39. きっと
胸元に手を入れたて止まった珠飛亜に、理里は答える。
「生徒会の人たちは珠飛亜を『騙してた』って言ったけど、本当にそうなのか?」
「え……だって」
珠飛亜がとまどい、声を乱す。が、理里は続ける。
「確かに、あの人たちが自分たちの正体や、俺たちを監視してたのを隠してたのは事実だ。けど、あの人たちが珠飛亜に見せてきた顔ぜんぶが、演技だったとは限らないだろ」
「どういう意味?」
理解の追い付かない珠飛亜が問う。理里は姿勢を正して珠飛亜の眼を見つめる。
「珠飛亜も見ただろ、蘭子さんとのかけっこが終わったあとのあの人たちを。
子どもみたいに勝敗を気にする蘭子さん。裸の蘭子さんに照れる卜部先輩。楽しげな麗華先輩。あと……ちょっと悪役ムーヴはあったけど、相変わらず無口な手塩先輩。あの人たちの姿って、珠飛亜が生徒会にいたときと、あんまり変わんないんじゃないかと思って」
「!」
珠飛亜は気づく。
彼らは事実を隠していただけで、珠飛亜との生徒会での日々を楽しんでいなかったわけではないのではないかと理里は言っているのだ。
「全員じゃないとは思う。でも、珠飛亜と一緒にいた時間を楽しんでた一面はあったと思うんだ、あの人たちも」
かけっこの終了後、勝敗の記録映像を観ようとしていたとき。蘭子も珠飛亜も互いに必死で、その自分たちを麗華は笑って見ていた。
籠愛は遠くで恥ずかしそうにそっぽを向いていた。手塩は興味のないふうを装いつつ視線をチラチラやっていた。
あの場面こそ、珠飛亜たちが今まで過ごしてきた生徒会での日々と同じものではなかったか。
浴槽の枠にあごを乗せて、理里ははにかむ。
「蘭子さんに『命令』を伝える時、あのすがすがしい表情を見て思ったんだ。あの人は、裏表がない。勝ち負けだけを正義にしてる、竹を割ったような人だってことが。あの時、この人なら信じられるって、思っちまったんだよなあ」
申し訳なさそうに後ろ髪を掻いて、理里は笑う。
「俺、友達なんて居たことないから、ちょっと人間不信なところがあって。友達なんて居なくても生きていけるって思ってた。けど、蘭子さんとは心から仲良くなりたいって思っちゃったんだ」
理里の物言いに珠飛亜は苦笑する。
「それ、ほぼ告白だよ」
「えっ! そんなつもりじゃ」
あたふたと湯船の中を後ずさる理里の様子に珠飛亜は笑ってしまう。
「あっはは、冗談だよっ! りーくんが好きなのはおねえちゃんだけだもんね、まさか他の女に惑わされるなんてあるわけないよねぇ~、うふふ♡」
口元に手を当てて珠飛亜は笑う。理里は戦慄していたが……。
「蘭子ちゃんはずっと蘭子ちゃんで、今まで通りわたしとも親友ってことか! 他のみんなも少しは、絆を感じてくれてたのかな!」
「あくまで俺の憶測だけどな。ただ、それが事実だったとしても蘭子さん以外はまだ敵だ。甘くならないよう注意しないとな」
「うん……ありがと、りーくん♡」
珠飛亜は右手でガッツポーズする。
「よし、そうと決まればりーくんと蘭子ちゃんがなかよくできるように協力しなくちゃ! 毎日教室の前でウロウロするのはもうナシ!」
「ご、ごほっ!? 知ってたのか!」
思わずむせる理里。珠飛亜は両頬に人差し指を当ててニコッと笑う。
「りーくんのことはなんでもお見通しなのらぁ~♪」
「そ、そりゃどうも」
理里は肩まで浴槽に浸かり、顔に火照りをおぼえた。
「そろそろ出るか、のぼせそうだ」
もうかなり湯に浸かっている。髪も身体も洗ったのであとは上がるだけだ。
「えぇー、もうあがっちゃうのお?」
口をとがらせる珠飛亜の仕草に、理里は視線をウロチョロさせる。
「いやその……さすがにそんな格好の珠飛亜が目の前にいたら、落ち着かないっていうか」
「……そゆこと♡」
途端に珠飛亜の顔に蠱惑的な笑みが浮かぶ。
「いいんだよ、どれだけ見てくれても……お望みなら洗ってくれてもね? それともおねえちゃんが洗ってあげようかぁ……?」
「そのエネルギーは受験勉強に使え、アホ姉!」
「ひ、ヒトのいちばん痛いところをぉ~~!!!!!」
珠飛亜も高三、戦いの年だ。家族として応援してやらねば、としみじみ決意して理里は風呂場を後にする。




