148. 幕間 How to win?
『第5試合勝者、ヘラクレス!!!! もはやこの英雄を止める者はいないのか!? 至高の男に喝采を!!!』
万雷の拍手と歓声がヘラクレスを包んでいる。
だが、ヘラクレスは瀕死の状態だった。
「か……あ……」
ラードーンは敗れた。しかしヘラクレスの体は今も石化しつづけている。
『ヘラクレスは今にも死にそうですが、先に死んだのはラードーンでした。死ぬ前にヘラクレスを完全に石化できていればラードーンの勝利でしたが、そうはならなかったので、今回はヘラクレスの勝利という判定です』
アナウンスは淡々と解説を進めるが、闘技場ではふたたび救護の妖精たちが騒ぎ出していた。
「早く手当てを! ネクタルをありったけ持ってこい!」
だが、ヘラクレスは大声で制止する。
「だから言ってるだろ、己の受けた傷はこの失態への罰! 石化もまた最後まで受けるべきなのだ!」
「そうはいきません! ヒュドラ戦で分かったことですが、貴方様の再生には莫大な時間と労力がかかります。大会の進行も翌日まで延びてしまう。今ならネクタルで治るのですから、素直に治療を受けていただきたい」
「むうう……」
厳格な医者の言葉を聞き、ヘラクレスは妖精たちに治療を許した。
☆
そんな一幕をよそに、観客のボルテージの上昇はとどまるところを知らない。
「もう五連勝だ! すげえぜ!」
「あと七戦、お前なら絶対勝てるぞー!!」
林檎酒の入った金のカップがそこかしこで掲げられる。ヘラクレスを称える歌を歌い始める者も出てきた。
そんな中、ふたたびアナウンスがかかる。
『えー、最後の一瞬、何が起きたのか分からなかった方も多いでしょう。
ここでヘラクレスをはじめとした多くの英雄の師匠、ケイローンさんをお呼びしています』
闘技場の空に巨大な蜃気楼が映し出される。
映像の木彫りの馬が、暖かい声で話しはじめた。
『どうも、ケイローンです。第4試合ではお目汚しを失礼。
あの最後の一瞬、何が起きていたのか見ていきましょう』
ケイローンがそう言うと、数分前のラードーンVSヘラクレスの戦いが空に映される。映像はスローモーションになっている。
『まず、少年の「三」のカウント。ここでヘラクレスが実体化し、石を蹴ります。
しかし石を蹴るより早くラードーンの邪眼が発動しています。いくらヘラクレスが速いとはいえ、ラードーンの邪眼の発動はほぼノータイムに等しい。ヘラクレスは無防備に光を浴びていますね。
ですが、この戦いは「先に倒れた者が負け」。自分が石化するより先にラードーンを倒せば、ヘラクレスの勝ちです。そのルールを理解した英断ですね』
続いて、ラードーンの付近がズームされる。
『蹴った石はラードーンに一直線に向かっていきます。しかし流石のラードーン、首を使って石を弾こうとします。ラードーンの多数の頭には「司令塔」となる核の頭があり、ヘラクレスはその存在を見抜いていました。その首を守ろうとして、石を弾こうとしたわけです。しかしここでヘラクレスの超絶技巧が発動します』
映像がヘラクレスの足元をズームする。
『ここです! ラードーンが石を弾こうとする事を見越し、他に落ちていた2つの石を蹴飛ばしている!
これによってジグザグに石の軌道が変わり、ラードーンの首を避けている。驚いたラードーンは避け|暇もなく、石に頭を打ち抜かれました。
しかし、ここでひとつの疑問が生じます』
ケイローンの声が問いを投げる。
『なぜ、ただの石ころがラードーンの頭を撃ち抜けたのでしょうか? ラードーンの身体は固い金の鱗で覆われています。それをなぜ普通の石で貫通できたのか?
答えは簡単。それが、普通の石ではなかったからです』
映像が、ラードーンの頭を撃ち抜く直前の石ころをズームしていく。観客が食い入るようにそれを見つめる。
『見てください、この石を。よく見ると鈍い金色に光っています。
これはラードーンの鱗です。ヘラクレスの「雷拳」で彼が殴られた時に飛び散ったものでしょう。雷で焼けた肉の煤がついて分かりにくくなっていますが。
最も固い盾を打ち破ったのは、その盾と同じ材質の矛だった、というわけです』
「なるほど、そういうことだったのか」
「早すぎて俺には全然見えなかったぜ!」
「はは、あとから2つの石が飛んでたなんて気づかなかった!」
観客たちが手を打って称える。
『いかがでしたか? これからもこの戦いではさまざまな超絶技巧が見られることでしょう。天界の歴史に残る名勝負を、皆さんもともに楽しみましょう!』
そう言うと木彫りのケイローンは一礼し、蜃気楼はゆっくりと消えていく。
『ケイローン先生、素晴らしい解説をありがとうございました!
次なる第6試合は半刻後! 次なる対戦相手は、史上最強の狩人オリオンを屠ったサソリ、ルピオネ!
大地の母ガイア様に仕える最強の殺し屋と、ヘラクレスはどう戦うのか!?
乞うご期待です!』