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17. Monster Girl

「甘い。甘すぎるぞ、(かい)(はら)()()


 女性としては低めの猫撫で声。


 ()(さと)と希瑠を襲った黒髪の少女の両手は手刀の形、それぞれが兄弟の喉元で止められている。


「わたしが英雄だからといって、嘘をつかないと考えるのはお勧めしない。そういった純真さは、年若い少年にこそ似つかわしいとは思わないか? たとえば理里くん、君にこそ」


 にへら、と少女はいやらしい笑みを理里に向ける。

 嫌悪の目を向けながら理里は問う。


「なぜ、殺さない……?」

「フフ、それは簡単なことだよ。

 私はもともと、君らを殺す気などない。小手調べにちょっかいを出しただけの話だ」

「なっ……」


 弓の軌道、また速度から考えても確実に殺すつもりだったとしか考えられない。そんな思いが理里たちの顔に表れたのを読み取って、少女はニヤリと(わら)う。


「あの程度で沈む凡骨であれば、私と(あい)(たい)する価値など無いよ」


「……」


 理里と希瑠は呆れて言葉も出ない。


「ケッ、殺さないってんならオレたちに何の用だ野蛮人」


 希瑠が悪態をつくと女はまた笑う。


「殺すとも? しかしそれは先の話。その時に貴様らがどれほど足掻いてくれるものか、気になってね……

 わたしは戦いのために生きている人間だ。期待した獲物が思いのほか弱かったとあっては、興醒めなのだ……君らにはそんな期待外れは無いだろうが。特に理里君、君にはね」


 くわっ、と睫毛の長い目を見開き、少女は理里の目と鼻の先に顔を近づける。


「っ、何だよ」


「ふふふふ。よく見れば、なかなか可愛い顔をしているじゃないか」


 目じりをだらりと垂れ下がらせ、少女は舌なめずりをする――


「理里に触るなっ!」


 突如、希瑠が声を張り上げた。


「その薄汚ねえ指一本でも触れてみろ……! てめえの喉笛を、喰い千切るぞ」


 希瑠の瞳は真っ赤に染まり、瞳孔が糸のように細くなる。砕け散らんばかりに噛み締めた犬歯が鋭く伸びている――まるで猛犬のようだ。


「……冗談の通じぬ男だな。まあ良い、わたしの用事は終わった」


 少女は「やれやれ」と理里から距離をとる。


「私の名は田崎(たさき) 蘭子(らんこ)。前世における名はアタランテだ。

 また会おう、少年」


 言い残し、少女はとん、と車が行き交う道路へと跳び――その姿はかき消えた。





「…………」


 長い沈黙の後、信号が青くともり、アナウンスが流れる。理里と希瑠は自転車には乗りなおさずに歩き出した。


「ず、ずいぶんとまた厄介そうな敵が出てきたな!」


 先に口を開いたのは自転車を押す理里だ。暗くなった雰囲気をどうにか戻そうと、声を明るくしてみる。しかし、希瑠の深刻な表情は崩れない。


「あの、兄さん?」


「見ろ……この横断歩道を」


「え? っとわあ!?」


 希瑠の言葉を理解する前に、理里はその場にあった()()()に足をとられてしまった。自転車が倒れ、理里も尻もちをつく。


「なんでこんなとこに落とし穴みたいなのが……えっ」


 座り込んでしまってはじめて、理里は横断歩道の()()に気づいた。


 すり鉢ほどの大きさのクレーターが横断歩道のそこかしこに点在し、地面が穴ぼこだらけになっている。


「……いつの間にこんなことに!?」


「アタランテ……奴のしわざだぜ」


 希瑠は険しい目つきで横断歩道の先に目をやる。


「猛スピードで車が行き交ってる中に、奴は飛び込んでいった……その中で、ひとつひとつの車を避けてたってことだ。この穴は、方向転換で地面を蹴ったときにできたものだろう」


「っ……」


 希瑠もやれやれと首を振る。


「俺にすら動きが全く見えなかった……あの女、相当に()()。なかなかの強者に目を付けられたもんだ。

 ……信号が変わっちまう。急ぐぜ」


「あ、ああ……」


 走り出す希瑠を追って理里も立ち上がり、自転車を起こす。


 青く点滅する歩行者用信号が、赤く変わる。邪眼の蜥蜴に待ち受ける運命は、未だ過酷。


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