157. Battle 7 The Goddes of Wisdom
「お初にお目にかかる。知恵の女神よ」
砂風の吹きすさぶ闘技場で、ヘラクレスがアテナに目礼する。
「こちらこそ、人類最大の英雄よ。お前の事は、天界でも度々話題に上がっていたよ」
美貌のアテナは、銀の槍の穂先をヘラクレスの顎に向ける。長身の彼女だが、ほぼ巨人に近いヘラクレスには及ばない。
「十二の功業を成し遂げ、神となった勇者よ。その力、この私に見せてみよ」
アテナは仁王立ち、槍の石突を地面に突き立てる。自ら動く気は無いようだ。
「む……ならばその胸、借りさせてもらう!」
天に黒雲が渦巻き、一筋の稲光が走る。
『おぉーっとヘラクレス、最初から帯電した! オリンポス十二神を相手に手は抜けないか!?』
「……当たり前だろう」
実況にヘラクレスは呟き、電流の走る拳を握る。
「……『雷拳』ッ!!」
跳躍、青くバチバチと帯電する拳がアテナを狙う。
しかし、アテナは余裕の表情だ。左手の重厚な盾を構える気配すら見せない。
「……ふふ」
(……! 護る気すら無いか!
ならば受けよ、我が拳!)
ヘラクレスは躊躇なく雷の拳を突き出した。鎧で覆われた細いくびれに、ヘラクレスの岩のような拳が迫る――
――だが。
「その攻撃は……”識っている”」
耳元に。
「……!」
アテナの囁きが聞こえると同時、ヘラクレスの腹から血飛沫が上がる。
『!?』
「な……に……」
血を吐くヘラクレス。客席がどよめく。
「ば……かな……」
「驕ったな、英雄よ」
アテナが槍を引き抜き、数歩下がる。ヘラクレスはその場にくずおれた。
「貴女は……相当な、遣い手だな」
息も絶え絶えにヘラクレスがつぶやくと、アテナが微笑みを浮かべて答える。
「ふふ、そう思うかね? 君も、今の回避が並のものではない事に気付いているだろう」
「……!」
ヘラクレスは歯噛みする。
「確かに……」
「見抜けるまで、何度でも挑んできたまえ!」
そう言うと、アテナは懐から小瓶を取り出した。中には緑色の液体が入っている。
「……!」
その意味を理解したヘラクレスの眉間に皺が寄る。
『おぉーっと、アテナ様の手にあるのは万能の霊薬ネクタル! ヘラクレスの傷を治してもう一度挑ませようというご算段か!? すさまじい舐めプであります!』
「本、気か……?」
ヘラクレスの形相はもはや鬼に等しい。
「ああ、本気だとも。この程度で終わってしまってはつまらないから」
アテナの口角が上がっている。自分よりはるか下の存在を見下す、余裕の笑みに。
「いくらオリンポス十二神とはいえ……この侮辱は許せんぞ」
「そうかい? まあ、君が嫌と言っても与えるがね」
アテナはかつかつと鎧のかかとを鳴らして、ヘラクレスに歩み寄る。
そして……動けない彼の顎を無理やり開かせ、
「そら、飲みたまえ」
緑色の液体を彼の口に流し込んだ。
「う……オオ……!」
ヘラクレスが悶える。見る間に腹の穴が塞がっていく。
「さあ、もう一度攻めてきたまえ。君の力はそんな物か」
「貴……様!」
逆上したヘラクレスは再び雷の拳を振りかざす。だが、アテナはそれも難なく躱し、代わりに彼の心臓を貫こうと槍を突き出した。
(――まずい!)
瞬時、ヘラクレスは「雷神化」――全身を雷と化す。槍は雷の身体をすり抜けた。
「おや、意外と機転が効く。生まれついての戦士だな」
(本気だったとも、化け物め!)
雷となったヘラクレスは、ひたいにかく筈のない汗を感じる。
「さて、どうする英雄よ。その姿でいられる時は短いのだろう?」
「ああ……だから、全力で貴女をブッ倒す!」
青白く弾ける人差し指を、ヘラクレスは鎧の女神に向ける。