147. Battle 5 Never Give Up
「うおおおおっ!!」
瞬間、ラードーンは自分の首を二本食い千切った。
「!」
驚くヘラクレスをよそに、ラードーンは飛びのき、ちぎった首を両方とも目の前の地面に突き立てる。
そして、次の瞬間ーー
「!?」
ヘラクレスの雷拳が、二本の首に吸い込まれた。
「ああ!?」
ーー否、一瞬そう見えた。
ヘラクレスの拳は消えたわけではない。ただ、二回りほど小さくなったのだ。
「っ!」
瞬時にヘラクレスは拳の勢いを止める。だが踏み込んだ体は止まらず、二本の竜の首を通過し、もんどりうってその場に倒れた。
その首を通過した瞬間にも、ヘラクレスの体は一回り小さくなる。
「なんだ……これは!」
戸惑うヘラクレスは、手首より小さくなった自分の手を愕然と眺める。
「はあ、はあ……!」
息が荒くなる。最強、無敗だと思っていた雷の力が、弱められている。いったいどうやって!?
「ハハ……火事場のバカ知恵ってか?」
声にヘラクレスが顔を上げると、ラードーンが不敵に笑っていた。
「きさま! 一体何をした!」
「誰が、教えるか!」
ラードーンは首をもう二本ちぎって地面に突き立てる。
☆
「避雷針だ!」
カルキノスが客席を叩く。
「なんだうるさいな……」
木彫りのヒュドラが身体を鳴らすが、カルキノスは昂りを抑えられなかった。
「ラードーンは『黄金竜』、その鱗は全て黄金でできている! 黄金は雷を通すから、それを地面に刺すことで、ヘラクレスの雷を地面に逃がしたんだ!」
「はあ……あの金キラにそんな力があったとはな」
ヒュドラがため息をつく。
「これはすごいよ! あのヘラクレスの弱点をあぶりだしたんだ!
ひょっとすると、ひょっとするかもしれないぞ!」
カルキノスは興奮に黒い目を踊らせた。
☆
「貴様……考えたな」
ラードーンは自分の周りに、首の柱を円形に立てた。
「これでお前の雷は俺に届かない!」
「ふうん。なかなかやる」
ヘラクレスは雷の指で唇を拭う。
「その柱に近づけば、己の雷は地面に吸い込まれてゆく。かといって肉の体に戻れば、お前の邪眼の光で石化される」
「そうだ……そしてお前の雷神形態は、長時間はもたない」
ばち、ばちと光るヘラクレスの雷の輝きは徐々に弱まっている。ラードーンの『避雷針』に散らされた事も原因だろう。
「フ。追い詰められたな」
「ああ。だが、それこそお前の真価が見られる時なんだろ?」
ラードーンが啖呵を切る。「フフ、」と消えかけのヘラクレスは笑って、足元に落ちている石を指さした。
「お前に勝つ方法が、ひとつだけある」
「……何だと」
「司令塔」の頭の眉を上げるラードーンにヘラクレスは説明する。
「今から己は、この石ころを蹴飛ばして貴様を撃ち抜こうと思う。だがそれをするには、己は実体化せねばならん。
勝負だ。この石が貴様を撃ち殺すが早いか、貴様の邪眼の光が早いか」
「面白い……やってやろう」
ラードーンが巨体を乗り出す。ヘラクレスはほくそ笑む。
「そこのお前!」
「ひええ!?」
突然の英雄の指名に観客が飛び上がる。
「お前だ、青眼に金髪のガキ。『一、二、三』とカウントしろ。それが己たちの勝負の合図だ」
「は、はい……!」
小柄な少年がおずおずと立ちあがる。震える口は嬉しさ半分、緊張半分といったところか。
「じ、じゃあいきます!!
一……」
しん、と静まる闘技場。先ほどまでの喧騒が嘘のよう。
「二…………」
ひりつく両者の間には霜が降りていて、しかし互いの胸には、闘志が溶岩の如く燃えている。
「…………三!」
びか、とラードーンの左眼から閃光が放たれる。
「「うおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!」」
同時、ヘラクレスも稲妻の速さで石を蹴り上げる。足元の石が音の速さでラードーンに飛んでいく。
石は一直線、ラードーンの「司令塔」の頭を狙う。だが、
「っ……!」
実体化したヘラクレスは、邪眼の光を全身に浴びた。すでに体の全面が灰色に変わりつつある。
そして、龍の超人的動体視力は石の軌道を捕捉している。
「たかが石ころひとつ、はねのけてやる!」
ラードーンは首でその弾丸をはじこうとするがーー
「!?」
軌道が、変わる。
ガツン、と何かが弾丸に二度ぶつかり、振り払おうとした龍の首をジグザグに避ける。
「何だと!?」
弾丸が脳天に迫る。もう回避は間に合わない。
(ぐっ、だが石ころで俺の頭を撃ち抜けるわけがーー)
ずどん。
あっけなく、その石ころはラードーンの頭を貫通する。
「っーーーー」
ラードーンの巨体が膝をつく。すでに、その眼に光は宿っていない。
終戦のアナウンスが鳴り響くのを、ラードーンは遠のく意識で聞いていた。




