18. 美女と野獣
「お、カイハラくん久しぶりじゃん」
「おひさー」
「この間から結構休んでっけど、身体とかダイジョブ?」
田崎蘭子との邂逅から数分後、教室に入るなり数人の男子が理里のもとに駆け寄ってくる。
「え……?」
少し戸惑いながら理里は返す。
(何だ……こいつら俺をハブってるんじゃなかったのか?)
珠飛亜のせいで、理里はシスコン認定されシカトされている身分のはずだ。だが、にしては彼らの態度は親しげだ。
不審な目を理里が向けていると、
「で、ひとつ聞きたいんだけどよ」
名前はまだ覚えていないが、短いツーブロックの髪を掻き上げた男子が理里に顔を近づけてくる。
はっ、と悪い予感が襲う。これはウワサに聞くカツアゲというやつでは……!?
「な、何でしょうか……」
オドオドと目を泳がせながら理里が問うと……
ツーブロックはぽっ、と顔を赤らめ、いそいそと人差し指をつき合わせた。
「お、お前の姉ちゃん……今日は来ないの?」
「…………は?」
目つきの悪いワルモノ顔に似合わないしぐさ。理里があぜんとしていると、丸坊主で太眉の、いかにも野球部といった見た目の男子がツーブロックと肩を組んだ。
「悪い、こいつカイハラくんの姉ちゃんにひとめぼれしちゃったみたいなんだよ! いやまー、確かに美人だよな? 俺らファンクラブみたいなの組んでてよ! カイハラくんが来ないと姉ちゃんも来ないからさ、俺らナーバスなのよ……わかる?」
「ああ……ま、まあ、……」
と返しながら、理里は内心でとても動揺していた。
(どどどどどどういうことなんだ!? あの超絶ブラコン姉貴のことが好きだって!? しかもファンクラブ!? ファンクラブとは!? みんなしてドアホか!?)
確かに顔はいい。顔だけはいい。しかしながら、公衆の面前であんな痴態をさらすブラコン女のどこに惚れたのか。というか、俺のことをシスコン扱いしていたわけではなかったのか!?
『ああ。そういやあいつ、俺の同級生からもそこそこ人気だったぜ』
「に、兄さ……あっ」
「ん? どしたのカイハラくん」
「い、いやなんでもない! なんでもないよっ」
後ろについて来ていた希瑠がぼやいたのだ。彼の声は"楽園の王"によって収束されており、理里にしか聞こえないのだが……当然ながら理里の声は周りの人に聞こえてしまうので、返事をしてはならない。両手を振ってごまかす。
男子たちは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに話題を戻した。
「いやー、マジに珠飛亜さんは一世一代の美女だと思うぜ! あんなキレイな人見たことねえよ」
「どっちかと言うと『キレイ系』の顔なのに、性格はメッチャ明るくて『カワイイ系』っていうギャップ? これがサイコーなのよ!」
「あの、おでこ丸出しのおかっぱも似合ってるよな! あの髪型できる人ってそうそう居ないんだぜ?」
「笑顔が、すごくいいよな……歯を見せて笑うのが、すごく……」
(笑顔……か)
言われて、珠飛亜の笑顔が理里の頭をよぎる。あの笑顔は良い。心の中の暗いもの全てを取り払ってくれる、太陽のような明るさ。
だが、その笑顔は今は陰っている。有村大河の蜂によって受けた傷が回復するまでは、眠りの奥に隠されたままだ。
「あれ? カイハラくん、顔色ワルいけど」
「ああ……いや、なんでもないよ。
残念だけど、今日は姉貴は休みなんだ。体調不良でさ」
「ええ!? マジかよ!」
「そりゃあ残念だぜ……今日こそはあのご尊顔を拝めると思ってた、の、に…………」
唐突に、熱弁を振るっていた野球部(?)の顔が固まる。
「ど、どうした?」
困惑する理里。しかし、野球部は理里の真後ろに目を向けたまま硬直している。
その理由は、すぐに理里の知れるところとなった。
「あのさ、入口で溜まられると超邪魔なんだけど。どいてくんない」
ドスの効いた、女の低い声。ここに集まっている男子とタメを張るほどの身長の高さ。目元は切れ長で、無造作にまとめた水色の髪は寝ぐせも直していないようにボサボサだ。
(こ、こんな人ウチの学校にいたっけか……!?)
突然のスケバンの登場に理里が戦慄していると、野球部(仮)がその女生徒の名を呼んだ。
「お、折邑さん……?」
「どけって言ってんの。みんなして玉潰されたいの」
「は、はいぃ……」
さながらモーセの十戒のごとく、サーッと左右に分かれる男たち。そのド真ん中を『折邑』はずんずんと進み、自分の席へと歩いていって、座るなり机に突っ伏した。
『ひいぃ、なんだあのスケバン! オレまでちびるかと思ったぜ』
希瑠の震える声が聞こえる。地獄の番犬すらこのありさまとは恐るべき女だ。
「折邑さん……顔は、かわいいんだけど」
「あとおっぱいもでかいけど」
「ちょっと怖すぎる、よなあ……」
むむむ、と首をひねる男子たち。
「な、なあ……あんな人ウチのクラスにいたっけ」
理里が思わず問うと、野球部(仮)が震えたまま答える。
「そっか、カイハラくんは入学式の日から休んでたんだっけ? あの人昨日から学校に来だしたんだけど、もう怖くて仕方ねえんだよ……いくらうちが髪型自由だからってさあ」
「水色はさすがにな……」
「でもあれ地毛って聞いたぜ」
「さすがにないだろソレは……あれで地毛なら人間じゃねえ、青鬼かなんかだろ……」
「な ん か 言 っ た ?」
ギロッ、と飛んでくる折邑の視線。「いええええ何も」と男子たちはそっぽを向いて口笛を吹く。
と、キーンコーンと鐘の音。
「やべ、そろそろ先生来るか」
「戻ろうぜ」
理里のもとに集まっていた男子たちは、そそくさと自分たちの席に戻って行く。
『おい、俺らも行くぞ理里。どこだ、お前の席』
希瑠が、理里の肩をぽんぽん、と叩く。
しかし彼はなかなか動こうとしない。
『おい、どうしたってんだ? 先生来ちまうぜ』
急かす希瑠に、理里は絶望に沈んだ青い顔でぼそぼそとつぶやいた。
「兄さん、いま席は出席番号順なんだ。出席番号って『アイウエオ順』だろ? 俺の苗字の頭文字は「か」だよな」
『……それがどうかしたか』
「あの女の苗字は『おりむら』……『あいうえお』の次は『かきくけこ』……これで、何か分からないかな……」
理里の言葉を聞いた途端、希瑠の顔が真っ青になる。
『まさか、お前……』
「俺の苗字はか『い』はらなんだ……『お+ラ行』と『か+ア行』……この間に入れる苗字は『恩田』くらいのもんだ……」
『……ドンマイ』
残念ながらこのクラスに『恩田』はいない。重い足取りで、派手すぎるスケバンの真後ろの席に向かう理里だった。




