150. Battle 6 POISON GIRL
『さあさあ、インターバルを挟んで第6回戦!
次の挑戦者は、天下無双の狩人オリオンを屠った暗殺者! 大地の怒りの化身は、雷神ヘラクレスを破れるか!?
猛毒の大蠍、ルピオネ!!!!!!』
パアン、と花火が上がり、西側の門から、鋏を揺らして赤い巨体が姿を現す。
「やれやれ、またデカブツか。こうも同じような相手が続くと退屈だな」
ヘラクレスはむむ、と腕を伸ばし、大きなあくびを隠さない。
「ほう、大きい相手には飽きたのか?」
低い声で問いかけ、サソリがヘラクレスに鋏を向ける。
「ならばお望み通り、サイズを合わせて戦ってやろう」
「……は?」
一瞬、ヘラクレスと観衆の目が点になる。
「おい、何言ってんだあいつ」
「サイズを合わせるって、小型化でもすんのか? ハハハ」
そう冗談めかす者も現れる。空気がにわかに弛緩する。
しかし、ヘラクレスはその言葉を警戒する。
「……何をする気だ、お前」
「見せてやろう。地母神ガイア様より賜った、我が新たな姿を!!」
そう言うとサソリは身体を丸め、ぎしぎしと軋む手足に力を込め始める。
「う お お お お お お」
「……!」
ヘラクレスは瞬時に体に雷を走らせ、その指先をサソリに向ける。
稲妻が走る。灼熱のそれは一直線にサソリに向かい、力を込め始めたその身体に直撃、エビのようにその身体を丸焦げにする。
ふしゅう、と煙を上げて、サソリの巨体はその場に崩れた。
「………………え、終わり?」
「何だ、大口叩いた割には大した事無かったな」
「まあ暗殺メインの奴だし、仕方ないだろ」
客席が失望し始める。席を立とうとする者さえ現れ始める。
ーーだが。
『お……おおお……』
メキッ、と木が軋むような音がする。焦げたサソリの骸の背に、ひびが入っている。
「……!」
続けざまにヘラクレスの雷が骸を襲う。
だが、それは何かに守られているかのように雷を弾いた。雷がそれに当たろうとする瞬間、赤い光がそれを阻んだように見える。
「貴様……!」
ヘラクレスが苦い顔をすると、それはついにサソリの背を破って現れた。
髪。薄い紫の髪が、ふぁさ、と広がる。
それが生える頭は小さく、人型の身体も小柄だ。
はじめ全裸体であった彼女の、足元のサソリの骸から、赤い液体がヌヌ、と侵食し、皮膚を覆いはじめる。人々があっ気に取られている間に、それは全身を包むぴったりとした衣服になった。
左手に、身の丈に似合わない大槍が出現する。それを握った7,8歳の少女は、細い刃先をヘラクレスに向けてこう言う。
「どうだ! これこそがガイア様より授かった新たな姿! 黄金の果実により、人の身を得た我が姿だ!」
「……」
「…………」
「………………」
「……ぶっはははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!」
沈黙を破ったのはヘラクレスだった。
「そんなちんまい姿で己に合わせたつもりか、あっはははは!!!!!!」
「……あ?」
小さいルピオネの額に皺が寄るが、ヘラクレスは全く意に介さない。
「あれだけの前置きをしておいてその姿とは!!! 観客の皆も反応に困っているぞ!!!」
「ぷっ……ははは」
「そうだよな、ここ笑っていいところだよな」
「やーいガキンチョ! そのちっちゃい拳でヘラクレスに傷ひとつでも付けてみろー!」
客席からヤジが飛び始める。
「大丈夫か、その槍重くないかー? 押しつぶされないように気をつけろよ、あっははは!!」
「なん……だと……」
わなわなとルピオネの小さな手が震え始める。
「お? 怒ったのか? やってみろよ、すぐ吹っ飛ばされるから!」
「はっはは、こういう趣向もありだな! ヘラクレス、一撃で吹っ飛ばしちまえー!」
「き……さまら……」
自分の身長の倍以上ある槍を、赤子のような両手に構える。
「……許さん」
「はは……あ?」
瞬。
ルピオネの姿がかき消える。
客席が彼女を見失う刹那、その次の瞬間には、
「ッ……油断、した……」
鮮血が舞っている。
ヘラクレスの太い首筋から、噴水のように血が噴きあがっている。
眼前には、槍を突き出したルピオネの姿。
「侮るなよ小僧。貴様の武芸など我が一千年の鍛錬には遠く及ばぬのだ」
「ハ、幼稚な見た目のわりに年増か…………ガハッ!?」
「な、なんだあれは……!」
観客が驚くのも無理はない。
ヘラクレスの身体に、赤い痣がいくつも浮かび始めている。それは内側からどろりと皮膚を溶かし、体液がばちん、ぶちんと破裂するように散りはじめる。
「ふふ、ようやく効いてきたか」
ほくそ笑むルピオネ、その槍の穂先からは紫の液体が垂れている。
「……まさか」
ヘラクレスも察する。
『おおっと! ルピオネの槍の穂先には毒が塗られているようです! これはヘラクレス、手痛い一撃を食らってしまったぁーーっ!』
『あの槍はルピオネの尻尾が変化したもののようですね』
妖精の実況に合わせてケイローンが解説する。
『彼女の毒は、地上最強の狩人・オリオンを一撃で沈めたものです。毒はヘラクレスの弱点でもあります。まず一手、ルピオネが有利になりましたね』
「っ……」
ヘラクレスは歯噛みし、ルピオネを睨む。
「この毒、ヒュドラのものとはまた違うな」
「ふふ、当たり前だ。奴の毒は獲物を仕留めるための即効性だが、処刑人である私の毒は『苦しめて殺す』ことに特化している」
炎症に皮膚が爛れるヘラクレスを眺め、ルピオネは幼い顔を笑みに歪める。
「三回戦と同じ展開だなあ。このまま待っているだけでお前は苦しんで死ぬ。私の勝利は決まったようなものだ。
だが、それでは面白くない。見せろ、お前の全力を」
「ふ……これの、ことかな」
バチバチ、とヘラクレスの肉体に稲妻が走る。
『……来た!』
ケイローンが目を見開く。
「貴様の毒が回るより、己の雷の方が速い!」
黒雲の渦から放たれた雷光がヘラクレスを撃つ。瞬時にその髪が逆立ち、彼は雷神となる。