4. イビルアイズ・リポート(with dear his family)
1枚目のイラストはもよりの駅2号さん(Twitter:@rJZ1J6kc4mymUCX)よりいただきました!!
ありがとうございます!!!
「ん…………」
目が覚めた。視線の先には、ダウンライトの照明と、見覚えのある木の天井。
理里がまず感じたのは、両手をそれぞれ誰かに握られている感覚だった。
と、思いきや。
「…………あっ!」
左手を握っていた誰かの両手が、ぱっ、と離される。
「……綺羅……?」
「あ、あ、えっと」
布団に横たわる理里の左側で所在無げにオドオドしているのは、くりっと大きい目が特徴の可憐な少女。艶やかな黒髪をショートカットにしているが、「触角」と呼ばれる前髪の両端部分だけは異様に長い髪型が印象的だ。
怪原家の末妹、綺羅である。
「そっか……看病、してくれてたんだな。ありがとな」
「え、あ、うん……」
綺羅は顔を赤らめ、もじもじと人差し指をこすり合わせる。
「え、えっと……ま、ママ呼んでくる」
「ああ……頼むよ」
理里がうなずくと、折れそうな細い脚で綺羅はとてとて部屋を出ていった。
「…………ああ」
息をついて、理里は身体を起こす。
言うまでもなくここは怪原家。三階建ての家の一階、応接用の和室だ。主に泊まりの来客があった時に、こうして寝室としても使われる部屋。
はっきりしない頭で理里は辺りを見回す。と……右側にも人影が目に入る。
「…………」
理里の手を握って眠るボブカットの女性。ぱちっと睫毛が長く、大きい目は今は閉じられている。面長で鼻が高く、薄桃色のくちびるは少し開かれ、静かに寝息を立てている。
それがあの姉だと分かっていてもしばらく見惚れてしまったのは、理里もまだ修行が足りないということだろうか。
「見つけてくれたのか……ありがとな、おねえちゃん」
眠ってくれていてよかった。面と向かってお礼なんて、照れくさくて仕方ないから
「りいいいいいくうううううううんんんん‼」
「どわぁ!?」
突然。後方から、柔らかい衝撃が理里を襲った。
「やっと目が覚めたのね! よかったわ……お母さん、とっても心配したんだから!」
「むぐぐ、むぐぐぐぐ、むぐっ」
なにやら柔らかい、とてつもなく大きなふたつの物体に顔をふさがれて、理里は息ができない。
「母さん、その辺にしといてやれよ。そいつ息が止まってるぜ」
「えっ!?」
若い男の声で、パッ、と解放された理里の顔は土気色。
「ぶはっ……し、死ぬかと思った」
「ご、ごめんなさい! 本当に心配だったから、つい……」
明るくなった視界に居たのは、母の恵奈だった。
目は切れ長、しかし黒目は大きく、睫毛が恐ろしく長い。腰まで伸ばした黒髪の艶には濡れ烏も頭を下げるだろう。
しかし最も目を引くのは、胸部に搭載された巨大すぎるふたつのふくらみだ。決してスマートとは言えないものの、完全に太っているとも断定しがたいムチっとした肢体が、いっそうその魅力をきわ立たせる。
「やれやれ、普段はクールな美魔女だってのに家族のことになるとこうなるんだよな……」
恵奈の後ろでニヒルに嗤うのは長男の希瑠だ。
細い目元には睡眠時間が足りていないことを示す深い隈。まだ二十五歳なのに真っ白い長めの髪は、うなじ辺りで無造作にくくられている。
「希瑠くん、明日の献立は梅干し一個ね」
「すいませんでした以後気をつけますッ!」
恵奈が凄むと、希瑠は即座に土下座した。
(それでいいのかアンタのプライド……)
理里が呆れていると、
「フッ。永き眠りからの目覚め、ご苦労。
汝の居ぬ間に世界は少しばかり変わってしまったが……問題無し。貴様のその『力』なれば……」
「その胸焼けのするセリフは……吹羅か」
希瑠の向かい側で額にフレミングの左手を当てながら、無駄にいい声でよく分からないことを喋るのは、次女の吹羅だ。母と瓜二つのセクシーな体型と目元をしていて、一応綺羅の双子の姉になるのだが、あまり似てはいない。主に胸部とか。中二のサイズじゃない。
「おおっと、諱で呼ぶのは辞めてもらいたい。永遠にして不滅の九頭龍……そう、『永劫なる者』と」
「はいはい、処女の蛇サンね」
「翻訳すなぁ! 我が何日も徹夜して考え……ゴホン、邪神より与えられし名を汚すなぁ!」
この通り、中二病にかかっている彼女だが……根はピュアでいい子だ。それが証拠に、さっきから綺羅は吹羅の後ろにずっと隠れている。あの引っ込み思案な子が信頼を寄せるのだから、悪い奴ではない。
母、長男、長女、三男、次女、三女。以上六名が、現在の怪原家に残るメンバーということになる。
「……し、しかし。『永き眠り』というのは事実なのだぞ? 何せ貴様、三日間も眠りっぱなしだったのだからな」
「えっ、三日⁉」
驚いて理里が辺りを見回すと、他の家族もうなずく。
「ああ、本当だぜ。まるで死んだみたいに眠っちまっててよ、一日経つごとにどんどん母さんのキャラが壊れていって」
「し、仕方ないでしょう。心配なものは心配なんだから……それにしても、いったい何があったの? と言っても、おおよその予測はついているけれど」
「ああ、実は……」
理里は入学式後、手塩と戦闘になったところまでを、かいつまんで家族に説明した。
「…………そう。ついに、"英雄"が動き出したのね」
「えっ……母さん、英雄のこと知ってたのか?」
「私たち家族を見張る勢力が居る事は分かっていたわ。具体的にどこの誰かは分からなかったけれどね。
彼らがなぜ今、襲ってきたのかも分からないし」
「そう……なのか。父さんを探してるみたいだけど……」
「……そう。あの者共、まだそんな真似を……」
恵奈が眉をひそめる。だが、それ以上の反応はない。
「……なあ母さん。俺達に何か隠してないか?」
「ええ、隠してるわよ」
「「「「隠してんの!?」」」」
理里が問うと、恵奈はあっさりと答えた。
「何を!? 何を隠してるんだ!」
「おお、ついに我が誕生の秘密が暴かれる刻が……!?」
「それはないとおもう」
「そうね……そろそろ話してもいい頃合いね」
ふう、と恵奈が息をつく。理里たち兄妹が固唾を飲む。
「あなたたちのお父さんは……
ギリシャ神界最大の魔神、テュポーンよ」
「「「…………は?」」」
兄妹の目が点になった。
「そのシャンパン開けた時の音みたいのが、父さんの、本当の名前……?」
「何を言うか!」
唖然とした理里の肩を吹羅が小突く。
「テュポーンといえば、一度は神帝ゼウスさえ退けた、宇宙を火の海にできる最強の魔神だぞ! 我が好敵手はその程度の事も知らんのか! お里が知れるぞ!」
「お里はテメーと同じだよ。そんな常識みたいに言われても困るが」
「理里以外の俺たちは皆、前世はギリシャ神話の怪物だからな。ルーツに興味はあるもんさ」
希瑠はいやに冷静だ。
「……希瑠兄さん、まさか知ってたのか?」
「おうよ。俺は父さんがいた頃に直接聞いたからな」
「なんでもっと早く教えてくれなかったのだ、母上! 冗談で誕生の秘密とか言ったが、わりと近かったではないか! おお、やはり我には魔の血が流れているのだ……」
吹羅が天を仰ぐが、それは放っておいて理里は続ける。
「英雄たちは、行方不明の魔神を探しているのか。それを聞き出すために俺達を襲った? でも、父さんが行方不明になったのは十五年も前だ。なんで今さら……?」
「そこが分からないのよね」
恵奈も首をひねる。
「"英雄"たちは、お父さんが消えた時にも私に接触してきた。でも、その時にきっぱり『知らない』と述べたし、最終的には相手も納得した。それがなぜ今……」
「ね、ねえ。ひとつ、きいても、いいかな」
ここまで静かに聞いていた綺羅が口を開く。
「じゅうごねんまえ、ってことは、おとうさんと"星盤消失"って、やっぱりかんけいあるの……?」
「お、いい目のつけどころだなきーちゃん」
希瑠が手を叩き、綺羅の頭をわしわし撫でる。
「結論から言うと、"星盤消失"の原因は父さんだと言われてる」
「「……えええええええ!?」」
理里と吹羅が腰を抜かす。
「父さんが……星を全部、消した!?」
「流石、最強の魔神はスケールが違う! 宇宙最強だーー!!」
「いえ、厳密には『星が消える原因になった』のよ」
「……? 何が違うんだ?」
理里が首をかしげると、訂正した恵奈が話しはじめる。
「『星座』って分かるかしら? 古代ギリシャの人々が夜空の星々を線でつないで、英雄や物の形になぞらえたもの。いつしか、『星座になる』ことはギリシャの英雄として最高の栄誉になった。
その英雄たちが、最大の敵と戦うために夜空から呼び戻された……その結果として星が消えた」
「最大の敵……つまり父上と戦うためだな!」
「スケールがでかすぎて分かんなくなってきた」
理里は頭痛をおぼえはじめた。
恵奈が苦笑して続ける。
「星盤消失の夜、お父さんは神々の住む天界を攻めた。それに対抗するため星座の英雄が召喚された。英雄たちは星と同化しているから、英雄が夜空から消えると星も一緒に消えた。そんな話」
「え、父さん天界攻めたの……? なんで?」
理里は当然の疑問を浮かべたが、恵奈の眉間に皺が寄った。
「それは私が一番聞きたいわ。私もこの話は英雄に聞かされて初めて知ったの。
どんな理由であれ、一度聞いてから張り倒さないと気が済まない」
恵奈の瞳に炎が燃えはじめる。
そんな母を尻目に、和室の壁にもたれた希瑠がため息をついた。
「ま、その辺は今考えても仕方ねえ。今は襲ってくる英雄への対策を練るのが最優先だ。
……それはそれとして、理里……そろそろ聞きてえんだが」
「うん?」
「何でお前の前髪、半分だけ真っ白なんだ?」
「…………ええっ⁉」
言われて初めて、理里は目線を上にやった。
眉を越えるくらいの長さの前髪は、いつの間にか、理里から見て左半分だけ白く染まってしまっている。
「嘘だろ⁉ なんで、こんなことに」
「ああ、それ。珠飛亜ちゃんが見つけた時からその状態だったらしいわよ。テセウスに何かされたの?」
「いやあ、何かされたっていうか……」
どちらかというと、『何かした』のは理里のほうだった。
せっかくだし、ここであのことも話しておいた方が良さそうだ。
「どうも俺、『目覚め』ちまったみたいなんだ」
「……え?」
「は?」
「むう?」
「……え、えっ?」
数秒、皆の思考が止まった。
「むにゃあ……おはよ。あれ、りーくん目が覚めたんだぁ! 良かっ……え? みんな、どうしたの? ぼーっとしちゃって」
ようやく起きた珠飛亜が、不思議そうに辺りを見回した。