163. Battle 9 太陽の神
『アレス様、失神!! 第八試合もまたヘラクレスの勝利に終わりました!
これでオリンポス十二神を破ったのは二柱目! もはやこの男を止められる者はいないのか!?』
実況の興奮した声が響く中、ヘラクレスは闘技場の中心で拳を掲げる。
鳴り止まぬ歓声の中、壁際ではアレスがまだ目を回していた。
★
『さあさあ続きまして第九試合! ヘラクレスの前に立ちはだかる次なる相手は……
太陽神ッ! アポロン様だぁぁぁ―――――ッ!』
またしても湧き上がる歓声は、アテナの時のように、どちらかというと黄色いものが多いようだ。
それもそのはず。アポロンの顔は、彼が司る太陽と見まがうほどの輝く美しさを放っている。
「本当にカッコいいわ、アポロン様……!」
「アレス様も(顔は)男らしくてカッコいいけど、アポロン様は健康的な筋肉質っていうか? イカすわよねぇ……!」
「ああ、アポロン様の光に焼かれて灰になりたい!」
客席の妖精や女神たちが熱い視線を送るアポロンは、なるほどアレスに比べれば細身である。しかし精悍なその顔付きは、男らしく芯が通っているように見える。金の長髪は、彼が司る太陽の光のように力強い。
彼はその青い瞳で客席を一瞥し、
「……蠅どもが」
……およそ最低の感想を漏らした。
「淑女に向かってその言はどうかと思うが……」
ヘラクレスが困ったように眉を寄せると、アポロンは顔を顰めた。
「美しくない物は俺は好きではない。無論姦しい女どももだ。虫唾が走る」
「そう拘りが強いから振られてばかりなのでは……」
「喧しい」
「うおっ」
ヘラクレスの指摘に返ってきたのは光線。足元の地面が赤く焼き付いている。
「貴様もだ、ヘラクレス。貴様の野蛮で下品な闘い方は全く美しくない。雷をビカビカと光らせて腕力で解決するそのありよう、気高き神として失格だ」
「美しさなどどうでもいい。闘いはつまるところ最後に立っていた者の勝ちだ。そこに至る過程など何でもいいだろう?」
「キサマのそういうところが気に食わん!」
ヒヒュン、と続けて光線が二条放たれる。ヘラクレスは俊敏な身のこなしでそれを躱し、飛び退いた刹那に雷を放つ。
だがアポロンも俊敏さでは負けない。ふっと身体をそらすだけで、簡単にその雷を避けてみせる。
「神とは遍く全ての生物の頂点に立つ存在! 万物を統治する霊長! 上に立つ者として、我々は気高さを持つべきだろう!」
「あいにくだが、己は神としては新入りでな。そういう神の誇りなんてものは持ち合わせておらん」
「ならば今日ここで、俺がその身体に刻みつけてくれるわ!」
突如、アポロンの全身が発光する。
「うおっ!?」
ヘラクレスが驚くのも束の間、彼の肌を強烈な熱が灼く。
(――まずい!)
ヘラクレスが悟った時には、すでに会場全体が黄金の光に包まれていた。
実況席からも絶叫が響く。
『まぶし――――ッ!!! なんですかこれは!!』
『アポロン様の権能、ですね……! 太陽の神たるアポロン様は、光を自在に操ることができる!
その最も殺傷力が高いものが、全方位に光を発射するこの技!』
「やはり貴様の知恵は格別だな、ケイローン! 我が偉容を最も世界に知らしめる絶技! 我が身を光球と化すこの『輝ける太陽』こそ、我が最も美しい戦技よ! この美しさに震えよ!」
『しかし眩しくて何も見えませんが……』
「何も見えぬということは、我以外目に入らぬということ! それすなわち、我に目を奪われぬ者はいないという事!」
都合のいい解釈を宣うアポロンはさらに光を強める。
「我が荘厳なる光の前に消え去れ、ヘラクレス!!!!」
「……そうはいくかよ!!!」
光に包まれる闘技場の中、ヘラクレスの声が力強く響く。バチバチ、と火花の音も聞こえる。
それを悟ったアポロンは光を収めた。光が消えてゆき、彼の金髪以外の輝きは残らなくなる。
「お決まりの雷神化か。陽光と雷光で異なるといえど、貴様もまた光。俺の光は通用せんか」
「貴方の光は魂までもは灼かぬらしい。ならば雷神化で回避できよう」
雷の化身となったヘラクレスを一瞥し、アポロンは指を鳴らす。
「……ならば、我が神器を開帳せん!」
瞬時、闘技場の砂地に描かれる、光の文様。その中から姿を現すのは。
黄金の装飾。燃える車輪。どぎついほどに金色で塗りたくられた荷台。
神話に名高き、太陽神の黄金の戦車。搭乗者の背丈をゆうに凌ぐその大きさは、もはや建造物の域。黄金の神殿が突如、そこに建ったかのようだ。
「……HHEEEEEEEEEEEEEEEEEENNNN!!!!!!」
轡で戦車に繋げられた二頭の巨大な馬がいななく。
その大きさは並のものではない。現代の尺度で三メートルの巨体のヘラクレスよりも、まだ二回りは大きい。
巨大な戦車に飛び乗ったアポロンは、さらにもう一度指を鳴らす。
すると、金色の弓が彼の左手に現れた。
「そろそろ、本気で臨ませてもらおう」
太陽神は嗤わない。油断なき冷たい眼差しのまま、黄金の弦に右手をかける。