48. REBOOT
「…………」
珠飛亜は答えない。理里に背を向けたまま、クラスの皆の解凍を続けている。
「……いや、そんなことあるわけないか! あの綺羅にここまで力があるとは思えないし……」
気まずくなった理里は髪を掻きながら笑顔で否定した。
しかし、姉の背中から漏れたのは重い声色だった。
「りーくん……それはきっと、間違ってない」
「……え?」
唐突に声のトーンが変わった珠飛亜に理里は戸惑う。
だが珠飛亜は続ける。
「覚えてない? 前に家で綺羅ちゃんの能力が暴走したとき、ママが言ってたこと……」
「……いいや」
その事件は理里も記憶している。五年前、綺羅が異能力に覚醒したときの話だ。
風呂場で綺羅と吹羅がケンカし、怒った綺羅があやまって異能を発動してしまった。風呂場は即座に氷に包まれ、脱衣所から玄関までが凍らされてしまった。
その時は吹羅の「異能を無効化する能力」によって事なきを得たが……その後しばらく綺羅は高熱を出し、動物のような動きをする状態が続いた。言葉もまともに話せず、「にゃあ、にゃあ」とだけ鳴いていたのが不気味だったことが印象に残っている。
しかし看病していた母の言葉までは思い出せない。怪訝な表情をした理里に、珠飛亜は眉根を寄せて振り返る。
「『この子は、異能を使ってはダメ。この子の能力は世界全てを凍らせたとしても止まらないでしょう』……」
「っ!」
理里は寒気をおぼえた。
綺羅が異能を使うと暴走してしまうことは知っていた。だが、そこまでの力があったとは。
「……この現象は綺羅が?」
「十中八九。たぶん英雄に襲われたんだろうけど……吹羅ちゃんは一緒にいなかったんだろうね」
苦い顔で珠飛亜はこぼす。
「嘘だろ……そんなまさか、綺羅が」
理里は衝撃が抜けない。打ちひしがれ、その場に座りこむ。
あの可憐な綺羅が。いつもおどおどしていて、でも家族のことだけは慕っていた彼女が。理里の後をけなげに付いてくる彼女が、これほどの惨劇を引き起こすなど。
自分の意思ではないだろう。ある程度力もセーブしていたのかもしれない。ただ、使わざるを得ない状況に追い込まれてしまった……そして運悪く、今日に限って吹羅も付いていなかった。
これは『事故』だ。不幸なことが積み重なった事故。しかし、そう呼ぶにはあまりに規模が大きすぎた。
「こんなのもう『災害』じゃないか。あの子がまさか……」
その現実を理里は受け止めきれずにいた。
そんな彼に、珠飛亜は。
「りーくん……気持ちは、わかるけど」
いつになく固く厳しい表情で、理里を見つめた。
「それを可能にしてしまうのが『魔神』の血筋……父さんから受け継いだ、わたしたちの身体に流れるこの血なの。それは起きてしまったこと……もう、どうしようもないこと。
そして大事なのは、この『災害』は広がっていくってこと。誰かが止めない限り、この街を、世界中を凍らせても止まらない。そして今……ここにいるわたしたちは、『動ける』」
ぱしゃん、と教室の天井を覆っていた氷が水に変わり雨のように降り注ぐ。
「行こう、りーくん。吹羅ちゃんを探そう。あの子を見つけて綺羅ちゃんの能力を止めてもらう。それがりーくんの考える『正しいこと』じゃない?」
歯を食いしばりながら、何かをこらえながら、珠飛亜は震えていた。しかし力のこもった声で理里に呼びかけている。
その瀬戸際の強がりが理里の心を奮わせる。
(そうだ……珠飛亜だってショックを受けてるに違いない。それをどうにか自分を保っているんだ)
綺羅がこの街を凍らせた。
けれど、珠飛亜は立っている。教室に降りしきる雨の中、二本の足ですっくと立っている。
それが誰のためか口にするのも野暮だ――
「……ああ。行くよ」
少年の緑青色の瞳に、光が戻る。




