
『冗談じゃないよ。ついさっきまで敵だったあなたたちと、停戦? あの"鎧"だって、あなたたちの仲間なんでしょ。そもそも、きーちゃんが暴走したのもあなたたちのせいじゃない。信じられるわけないでしょ』
そして、言葉には出さなかったが……珠飛亜は一度、彼らに裏切られている。怪原家のなかでも、珠飛亜は英雄を最も警戒している。
『りーくん、すぐにそいつから離れて。殺されるよ』
「ふむ……流石に、貴女は簡単に信じてくれませんね。私は真にあなたがたを信頼していますが、口で何を言っても無駄なようだ」
そう言うと、手塩は倒れた珠飛亜の方に歩みよってきた。
『……ち、近寄らないで。何のつもり』
「まあまあ、そう言わずに。……よっ、と」
そう言うと、手塩は左手で持っていた鞘を上に投げ、ひっくり返す。剣先の部分……刀の鞘でいう鐺の部分が上になり、その金色の装飾を手塩がいじくると、
ぱかっ、と鞘の先が開いた。
「この剣の鞘の先は、密閉性の高い小物入れになっています。たとえ『青い炎』だろうと入れないくらいのね。そして……」
手塩はその中から、緑色の液体が入った小瓶を取りだした。
理里が指をさす。
「そ、それは俺の傷を治した……!」
「そうです、英雄に支給されている万能の薬・ネクタルです。今からこれを使って、先輩……あなたの傷を治します。
効能はほら、この通り」
そう言うと、手塩は一旦薬瓶を歯でくわえる。鞘を捨てたかと思うと――右手を素早く振り、蜥蜴の爪で自分の首筋を斬った。
『!?』
「な、何やってんだアンタ!?」
鮮血が噴き出し、珠飛亜も理里も面食らう。が、どくどくと血が流れ出るなか、手塩は表情ひとつ変えず理里の手の小瓶を取り、親指でコルク栓を抜いて、薬を傷口に垂らした。
すると……瞬きもしないうちに鱗は再生、傷は塞がる。
「お、おお……」
何か納得したような理里と裏腹に、珠飛亜は困惑する。
『な、何の義理があってそんなものを!? しかも、わざわざ効き目を見せるために使うなんて……それ、あなたたちにとっても貴重なものじゃないの!?』
「ええ、まあ。この薬は一人につき三つしか支給されていません。さきほど交戦した理里君の治療に一つ、そして今一つ使用しました。貴方に渡すものが、最後です」
『交戦した、って……やっぱり一度は戦ったんじゃない。どうしてそこまでするの!? わたしたちは敵どうしでしょ!?』
「――ですから、『信じてもらう為』だと言っている」
憤慨する珠飛亜に、手塩は、蜥蜴男の無表情を崩さず述べた。
「飛行と解凍の能力を持つあなたは、本作戦に不可欠です。……人間態への変身は可能でしょうか? どの道これだけの重傷、全てに薬を塗るのは不可能ですから、飲んでいただくほかありませんが……小さい体の方が速く効くでしょう」
『っ……』
半信半疑、珠飛亜は身体を人間態に戻した。スフィンクスの巨体が収縮し、毛は縮み、翼は畳まれて退化、一~二分ほどで麗しい少女の姿に戻る。
「怪物態での傷は、わたしのような大型の『異形』の場合、人間態には引き継がれない……いわば、『鎧』を着ているようなものだから。……それでも、"魂"に格納された『鎧』の方にはダメージが残る。ほんとなら、あと一日は翼も生やせないんだけど……それを飲めば回復するのかな」
「さあ……怪物に使用した例は無いのでわかりませんが。『鎧』といえど肉体でしょう? おそらくは問題ないかと」
眉ひとつ動かさない手塩は、すでにひざまずき、薬瓶を横たわる珠飛亜に差し出していた。
「……っ」
珠飛亜は渋々、乱暴にそれをひったくり、ぐいっと飲み干す。
「……あれ、意外とおいしい」
目を見開く珠飛亜に、手塩は裂けた口の端を持ち上げる。
「それはそうでしょう。本来、その薬は神々が召し上がるもの。お目にかかれるだけでも身に余る光栄なのですよ」
「……なんかアンタ、嬉しそうだな」
理里が戸惑った時には、手塩の顔は元の鉄面皮に戻っていた。
「……さて。では、そろそろ作戦会議といたしましょうか。本作戦において、まず先輩の役割は……」
「……ちょっと待って。まだ、あいつについて聞いてないんだけど」
「?」
手塩が首を傾げると、珠飛亜は後方に倒れた"鎧"を指さした。
「あの"鎧"は何? わたしに攻撃してきたってことは、あなたたちの仲間……いや、『兵器』みたいなもの?」
あの"鎧"はあまりに不可解だ。英雄たちの誰かが姿を変えたもの、と考えることもできる。だが手塩は"鎧"を『攻撃』した。仮にあれが英雄の誰かだったなら、命令するだけで止められたはず。なのに、わざわざ『攻撃』によって止めた。それには何か理由があるはずだ。
珠飛亜が問うと、手塩は少し困った顔をした。
「あれは……我々にも、想定外の存在です」
「……は?」
間の抜けた答えに、珠飛亜も理里も口を開ける。
「ど、どういうことだ? あんたにも、アレの正体は分からないっていうのか?」
「いえ、そういうわけではありません……あれは、いずれ目覚めるだろうといわれていたもの。その兆しを見せ始めたとの報告もありましたし、このタイミングで覚醒してもおかしくはなかった。だが、まさか今とは……」
「もったいぶらないで……あれは結局なんなの!?」
珠飛亜が問い詰めると、手塩は、牙をギリギリ鳴らして答えた。
「あれは、"英雄"の一種です。それも、我々より遥かに強大な力を持った者。……ですが、あれはまだ完全にはその力を制御できていない……"星"の、絶大な力を」
「……"星"?」
「それってまさか……!」
珠飛亜と理里は顔を見合わせる。
「ご明察。あれは、失われた"星座"のひとつ。全天八十八、最高の栄誉と力を授かった英雄たち。"星将"……その、一角です」
手塩の言葉に、姉弟は愕然とした。
十五年前に、突如として消滅した『星座』。それが、姿を変えて現代に転生していると聞いてはいた――父を、自分たちを討伐するために。
けれど、いざそれが目の前に現れるとは――現実感が、なかった。
「あれが、星座の英雄……」
鎧の胸部分を砕かれ、倒れた"英雄"を、理里が畏怖を込めて見つめる。
「確かに、段違いの強さだったけど……まさか、あれが……」
珠飛亜も驚きを隠しきれない。
これが、『星座』の力……そしてこのような敵が、あと87人も控えているとは。
「あの者は、とある理由によってその力を眠らされていました。"鎧"は……いわば卵の殻のようなもの。未だ目覚めぬ英雄が、その力で自壊してしまわないよう、あれに取り込まれた星々が生み出したもの。つまり、鎧を破壊してしまえば、力を制御できずに中の英雄は倒れる。
……ですがそれも一時的なものです。あれの処理については、我々の方で対策があります。ひとまず、あの"鎧"についてはお任せを」
「そう、やっぱり……。でも手塩くん、それじゃあ君、味方に攻撃したってこと……?」
珠飛亜が八の字眉を向けると、手塩は苦笑した。
「ええ。しかしあれは、例えるなら見境なく化け物を殺すだけの兵器……精密な作戦には向いていませんから。今回は、休んでいてもらいます」
「…………」
珠飛亜は複雑な感情になった。
手塩は、ここまでにいくつもの"損"を被っている。2つしかなかった万能の霊薬の残りを、珠飛亜の信頼を得るためだけに全て使用。おまけに、放置しておけば綺羅の討伐どころか、怪原家に大打撃を与えられたであろう、暴走した『星座の英雄』への攻撃。これはもはや、彼らの仲間に裏切りととられても仕方ないのではないか。
だが、それでも手塩はその全てを行った。全ては、『犠牲者をできるだけ少なくし、迅速にこの事態を収束させる』ためだけに。
「……わかった。信じるよ、キミのこと」
珠飛亜は小さくうなずいた。
「…………」
「ただし、綺羅ちゃんを無力化するまでのあいだだけ。それが済んだら、いままでどおりだからね」
「……いえ、十分です。ありがとうございます」
手塩は頭を下げた。
「もう、そういうのいいから。……それで? これからわたしたち、どうしよっか」
珠飛亜が起き上がり、問う。
手塩も頭を上げ、
「そうですね。吹羅さんはすでに蘭子さんが迎えに行っている……あとは、綺羅さんの性格な位置を割り出し、彼女達に伝えるだけですが。……そう、これを伝えておかなくてはならなかった」
思い出したように、眉根を寄せた。
「……? 何か問題があるのか?」
理里が問う。すると手塩は、彼の方を向き。
「理里くん……あなたのすることは、もう何もありません」
「……え?」
残酷な事実を、告げた。
〇ネクタルカウンター
・手塩:3本→0本
理里の治療とネクタルの効果実証で2本を使用。
最後の1本を珠飛亜の治療に使う。
・籠愛:0本
・蘭子:0本
・麗華:3本




