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Perfect Strategy


 蘭子(らんこ)の姿が見えなくなったころ、ようやく理里(りさと)たちの身体の硬直は解けた。


「大丈夫か、兄さん!」


 まだ股間を押さえて起き上がれない希瑠(ける)に、理里は駆けよる。


「ゆるさん……あの女、マジにゆるさん……ひぐっ」


 理里が助け起こそうとすると、希瑠は内股になってくずおれてしまう。


「に、兄さん!」


 再び肩を貸され、ようやく希瑠はゆっくりと歩き出した。


「ハア、ハア……理里ォ……俺はあの女に、目にもの見せてやりてえぜ……」


「……そうだな。それは俺も同じだ」


 ここまで理里たちは田崎蘭子に翻弄されっぱなしだ。圧倒的な強さと速さ、そしてあの奔放な性質に。


「けど、ちゃんと勝負してあいつに勝てるかな? さっきはつい、気圧されて返事しちゃったけど」


「無理だろうな……ヤツは"最速"だ。

 けど、知ってるか? 神話上で似たような勝負をヤツがやった時に、勝利した男のやったことを……」


「いや、知らないけど」


 おそらくそれが、先ほど蘭子と希瑠がほのめかしていたことだろうと理里は悟る。


 何か悪だくみするように苦笑して、希瑠は続けた。


「そいつはアタランテの走る道の上に、リンゴを投げ入れたのさ……アタランテはリンゴを拾いに行ってしまって、その隙に追い抜かれてしまったんだ」


「……何だそのバカな話は」


 希瑠の語った内容に理里は呆れる。いや、あの女ならやりかねないかもしれないが。


「ここで大事なのは、リンゴを手に入れることじゃねえ……つまり、()()()()だ。俺たちが勝つにはそれしかねえ……!

 見てるがいいぜ、田崎蘭子ォ! どんな手を使ってでもてめえを足止めしてやるッ……うっ……」


 気合いを入れた刹那、希瑠はまたしてもその場に倒れこんでしまう。


「……はぁ……」


 一体誰と誰の勝負なのか、分かったものではない。ため息をつきながら、もう一度兄を助け起こす理里だった。





「と、いうわけで作戦会議じゃああああああああ!!!!」


 家に帰るや否や、リビングに珠飛亜(すひあ)以外の家族(理里、恵奈(えな)(ひゅ)()綺羅(きら))を呼び集めた希瑠は、さっそく理里と田崎蘭子の競走について説明した。


「何事も命を懸けるものは心が躍る……(たぎ)る、血が滾るぞぉ! この身に宿る黒き龍の血がぁ!」

「その意気だぜ吹羅、お前はいつもノリがいいな! そんな血は一ミリも流れちゃいねえが!」


 吹羅は今日も左眼の黒い星のペイントを欠かさない。「くるりんぱ」と呼ばれる髪の編み込みもいつも通りだ。


「どうしてかけっこを申し込まれたのはりーくんなのに、希瑠くんの方が張り切ってるのかしら……」

「俺はあの女が気に食わん! 何としても一杯食わせてやらなきゃ気が済まねえ! 以上だ!」

「と、いうことだそうで」


 希瑠は開き直り、理里は諦めたように首を振った。


「理里ォ! 決戦の土曜日まであと何日だ!」

「えっと、今日は四月十六日の月曜だから……今日含めてあと六日かな」

「そう、あと六日だ! それまでに俺たちは奴に勝てる万全の策を見出さなきゃならねえ! でないとみんな死ぬ! だから死ぬ気で考えるんだ!」


 ダンッ、と希瑠はテーブルを叩く。


「……殺される、なんて言うけれど。どれだけそのコが速かろうと、あなたが油断しなければ勝てたのではなくて?」

「うっ……」


 痛いところを突かれた希瑠の顔が引きつる。


「そ、そりゃもちろんさ。だけどほら、まさか英雄がウソをつくなんて思わないだろ?」

「……甘すぎるのよ、貴方」


 恵奈が軽蔑の目を向ける。


「大兄上は頭が良いのか悪いのか分からぬな」

「う、うん……」


 吹羅と綺羅にも、希瑠はジト目を向けられる。


「ま、まあまあ! 兄さんが俺を守ってくれたのは事実なんだし! 今は『かけっこ』のこと考えようぜ!」


 雰囲気が悪くなりかけたのをやわらげようと、理里は精いっぱい明るい声と笑顔を作った。

 家族の中で責任を追及していても仕方がない。今は、待ち受ける難題に対処することが先決だ。


「……そうね、受けてしまったものは仕方がないわ。

 りーくんを守るためだったらわたしは全力を尽くすわ。母親ですもの」


 恵奈は肩をすくめて苦笑する。


「土曜日なら我らも中学が休みだ。"死の体現者(トゥルー・オブ・デス)"の力、とくと見せつけてやろうではないか!」

「う、うん……きらも、がんばるよっ」


 いつの間にか二つ名が変わった吹羅と、少し自信なさげな綺羅も、それぞれに大小のガッツポーズをする。


「ありがとう、みんな。わざわざ俺なんかのために……」


 理里が頭を下げると、クハハ、と吹羅が笑った。


「良い良い! 前世から因縁のある貴様に恩を売れるとは、我も胸がすく思いよ!」

「そんな因縁は微塵もないと思うけど……家族だし、当然のことよ」

「おにいちゃん、いつもきらにやさしくしてくれるもん。だ、だから、おんがえし、したいんだ」

「お前はオレの大切な弟だ、それくらいお安い御用だぜ!」


 最後の鼻につく美声だけは、いささか信用ならないような気がしたが。それでも少しばかり、元気づけられた理里だった。





「それで、作戦はどうする? 家族総出でかかるって決まったのは良いが……」


 希瑠が皆の顔を見回すと、恵奈が小さく手を挙げた。


「すでに考えてあるわ」


「マジか!?」

「やっぱ母さんはすごいな……」


 希瑠と理里から、感嘆の息が漏れる。


「それほどでもないわ。たまたま思いついただけ……」


 恵奈は謙遜に肩をすくめた。


「さて、作戦の概要だけれど。

 喜びなさい、希瑠くん。上手くいけば貴方の力で、()()()()()()()()()()、りーくんを勝たせることができるわ」


「へっ……………俺?」


 腑抜けた顔をした希瑠に、恵奈は自信に満ちた笑みを浮かべる。


「ええ。まずは――」


 恵奈の語った作戦は二つ返事で皆の承諾を受け、実行に移されることとなった。



 決戦の日まであと六日。どこかで、開幕のベルが鳴っている。






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