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星狩りのレプタイル ー邪眼の蜥蜴と夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第4章「天馬騎士と氷の獅子」
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52. The Blue Egg


 青い卵が、ひとつ在った。


 どくん、どくんと脈打って、殻の表面にさざ波を立てる、巨大な『卵』。

 その中にあるひとつの命は、今、想像を絶するほどの()()()に襲われていた。



 熱。



 焼けただれるような熱さ。まるで、炎に包まれた蜥蜴が喉の中でのたうち回っているような。



 熱。



 身体中が熱い。皮膚で熱さを感じるだけでなく、体内、骨の髄から、神経から、筋繊維から焼け焦げていく。溶かされる。



 熱。



 それは、遠き日の記憶。"レテの河"にて忘れ去ったはずの、わたしではないわたしの記憶。断末魔。いまわの(きわ)を塗り潰した苦しみ。


 自分は、そのような死に方をしなければならないようなことをしただろうか。自分は生きていただけだ。育ての親のもとを離れ、自由気ままに暮らしていた。結果として人々が迷惑を被ったとしても、それは野獣であった自分にとって生きるための活動であり、生きているだけで副次的に巻き起こってしまうものだった。

 であれば、自分の存在そのものが罪だったのか。その罪を贖うため、これほどの痛みに襲われるのか。


 熱い。この『熱』から逃れたい。それが、キマイラ(わたし)が最期に願ったことだった。その願いは今世にも引き継がれたようで――全てを焼き尽くす灼熱の炎は、全てを凍らせる絶対零度の炎へと変質した。


 それでも、喉の奥に残るこの『熱』は消えない。あの男……わたしを切り刻んだ英雄(ヒッポノオス)の顔を目にした瞬間に、それは「思い出された」。ばらばらになったはずの全身を一瞬で支配し、もとのひとつに繋いだ。皮肉にも『痛み』が、崩れゆくわたしを現世に留めた。

 ただ、この熱を冷ましたかった。だから、この青い炎は溢れでた。


 だが、まだ足りない。毛ほども『熱』が弱まったように感じない。この身を灼く記憶の『熱』は、いっこうに収まる気配が無い。

 ならば、どこまでも『冷ます』まで。わたしの願いに応えて生まれた青い炎を燃やしつづけるだけだ。この熱が、消えてなくなるまで。



『卵』が振動する。ぴしり、ぱしりと音を立て、青く(なめ)らかな表面がひびわれ始める。


レテの河:ギリシャ神話の冥界にあると語られる河。人界に生まれ変わる者は、この河の水を飲んで前世の記憶を失う。

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