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星狩りのレプタイル ー邪眼の蜥蜴と夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第4章「天馬騎士と氷の獅子」
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47. Waking from cold sleep

 柚葉市全土を襲った青い炎の被害は、柚葉高校にも及んでいた。


「ん……あっ」


 刺すように冷たい壁の感覚に理里が目を開けると、見慣れた姉の顔が視界を覆っている。


「りーくん! よかった……!」


 珠飛亜は笑って理里を抱きしめた。力が強く、理里は咳き込む。


「げほっ……く、苦しい」

「……! ご、ごめんね」


 すぐに珠飛亜は腕を離す。途端に目眩が理里を襲う。


「……この部屋、やけに寒いな」


 尻を冷やす床が異常なほど冷たい。身震いしながら立ち上がり教室を見回した理里は、


「なんだよ……なんなんだよ、これ……!」


 目を、見開いた。

 氷、氷、氷。全てが氷に包まれた教室。机や椅子、黒板、荷物をまとめている途中の鞄も。


 モノには限らない。ようやく理里と打ち解け始めたクラスメートも、帰り支度の態勢のまま薄い氷に覆われている。


 ぼんやりと、理里は()()()()前の記憶を思い出してみる。





「りーくーーーーーん! いっしょにかえろー!」


 帰りの挨拶が終わると同時、ガラッと珠飛亜が教室のドアを開けた。


「…………はあ」


 理里は溜め息をつく。この慣例に慣れたクラスメートをかきわけ、珠飛亜はずんずん歩いてくる。


「さあさあ!ふたりの愛の巣にらぶらぶランデブー♡」

「あのな、俺は今日掃除当番なんだよ。一人で帰れ」

「了解であります! 珠飛亜三等兵、全力で待機させていただきますっ♪」

「あのなあ……」


 文句を言う間もなく珠飛亜はんずんずと来た道を引き返していった。教室の出口で待っているつもりだろう。


「いよっ、今日もお熱いねえ!」

「もう結婚しろ!」

「リア充死すべし!」


「リア充じゃねえって!」


 野次を飛ばす男どもに怒鳴って理里は箒を振り回すが、ネズミ共は自慢の逃げ足でピュンと去っていく。なお女子は遠巻きにボソボソ冷やかしている。


「ったく、どれもこれもあのバカ姉貴のせいだ……」


 換気のために窓を開けると、ひや、と空気が顔を舐めた。

 四月にしては異様な冷気が。


「えっ……」


 次の瞬間、視界が『青』で埋まった。





 そこからの記憶がない。ただ最後に目に映った「青」は、炎のように見えた気もする。


「この状況は、あの炎が原因か……?」


 自問しつつ珠飛亜の方を向いて、理里は気づく――どことなく感じていた違和感の正体に。


「お前、その顔!」


 珠飛亜の肌は、わずかだが氷に覆われている。髪はほぼ凍ったまま、ブラウスやスカートにも凍結の残滓(ざんし)がある。


 不安に満ちた目を理里が向けると、珠飛亜は弱々しく笑った。


「えへへ……なんとかりーくんを助けたくて、自分は後回しにしちゃった」


 その物言いに理里は違和感をおぼえる。


「後回しって、まさか珠飛亜が俺を解凍した……!? どうやって」


 聞きかけて、理里はすぐに思い至る。彼女の能力には、確かにそれが可能だ。


「どうやってって、こうやってだよね」


 珠飛亜が彼女自身の頬に触れると、ぱん、『水』がはじけ飛ぶ。



「"菫青晶の舞付師アイオライト・コレオグラファー"。こんな芸当もできたっけ」


 珠飛亜の"菫青晶の舞付師アイオライト・コレオグラファー"は『水を操る能力』である。が、その一端として『氷や水蒸気を水に変える』ことができるのだ。

 分子としての「H₂O」を操作し、氷を融解させたり水蒸気を凝縮させて水にできる。


「ありがとう、珠飛亜。お前がいなかったら即死だったよ」


 理里は座ったまま頭を下げる。すると珠飛亜は途端に後ずさり、


「や、やめてよりーくん、わたしとりーくんの仲でしょ? ……『わたしとりーくんの仲』ってなんか良いな……えへへ」


 申し訳なさそうにしたと思えばすぐに顔を緩ませる。

 そのいつもどおりの雰囲気に理里の気分も少し和らぐ。


(……けど、状況は好転したわけじゃない。これからどうしよう……)


 教室は氷漬けのまま、クラスの皆も氷像のままだ。そもそもこの現象がどの程度の規模で起きたのかも不明。


 肝心なのは状況の把握。そう考えて理里は立ち上がり、


「珠飛亜、他の人たちも助けてやってくれ。さすがにこのままだと凍死しかねない」

「うん! りーくんのお友達がこのままじゃ可哀想だもんねっ☆」


 理里の指示に従い、珠飛亜はクラスメートたちの解凍を始める。彼女が目を閉じると、皆の身体を覆った氷が少しずつ溶け出していく。


 その間に理里は窓際に向かう。


「……ふんッ!」


 拳を握り、氷に覆われたガラスを叩き割る。

 その穴から見えた景色はーー



「……なんだよ、これ……!」



 そこに在ったのは"氷"に支配された世界。人も動物も建物もすべてが凍り付いて、その時を止めた空間。


 向こうに見える街、さらには市の北側の山脈まで真っ白に染まっている。


「こんな……こんな規模なんて」


 どんよりと曇った空には雪が降り始めていた。もともと今日は夕方から雨の予報だったが、極低温により天候が変わってしまったようだ。

 理里の身体が震えたのは寒さのせいばかりではない。

 これが英雄の能力だったとすれば恐ろしい。街一つを簡単に滅ぼしてしまえる相手と戦うことになるのだ。


(『青い炎』と『氷』……このふたつが繋がる、状況……)


 理里は、それを見たことがある気がしていた。だが、理里が過去に見たのと同じ状況だとは考えにくい。彼が見たそれは、もっと()()()()()()()()

 その疑念を明らかにするため、理里は珠飛亜の方に振り向く。


「なあ……まさかこの現象、()()が原因じゃないよな」


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