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星狩りのレプタイル ー邪眼のトカゲと夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第6章 第3節「追想:新・十二の功業」
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159. Battle 7 HERO

《――闘技場――》


『おおっと、どうしたんだヘラクレス! アテナ様に触れられた途端、動きが止まってしまったあ――っ!』


 ヘラクレスは、アテナに目元を掴まれた時点で静止していた。拳をふりかざし、女神にぶつけようとした体勢のまま。


『一体何が起きているのでしょう!? 解説のケイローン先生!』

『いや……私にも、詳しいことは分かりかねます』


 ケイローンの声にも戸惑いが(あら)わだ。


『アテナ様はご自分の権能の事を語られません。「全てを知る」と言われますが、どのような仕組みなのかも不明。そしてその先に、どのような力が隠されているのかも……

 我々は今、明かされなかった力の真価を初めて目にしています』


 仁王立ちのヘラクレスは微動だにしない。雄叫びをあげる大きな口も、腕に浮き出た血管も、ぴくりともしない。


 ーーと、ここで動きがある。


「ーーーーなんだ、あれは!」


 ヘラクレスの体が、突然炎上し始めた。稲妻のような髪が燃え上がる。観客から悲鳴が上がる。皮膚が焦げるような臭いを放ち、火の手をあげる。


『燃え始めた!? どういうことなんですかあれは!』

『分かりません……アテナ様の権能によるものである、という事しか。解説として口惜(くちお)しい……!』


 ケイローンも歯噛みしている。


「『思い込み』だよ」


 アテナが笑う。


「彼の魂は今、太陽の倍の熱を持つ星に突進している。その効果が肉体にも現れたのだ」


『……どういう意味でしょうか!?』

『……そうか! そういう事か!』


 ピンとこない実況に対して、ケイローンは何度もうなずく。


『アテナ様は、「全智」の権能で得た知識を他人に流し込めるのだ……! おそらく相手に触れる必要はありますが。

 それによってヘラクレスは今、遠い宇宙の出来事を追体験させられている! 太陽のような火の玉に突っ込んでいく体験を!』


『なんと……そんなことまでできるとは、流石アテナ様……! ですが、知識を流し込まれただけで人の体が燃え上がるでしょうか?』


『アテナ様の知識は単なる『情報』ではないのです。そこにあった熱や景色といった『感覚』まで、相手に体験させることができる。例えば冷たい氷に触れる感覚を流し込めば、相手は凍傷になるでしょう』


『それは……触られた時点で終わりでは?』


『ええ、そうです。

 アテナ様はこの切り札を隠したまま、ここまでヘラクレスと戦っていたことになります』


『そんな……やはり神々の強さは一段違うというのでしょうか!? ヘラクレス、絶体絶命ィーーーーッ!!』





 常人の肉体がすぐに蒸発する熱の中、ヘラクレスはまだ生きている。

 その尋常ならざる生命力は、人の身を超えた耐久性をもつ肉体に担保されている。最も明るい星の炎を受け、ヘラクレスの体はなお、辛うじて残っている。


((オレ)はーー)


 我が身は太陽に向かっている。絶対的な熱の塊に向かい、消滅する事が約束されている。


 だが、それでも彼は。


((オレ)は、負けないーー

負けられないんだ。後に続く、英雄たちのために……)


 燃える拳を、握る。


((オレ)の生は……決して、幸福ではなかった。

 生まれてすぐに蛇に殺されかけた。何度も月に愛され(狂気に堕ち)、大勢の人間を殺した。それを償うために、試練を超えつづける人生だった。

 だが、そんな己にも、生きていて良かったと思える瞬間があった)


 脳裏に、ひとりの青年の顔が蘇る。


『ヘラクレス! あなたに会えるなんて夢のようです……!』


 アマゾーンへの遠征で出会った青年。名をテセウスといった。

 品のある精悍な青年は、ヘラクレスを見るなり目を輝かせてその両手を掴んだ。


『あなたの名は全アルゴスに轟いています!

ヒュドラ退治の話を知らない者は居ません!

あなたの武勇に憧れ、励まされている者が何人も居ます。私もその一人です!』


 その時、思った。己の戦いは、ただの贖罪ではなかったのだと。


(オレ)の武勇で、力を与えられる人間がいる。

 強すぎる膂力(りょりょく)を忌み嫌われ、かつては怪物と揶揄されたこの身。だが、そんな(オレ)だからこそ、誰かに勇気を与えることができる!!

 ならば、己はーー


 彼のような者たちのために、絶対に、負けられない!!!!!)


 溶けゆく炎の(まぶた)が開き。

 そしてヘラクレスの体は、灰となって消えた。

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