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星狩りのレプタイル ー邪眼のトカゲと夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第6章 第3節「追想:新・十二の功業」
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162. Battle 8 VS. Árēs


 八度目の開戦の鐘が高らかに鳴る。


 二本の長槍を構え、ヘラクレスの眼前に仁王立つのは、赤い鎧に身を包んだ神。いかめしい体格から男神だろうと分かる。


「久しいなァ、ヘラクレス!!」


 鎧と同じ真紅の兜で顔を隠したその神は、槍の穂先をヘラクレスに向ける。


「以前戦った時はゼウス様の雷で仲裁されたが、今回はそれはない! この神界最強のオレ様が、キサマをぶちのめすのを衆目に晒せるわけだ!!」


「アレス……減らず口は変わらないな」


 高慢にヘラクレスを見下す男神(アレス)の背丈は、ヘラクレスより少し高い。現代の尺度で3mを少し超える程度だ。


 両者を眺める観客は次のような態度。


「アレス様、本当に大丈夫か……?」

「戦いの神といわれてるが、勝った話聞いたことないぜ……」

「腕っ節は強いが、ただの乱暴者じゃヘラクレスには勝てないよなぁ」


 アテナの時と違い、観客たちはアレスを冷ややかな目で見つめている。ヒュドラ達もそれは同じだ。


「なんだあの噛ませ犬感マシマシの神は!? めちゃめちゃ弱そうではないか!!」

「そ、そんなこと言っちゃ可哀想だよ……」


 たしなめるカルキノスの瞳からも、アレスへの(あなど)りが見える。


「ふむ、確かにアレス様は腕っ節以外に特別な力があるとは聞かん。だが、それだけでオリンポス十二神の座は保てんぞ」


 冷静にアレスを注視するルピオネにラードーンは笑う。


「考えすぎだろ。あのアテナさえ負かしたヘラクレスが、今さらあんな脳筋に負けると思えないね」

「神々を甘く見るな。あの方々は、われわれの想像が及ぶ存在ではないのだ」


 木彫りの目を光らせるルピオネに、ラードーンはやれやれと首を振った。





「何年ぶりか……(オレ)が貴方の息子を殺した時以来か」


 ヘラクレスが呟くと、アレスは眉を吊り上げる。


「応とも! キュクノスをブチ殺したこと忘れはせん、今度こそ報いを受けさせてくれる!」


 槍を構え、アレスが突進する。しかしヘラクレスは微動だにしない。


「どうした、得意の雷神化は使わんのかァ? オレの槍に貫かれる覚悟があるのだなァ!」


 ぶうん、と風を纏って突き出される槍を、ヘラクレスは紙一重でかわす。


「……」

「なァんだ、黙りこくって! メドゥーサに口を固められたのか? ふっははは!」


 アレスの軽口にもヘラクレスは動かない。


「……デクの坊が。ならば早々に討ち取ってくれる!」


 アレスがふたたび突進する。飛び出す右の槍。ヘラクレスは一歩前に出てそれを(かわ)し、同時に鉄拳を繰り出す。

 だが、


「ハハァ……その程度か!」

「……!」


 アレスは拳を避ける事もせず、真正面から受け止める。岩のようなヘラクレスの拳はアレスの兜の正面を直撃する。


 アレスは一歩も動じない。

 それどころか、


「つっ……!」


 殴ったヘラクレスの右の拳がパン、と果実のように弾けた。

 破裂する鮮血に、客席から悲鳴が上がる。


『おお――っと、ヘラクレスの鉄拳はアレス様には通じず! さすがの英雄神も、戦いの神には歯が立たないか――ッ!?』


 実況が闘技場に響き渡る。それに一瞬顔をしかめてヘラクレスはつぶやく。


「その鎧、何かあるな」

「フフ、気づいたか、ヘラクレスよ!!」


 アレスは得意気に槍を掲げる。


「この"アエレウスの鎧"はいかなる攻撃のエネルギーも相手に跳ね返す! 我が愛する女神より贈られた天界の至宝だ!」


 そう言ったアレスが、闘技場2階の豪奢な席に目を向ける。


「もうアレスったら、情熱的ねぇ」


 「V(5)」の数字が書かれた椅子に座る金髪の女神が、薄桃色の唇を微笑にゆがめる。「(8)」の席に座す、気難しそうな男神は、その様子に歯ぎしりをしていた。


「奴め、人前で堂々と……アフロディティはこのワシ(ヘパイストス)の妻だぞ! あんな鎧を作らなければッ……妻の挑発に乗らなければ……」


 頭を抱えるその神の恨み事など知らず、アレスはヘラクレスに向き直る。


「今日は愛するその女神もオレの勇姿を見ている! 戦いの神として、『(オトコ)』を見せさせて貰うぞッ!」

「ッ!」


 アレスの槍がヘラクレスを狙う。その連撃を(さば)きつづける中、ついにその一発がヘラクレスの頬をかすめる。

 ――と、


「ッ!?」


 ヘラクレスの頬が爆弾でも仕掛けられていたように爆発した。


「っ……お……!」


 思わず動きが止まるヘラクレス。


「!!!」

「死ねェ!!!!」


 アレスの槍が襲い来る。紅く鋭い槍の先がヘラクレスの腹筋を狙いーー貫いた。


 だが、


「フフ……さすがに使ってくるか」

「……こんなに早く使わされるとは思わなかったがな」


 貫いたのは肉ではない、雷。雷神と化したヘラクレスの雷の体だ。


「だが、効いているな(・・・・・・)?」

「ぐうッ……!」


 雷神ヘラクレスが、表情を苦悶にゆがめる。


「この槍、ルピオネの物と同じ……!」

「応とも、魂に直接痛みを与える神槍だ!

 神には肉体が無い! であれば、その神と戦う武器は、自然とそれに痛みを与えられるものになろうよ!」

「ッ……!」


 ヘラクレス自身も神となって知った。神とは、肉体に宿らずとも世界に存在できる魂。それでいて絶大な力を振るう存在であり、不滅なのだと。


「神を殺す手段は存在しない! 神と神の戦いは、どちらかが力尽き降参することによって終わる!

 そこまで相手を追い込むのが神同士の戦いよ!」

「不毛だな……命尽き果てるまで戦うことができんなど!」

「ふふ、その通り。だからこそ、肉体に宿っての戦いがオレは好きなのだ!」


 アレスは汗をほとばしらせながら、快晴の空のように青い瞳を輝かせる。


「この体の限界を感じながら、そのギリギリまで、全てを賭けて戦う快感! 敗れれば容赦のない死が襲い来る! このヒリつきがいいのだ!」

「つまり貴方にとって、戦いは娯楽なのか」

「応とも! この世に二つとない愉しみだとも!」



「……ならば(オレ)が、貴方に負けることはあるまい」



「……あ?」


 槍に貫かれた雷神ヘラクレスの言葉に、アレスの(ひたい)が青筋を浮かべる。


「貴様、状況を見て言えよ。すでに貴様は相当に追い詰められているが?」

「だからどうした。戦いを遊びだとのたまう者に、(オレ)は負けん」

洒落(しゃら)(くさ)いわァ!!!!!」


 ぐり、とアレスが槍で雷神ヘラクレスの腹をえぐる。


「だったら見せてみろ、貴様がどこまで戦えるのかなァ!」


 ヘラクレスを突き刺したまま、アレスが槍を持ち上げる。ぶうん、と振り回し、ヘラクレスは闘技場の壁に向かってすっ飛んだ。


「っ……!」


 すぐさま、来る、追撃。


 吹っ飛んだヘラクレスが闘技場の壁に衝突する前に、アレスの顔がヘラクレスの目の前に来る。


「オラァ!!!」


 ふたたび腹部を突き刺されるヘラクレス。アレスが槍を振り回し、今度は闘技場の反対側まで吹っ飛ばされる。


「ぐおっ……!」

「遊びだの! 遊びでないだの! そんな事は人の認識次第だ!

 オレはこれが最高に楽しい! それを否定する奴はゆるさんッッッ」


 激高するアレスが、宙に浮いたままヘラクレスに槍を向ける。

 壁にめりこみ、今や雷と肉体が点滅しているヘラクレスは、しかし瞳の光を絶やさない。


「否定は、しないさ……

 だが、(オレ)にとって戦いは、存在意義だ……賭けるものの重みが、違うのさ。

 (オレ)は”(ちから)”だけを持って生まれてきた……それ以外に何のとりえもない。

 それだけが、(オレ)の存在理由なんだ……!」


「だから何だ!!!」


 アレスが槍をヘラクレスに向ける。


「強さ、弱さ! それは努力と生まれ持った才能が決する! そこに臨む動機の種類など何でもよかろうが!」

「なんでもよくは、ないさ」


 壁にめりこんだ指が、ぴくりと動く。


「生き物が、最も強くなるのは、大事な誰かのために戦うときだ。

 ずっと自分のために戦っているアナタが、真に強くなることなど……」


 巨体に、力がみなぎる。


「決して、ないッッッ!!!!!!」


 どうん、と胸を張るヘラクレス。山のようにみなぎる大胸筋、その衝撃で体が壁から外れ、一直線にアレスへと飛んでいく。


「ほざけ! 返り討ちにしてくれる!」


 両手に槍を構えるアレス。しかしヘラクレスは、突き出されるその穂先を破裂した右手ではたき落とす(・・・・・・)


「なにいッ!?」

「うおおおおおおおおおおおッッッッッ!!!!!!!!!!!!」


 残った左の拳がアレスに迫る。


「ハハ、気でも狂ったか! いかなる攻撃もこの鎧は跳ね返す……」

「オラァ!!!!!!!」


 拳。


 一撃のもとにアレスは吹き飛ばされた。

 先ほどのヘラクレスと同じように闘技場の床に激突。その目にすでに光はない。


「あらゆる攻撃を跳ね返す鎧……その力にも限度はあろう。

 (オレ)の信念の拳は、神器にも(まさ)ったようだな」


 鳴り止まぬ歓声のなか、ヘラクレスは白眼をむいたアレスを見下ろしていた。


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