43. Miss. Bloody Sunday
「綺羅ちゃんばいばーい!」
「またあしたねー!」
「うーん! またあしたー!」
点のように小さくなってもまだ手を振る友人に、綺羅はいつまでも腕を振り返す。
見慣れた住宅街のT字路は、いつも綺羅が彼女たちと別れる場所だ。怪原家まではまだ距離がある。
(そろそろやばいかも……)
くら、と目眩が綺羅を襲う。
悪寒のせいで倒れる寸前だ。立ちくらみがするほどの寒気のなか、今にも倒れそうな体を無理矢理押し進めて綺羅は歩いてきた。
だがもう限界だ。自宅まであと三〇〇メートルほどだがその距離も危うい。
(……ママにでんわしようかな……)
怪原家の者は皆スマートフォンを常に携帯している。特に"英雄"からの宣戦布告を受けた今はなおさらだ。
薄いピンクのリュックを漁って綺羅はスマホを探すが、
「……どこいれたっけ……」
ひゅう、と風の音が響く。
強風で身が固くなる。携帯は底の方に入っているらしくなかなか取り出せない。
「ん、んっ……」
少し強く手を底の方に押し込んでみると、
どさどさどさ。
「……あれっ?」
中に入っていたはずの荷物が落ちて散らばる。リュックの底が抜けてしまったらしい。
「なんできゅうに……」
不思議に思った綺羅は、突っ込んでいた右手をリュックに出し入れしてみる。だが、そこには何もない。当然だ。中身は全て下に落ちている。
空になった弁当箱。何本ものペンをぶちまけた筆箱。ばらばらに散った教科書たちの中には、吹羅から返された国語のものもある。赤いページが強い風にめくられて――
(……あか?)
綺羅はにわかに動揺する。なぜ、教科書のページが赤い? いつのまにこのような染みがついたのか。
(またひゅらのらくがき? ……あれ、待って……)
考えかけて、気づく。今もなお、「赤」が広がりつづけていることに。
吹羅から返された国語の教科書。書かれていた六芒星の魔法陣の上、ぽつり、ぽつりと、したたる赤い雫。また奥の方から流れてきた赤い液体が、じわじわと紙の「白」を浸蝕し
「……!?」
そこで、目に入ってはいけなかったものが、ようやく綺羅の瞳に映る。
教科書、プリント、筆箱、たくさんの荷物とリュックの切れ端に埋もれ、あれほど探していたスマートフォンの近くに、肌色と赤のものが、まぎれている。
切り揃えられた爪。少し短い指。小柄ゆえに人より少し小さなそれは、先ほどまでともだちに向かって振っていた、綺羅の――右手。
「い――」
襲い来る激痛と恐怖に悲鳴を上げようとしたが、声は出なかった。
なぜなら彼女の口は、すでに喉笛と繋がっていなかったのだ。
首から噴水のように血が吹き上がる。切断された綺羅の頭が、ごとん、と、アスファルトに落ちた。それに続いて、ばらばらになった彼女の体が地面に崩れ落ちるのだった。




