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星狩りのレプタイル ー邪眼の蜥蜴と夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第4章「天馬騎士と氷の獅子」
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57. Another Lizard



《一〇分ほど前、柚葉(ゆずのは)中央小学校付近――》


 たん、たん、たん。凍った屋根から屋根へ、小気味良く。

 大柄な裸の身体で軽やかに飛び移るのは、天然パーマの長髪を下結びにまとめた青年。手塩である。

 右手には、鞘に収めた大ぶりな、しかしかろうじて片手で扱えるであろう、刃の太い剣。サイフォスとよばれる古代ギリシア式の剣だ。


(キマイラの討伐は、ヒッポノオスに任せました。ならば私は、それを阻む者どもを排除するまで)


 『蒼い炎』の中心である綺羅。それを守るために必ず怪原家の面々は動くはずだ。場合によっては魔神テュポンも。

 かの魔神が出てきては流石の手塩も太刀打ちできないが、それ以外の者であれば問題は無い。腰に提げた『剣』の力をもってすれば、どのような怪物が襲ってこようと向かうところ敵なしだ。


(おっと……噂をすれば)


 下方の住宅街、少し先を走る緑の影。エメラルドのように光るその鱗は、まぎれもなく、怪原家の三男――理里のものだ。


「…………!」


 音もなく、手塩は跳躍する。そして、腰の剣の()()に手を当てた。

 脇差ほどの長さの両刃の剣が、鞘から振り抜かれる。黒い刃に、血管のような赤い筋が走った剣。すぐさま空中で振りかぶり、体重を乗せて切りかかる態勢。


(邪眼を使わせるまでもない。一刀のもとに斬り伏せてくれる)


 ぐんぐんと降下する二秒。叩き斬る剣先が、理里の頭蓋を破裂させる――


 とは、行かない。


「……ほう」


 赤黒い血飛沫が飛ぶ。手塩の剣は、確かに彼の蜥蜴男(リザードマン)の肉を断った。

 しかし。その後に残ったのは、ぴちぴちと跳ね回る翡翠の尻尾だけである。当の理里の姿は無い。


 きゅいい、と。何か、ジェット噴射器にエネルギーが充填されるような音が、手塩の頭上に響く。


 はっとして飛び退くが、すでに遅い。尾を犠牲にした蜥蜴男(リザードマン)は、尻尾を再生させ、今まさに左眼の光を解放しようとしていた。


「――終わりだ、手塩!」


 ばしゅう。放たれる黄金の光。それは、照射された有機物すべての石灰化を進める光。氷に覆われたアスファルト、その上を這ったまま凍っていたテントウ虫も、ぱきぱき、ぱきぱきと、氷の中で石になる。

 無論、それは手塩も同じだった。真正面から光を浴びた彼の肌が、ぴきぴきと灰色に固まってゆく。石に、なってゆく。





(……やっと、これで俺は……)


 強烈な光の中、石化する手塩のようすをおぼろげに見ながら。理里は不思議な感慨に浸っていた。

 この男を倒すことで、戦いに区切りがつく。英雄たちの集まりである柚葉高校生徒会の長がいなくなる。それは、ずっと珠飛亜を欺いてきた者たちの指導者が倒されるということ。

 ひとりの人間の命を奪うのに。あれほど抵抗をおぼえ、嘔吐すらした行為であるのに。なぜか理里は、胸がすく思いだった。


(何だ、この『達成感』は)


 不可解なこの感情の理由を、脳内でいくらか検索し、思い至ったとき、理里はにわかに腹が立った。


(そうか。あんな奴のことで、俺は……)


 この『達成感』の原因は、珠飛亜だ。あの姉貴だ。

 手塩たち英雄は、柚葉高校に在学中、ずっと珠飛亜に正体を隠していた。彼女を欺き、心の中でせせら笑っていた (者もいた)。そして正体を明かし、姉を傷つけた存在が、理里は憎らしかったのだ。

 もう、「二度と近寄るな」と命令した彼女のことで。いまだに感情を振り回される自分に理里は苛立った。


(違う……あんな姉貴のことで達成感をおぼえているんじゃない。手塩は生徒会の会長、つまり英雄たちを束ねる存在。それを倒せたことが嬉しいんだ)


 それは、忌まわしい感情であるけれど。『正しい道を行きたい』などとのたまった自分に許される感情ではないけれど、少なくとも今は、そう信じたかった。

 とかく、一安心だ。最強と目されていた英雄のリーダー格が、ここで(たお)れた。石化した眼鏡がひび割れ、肉体とともに崩れ去っていく――



 輝き。



(……?)


 輝きだ。手塩が居た場所から、理里の"眼"の光とは異なる光が、見える。()()の、力強い輝きが。

 それが、何かごつごつと隆起したものであると気付くのに、そう時間はかからなかった。


(――!? 何だ――)


 理里の心が警鐘をわれんばかりに鳴らしたときにはすでに遅かった。


「え……」


 何か、何か冷たいものが、理里の腹の中に入ってきた。鱗を貫き、内臓を切り飛ばして。

 手塩の剣が、理里の腹を刺し貫いている。腹筋の右側あたりから侵入した刃は、そのまま肉を切り裂いて、背中の鱗に覆われた皮膚を貫通した。


「……アリスタイオスのお陰です。彼の死の影響は大きかった。ですが彼が遺したものもやはり大きかった」


 剣が引き抜かれた。低い声が頭に響く。ふらついた理里は、血の流れ出る腹を押さえてその場に座りこむ。


「なん、で……ひだ、りめが、」


 動揺。勝ったと思っていたものが敗北していた動揺。効くと思っていたものが効かなかった動揺。倒れたと思っていたものが、立っている動揺。

 それらの動揺から、せめてその理由を見極めたいと思い、理里は顔を上げた。


 が……そこに立っていたものは。()()()()()()()


「そ……! その、姿は……!?」


 びゅう、と剣を振って血を払った手塩の腕は、緑色。

 いや、腕だけではない。全身に生える、ごつごつとしたものがその色なのだ。

 (うろこ)。鱗だ。爬虫類のものに似た鱗。翡翠か、あるいは緑玉(エメラルド)のようなその輝きは、四〇カラットの宝石にも劣らない。

 変化はそれだけではない。口は耳まで裂け、耳は尖り、尻からは尾が生え――その様はまるで、蜥蜴男(リザードマン)


「……あまりいい気分はしませんが。これがあなたの邪眼に対する唯一の策なのだから仕方ない。

 幕引きです。このテセウスが、あなたに引導を渡しましょう」


 黄色く染まった瞳、理里に狙いを定める。


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