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星狩りのレプタイル ー邪眼の蜥蜴と夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第4章「天馬騎士と氷の獅子」
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51. RAGE OF THE LIZARD

「わたしに用があるのか? 少年」

「げえっ」


 一号棟の入り口の前に立っていた人影に珠飛亜はぎょっとした。


 雪風になびく黒髪。スカートからのぞく強靭な太もも、そして鷹のように鋭い瞳。


「蘭子ちゃん……氷漬けになってなかったんだ」

「当たり前だ。あんな炎ごときに追い付かれるようでは『田崎蘭子』の名がすたる」


 ふふん、と蘭子は筋肉質な胸を張る。


「何ヤザワみたいなこと言ってんのこの人……りーくん、この子はパスしようよ。まだお姉ちゃん、心の準備が……」

「何言ってんだ、吹羅(ひゅら)を迎えに行こうと思ったら蘭子さんに行ってもらうのが一番速いだろ。何せ『神速』だからな」


 きょとん、とした顔で理里はたずねる。珠飛亜はげんなりと眉を寄せる。


「そりゃそうだけど……」

「それにもう、俺達()()()()だし。な、蘭子さん」

「おうとも、無二の親友だ! がっはは」


 蘭子が景気よく理里の背を叩く。


「なんでそんなに距離ちぢまってんの。昨日まであんなに悩んでたじゃん……」

「だって、ともだちはともだちだからな。『困ったときはお互いさま』なんだろ、ともだちって」

「その通りだ! 分かってるじゃないか理里くん」


 ふはは、とまた笑って蘭子は満足げにうなずく。


「それで、わたしに何か頼みがあるのか? 妹を迎えに行くなどと言っていたが」

「ああ、そうだそうだ。実は……」


 理里はここまでの事情を簡潔に説明する。この事件の原因は綺羅と考えられ、それを止めるために、能力を無効化できる吹羅を迎えに行こうとしていると。


「これ以上被害が広がらないよう、できるだけ早く綺羅を止めたい。だから、蘭子さんに吹羅を迎えに行ってほしいんだ。できれば綺羅のところまで吹羅を連れて行ってほしい」

「なるほど、そういうわけか。なんとなく理解したが……わざわざキマイラのもとまで連れて行く必要があるのか? あのヒュドラの能力なら、どれかの炎に触れた時点で事をおさめられそうなものだが……」

「それが無理なのはこの状況が証明してる」


 理里は辺りの惨状を人差し指で示す。

 蘭子は目を伏せた。


「具体的に、どうすれば吹羅(ヒュドラ)綺羅(キマイラ)を止めさせることができる?」

「体のどこかを綺羅の体に触れさせればいい。前に綺羅が暴走したときはそれで収まった」

「なるほどな。ヒュドラがどこに居るか心当たりは?」

「学校か、通学路か……ショッピングモールかもしれない。あそこのゲーセンか本屋に、あいつはよく居るから。

 吹羅を見つけたら怪原家(ウチ)まで連れてきてくれ。母さんに俺たちは無事だって知らせたいし……俺と珠飛亜は綺羅を探す。携帯が繋がらないから、見つけたら家で合流しよう」

「万事承知した、任せておけ」


 強い口調で蘭子はうなずき、理里の背中を手で叩いた。


「ではな、二人とも無事を祈っているぞ」

「ああ、蘭子さんも気を付けて」

「……」


 理里は、蘭子の身を案じる言葉をかけた。が、珠飛亜はそっぽを向いたままだ。


「……どうしたのだ珠飛亜? 何か機嫌が悪いようだが」

「はぁ? べつになんでもないし。普通だし」


 歩み寄ってくる蘭子から珠飛亜は顔を背ける。水を嫌がる猫のように。

 その様子を見た蘭子がハッと目を開く。


「あっ! まさかやきもちを焼いているのか!? わたしと理里くんが仲良さそうにしているから気分が悪いのだろう! そうだろう!」

「そ、そんなんじゃないし。今日は寝不足だからイライラしてるだけだし」


 ちなみに理里は珠飛亜が八時間熟睡したことを知っている。


「ふう~ん……貴様がそう言うなら、そうなのだろうな。じゃあ、こんなことをしても文句は無いな?」


 ぽん、ととんぼ返りをした蘭子は、空中で一回転して理里の隣に着地する。そして――


 ちゅっ、と理里のほおにキスをした。


「ら、らららららららら蘭子さん!?」

「ちょっとランちゃん……!?」


 途端に顔を真っ赤にする理里。珠飛亜の顔も怒りで同じ色だ。


「ふはは。Ciao(チャオ)☆」


 そんな彼らに蘭子は見向きもせず、ぴょんと校舎の屋根に飛び乗って行った。





「もう、蘭子ちゃんなんか知らないっ!」


 ぷいっ、と上を向く珠飛亜は頬をふくらませて歩きだす。


「そ、そんなに怒らなくても……仲直りするつもりじゃなかったのか?」


 付いて歩く理里に、彼女はマグマのように怒気を漏らす。


「なんなのあの子! ちょっとりーくんと友達になったからっていい気になっちゃってさ!? こっちはりーくんが生まれる前から一緒だっての、子宮にいた頃から知ってんの! 年季が違うのよ年季がっ!」


 ガツン、と珠飛亜が鉄製の電灯を蹴ると、ぎぎぎ……と鈍い音を立てて折れ曲がって倒れた。


(こりゃあ当分この調子だな……刺激しないようにしないと)


 理里が恐る恐る後を行っていると、珠飛亜がぐるりと振り返った。


「りーくんもりーくんだよ! なんであんな女と仲良くするの!?」

「えっ、なんでって……ともだちだからだよ」

「『ともだち』ってなによ! そういうの、普通『なろう』って言ってなるもんじゃないでしょ! 自然と仲良くなって、自然とそうなってるもんでしょ!?」

「はぁ……それはそうだけど」


 理里は首をひねる。


 蘭子と仲良くなりたかった理由は、前日に風呂で説明したはずだ。かけっこが終わったとき、敗けてもすがすがしい蘭子の表情を見て、仲良くなりたいと思った。なぜそれを蒸し返すのか。


 理里が困惑していると珠飛亜はつかつかと詰め寄ってくる。


「……りーくん。ランちゃんのこと、好きなんでしょ」

「は?」


 理里の口があんぐりと開く。


(何言ってんだこいつは……)


 珠飛亜はさらに(しわ)の寄った眉間を寄せてくる。


「かけっこが終わったあとのタイミングで好きになっちゃったんでしょ。だからあんな『命令』したんでしょ」

「はぁ!? 違うよ。そんな気持ちがあるなら付き合ってくれって頼んでるだろ」

「ハッ、そんな度胸りーくんには無いじゃない。だからまず『お友達から』って予防線を張ったんじゃないの」

「だから違うって言ってんだろ!」


 ここまで言われると、さすがの理里も憤慨する。いくらなんでも妄想が過ぎる。


「俺はそんなつもりで言ったんじゃない! ただ純粋に仲良くなりたいと思って――」

「男と女の友情なんて、あるわけないじゃんっ!」


 珠飛亜が叫ぶ。


 それきり、理里は二の句をつげなくなった。


「確かに、ランちゃんは美人だよ。スタイルもいいし。けど……りーくんにはわたしがいるじゃない。おねえちゃんが、ずっと、あなたを愛してあげるじゃん……ともだちなんていらないでしょ? それとも、おねえちゃんじゃダメなの? わたしのなにがいけないの……」

「……」


 珠飛亜はその場に座りこんで泣きじゃくりはじめる。

 だが……理里は冷ややかに彼女を見下ろし、告げる。


「……そういうとこ、なんだよ」

「……え?」


 顔を上げた珠飛亜に、理里はさらに畳みかける。


「そういうとこなんだよ、俺が()()()を嫌いなところは……! 俺の気持ちなんかちっとも考えてないところだ……! 俺がいつ友達がいらないって言った? アンタさえいればそれでいいなんて、一度でも言ったかよ!」

「そ、それは……」


 今度は、珠飛亜が言葉に詰まる番だった。

 一度も、記憶にない。理里自身の口から、そのような言葉が出たことなど。


「アンタは自分勝手なんだよ。思い込みで突っ走って、自分の気持ちばっか優先して。それでどれだけ俺が迷惑したか、どれだけ傷ついたか! そんなこと知りもしないで、アンタは!」


 こめかみに血管を浮かべた理里が、歯を食いしばる。ぎちぎちと拳を握ったが、


「……っ」


 目を伏せ、彼は早歩きでその場を去ろうとする。胸騒ぎをおぼえた珠飛亜はすぐに立ち上がり、


「待って、りーくん! わたしが悪かったから……もう、こんなこと言わないから!」

「ついて来るな、綺羅は俺一人で探す。アンタは家に戻ってろ」

「ちょっと待って、ねえ……! 二度とこんなふうに怒らないから! ちゃんとりーくんのこと考えるから! だから……!」


 理里の左腕に珠飛亜はしがみつく。だが、立ち止まった彼は、乱暴に腕を振り払った。


「きゃっ……!?」


 尻餅をついた珠飛亜に、理里は冷酷な視線を向ける。


「失せろ。もう二度と、俺に近寄るな」

「そん……な」


 立ち去る理里を、珠飛亜は追うことができなかった。

 しん、しんと。季節外れの粉雪が、座り込んだ少女のブレザーに積もっていく。

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