16. DUGOUT ENCOUNT
「あと少しだな」
「ここ渡ればすぐだもんな。懐かしいぜ」
この辺りまで来ると、同じブレザーに身を包んだ学生たちの姿が増えてくる。ちょうど登校ラッシュにぶつかったらしく、校門までの細い歩道に人だかりができている。
「……久々の学校だな」
入学式を終えてまだ二週間ほどだが、理里はすでに半分くらいの日数を休んでいる。
「この調子で欠席が続くと進級も危ねえかもな。英雄どもにも配慮してほしいもんだぜ」
「まったくだよ。何のために危険を冒して通ってると思ってるんだ」
学校のほうへと流れていく紺のブレザーの群れを眺めながら、理里は悔しさにかられる。
生まれた星の下が悪かったのか(今は星は無いが)。魔神の息子に生まれたため、理里の手元から平穏な生活は消え去ってしまった。
理里はただ、平和に暮らしたいだけなのだ。普通の人間と同じように、あたりまえの毎日を過ごしたいだけなのだ。だというのに、なぜ自分たちだけがこんな目に――
――ぞく。
理里の背筋に寒気が走る。手塩に襲撃される寸前と同じ、存在をおびやかされるような寒気。
「に、兄さん」
「……気づいたか、理里」
後方の希瑠も同じものを感じたらしい。表情が固い。
『寒気』の原因はどこか? 必死に辺りを探る。左――ではない。右でもない。もしや後方かと振り返るが希瑠しかいない。
はっ、と向いた前方――細く鋭い銀色の物体が、理里に向けて飛来している。
「っ!」
希瑠が以前危惧していた狙撃だと気づいた時には遅い。避ける間もなく、ギラリと光る先端が、理里の頭部をつらぬこうと――
――しかし。
「"楽園の王"」
理里の頭からちょうど二メートルほどの空中で物体は地面に叩き落とされた。
「あ……」
地面にめりこみ真っ二つに叩き折れたそれは、弓道で使用される矢だ。ミシミシとひびが入り、やじりが砕けていく。
すかさず空に第二射が現れる。今度は大きく弧を描き、希瑠の真上から脳天を貫くように。
「なかなか賢いな。重力が倍加したことを見破り、その弱点までも利用するたあ……
だが、甘い」
希瑠はうそぶき、右手を掲げる。
「"楽園の王"条文改正――"重力反転"ッ‼」
吸い込まれるように希瑠の頭部に命中するはずだった矢は、彼に至るまで二メートルほどの位置で弾かれる。
「ルール変更だ。『条文改正』によって、この空間内は俺たちの居るスペースを除き重力を外向きに働かせている」
理里たちを中心に、ドーム型バリアのように銀色のゆらぎが薄く展開している。
「"楽園の王"――この円の圏内は『俺の世界』。『王』たる俺が定めた『欽定法』のみが適用される結界。これがある限り、てめーらの奇襲は無意味だと思え!」
どこへともなく希瑠が叫ぶ。すると、国道をはさんだ信号の向こう側にひとりの少女がぱっ、と出現した。
女性としては背が高い……一七〇センチはありそうな長身。長く伸ばした黒髪は姫カット。制服のミニスカートからのぞく太ももは、ストッキングに包まれているものの鍛え上げられていることがうかがえる。
特に目を奪われるのは切れ長の瞳だ。目ぢからが半端ではない。小さな口を不敵に歪ませ、右手にたずさえるのは弓道の長弓。
「こいつ!」
身がまえた希瑠と理里に、少女は首を横に振って弓を地面に置く。戦意は無い、という意味か?
「……」
顔をしかめながら希瑠は"楽園の王"を解除する。銀のゆらぎのドームが消え――
次の瞬間には、かの少女の顔が理里たちの眼の前に在る。
「なっ!?」
暗澹たる黒髪を乱す死の権化が、ニッカリ、口の端を吊り上げる。
本作と別に投稿している《設定資料集》の異能力図鑑に、"楽園の王"の解説を掲載しています。
ぜひご一読くださいませ。




