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星狩りのレプタイル ー邪眼のトカゲと夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第6章 第3節「追想:新・十二の功業」
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146. Battle 5 GOLDEN DRACO

「さあ、いよいよ俺の番だ」


 ラードーンはすでに、リングへと続く入場門に立っていた。否、とぐろを巻いていたと言った方が正しいだろうか。


(見敵必殺! 星眼トゥバンなら、必ず奴を葬り去れる)


 石化の光を放つ邪眼、トゥバン。この力にはどんな英雄も抗えない。双子座のカストールでさえ、これの前には無力だった。


(一秒で終わらせてやる!)


 ラードーンは尾で床を打ち鳴らし、開き始めた闘技場の門へと歩いていく。





「大丈夫かな、ラードーン……」


 その入場門にほど近い観客席の最前列で、カルキノスはため泡を噴いていた。


『ハ、何を心配することがある。あのラードーンだぞ? 最近はこの我を瞬殺せしめるまでに至った奴だ』


 木彫りの蛇に宿ったヒュドラが呆れたように言う。


「もちろん、僕もラードーンの実力は知ってるよ。だけど彼、メンタルが弱いだろ? ヘラクレスがあんな進化をするなんて思ってなかっただろうから、きっと戸惑ってるんじゃないかなあ……」

『それはそうだろう。我も相当取り乱したしな』

「あれは酷かったね。カラスに襲われたスズメみたいだった」

『誰がスズメか!』


 木彫りのヒュドラは憤慨するが、カルキノスの鋏に撫でられるとおとなしくなった。


『……やる時はやる男よ、奴は。腹を決めたら勝つまで戦うさ』

「そうだね。いつだって彼はそうだ。

 信じよう、彼を」


 カルキノスとヒュドラは、闘技場の中心に向かっていく龍の背を、期待と信頼のまなざしで見送る。






「ラードーン、お前も居たか。今日は随分懐かしい顔が多いな」


 すでにネクタルで回復し、万全のヘラクレスは頭を掻く。


「ずっと……待っていた、この時を。お前に会えるこの時を」

「何だ、お前も己に恨みがある口か? まあ使命とはいえ、へスペリデスの庭園に押し入ったのは悪かったと思っているが……」

「違う」


 ラードーンは百の首の中心、「司令塔」を横に振る。


「?」

「感謝だ、俺の思いは。そして今日、俺はお前を超える」

「 ふうん。よく分からんが、まあよかろう。

 ……では、やろうか」


 ぐぐ、とヘラクレスが身体を力ませる。上腕二頭筋が盛り上がり、血管が全身の皮膚に浮かび上がる。

 対し、ラードーンは「司令塔」の左眼をぎらりと輝かせる。


「"星眼(せいがん)トゥバン"!」


 その光に当たった者は無事では済まない。真っ白な石の像となり、ただ崩れ去る運命のみが待ち受ける。


 だが、


「うおおおおおッ!!!!!!」


 ヘラクレスの身体に雷が落ちる。瞬間、彼の体は雷そのものとなる。

 その青白く弾ける巨体を、ラードーンの左眼の光は通り抜けてゆく。


「なにっ!?」

「ハ、やはり光は雷の体を通過する! 貴様の光は生の肉体にしか効果が無いようだな! このまま詰ませてもらおう!」


 ヘラクレスが雷の脚を振り上げる。回し蹴りが「司令塔」の頭を一直線に狙ってくる。


「……ッ!」


 間一髪、長い首でラードーンはその蹴りをかわす。しかし反撃に出した数本の口は、黒焦げになった。


「この野郎!」

「いいぞォ、もっとぶつかってくるがいい! 怒りのままに!」

「グオオオオオオオオッッッ!!!!!」


 百の首がヘラクレスに向けて炎を吐く。しかし英雄は避ける素振りすら見せない。


「来いッ!」


 仁王立ち、腕を組んでラードーンの炎を受け止める!


 その結果は、


「ガアア!?」


 ばちん。


 炎をかきわけて現れた雷の拳が、ラードーンの"司令塔"の頭を殴り飛ばした。


「ハッハァ! 雷は燃えぬ! いかなる攻撃も通さぬこの身体、まさに神の肉体よォ!」


 空中で豪笑するヘラクレス、ラードーンは20mほど吹っ飛び、


「わあああああっ」


 そのまま観客席に倒れ込む寸前で見えない壁にぶつかった。

 観客たちがどよめく。


「あぶねえ……ダイダロス様発明の壁がなかったら、俺たち潰されてたぜ」


 観客席には、ギリシャの大発明家ダイダロスが開発した強化ガラスが張り巡らされている。その強度はヘラクレスの全力のパンチでさえ砕けないほどだ。


「かっ……あ……」


 ラードーンは目眩を振り払うように"司令塔"の首を振る。その頬は黒く焦げ、焼け爛れている。


(どうする……どう勝てばいい……)


 ラードーンは必死に考えを巡らせる。

 相手は最強のヘラクレス、しかも攻撃が全く通用しない。物理は言うまでもなく、炎で燃やすこともできない。邪眼の光も通過する。


(打つ手が……ない……)


 ラードーンの攻撃手段は全て試した。そも、ラードーンは百の首によって相手が対応し切れない数の物理攻撃を仕掛けたり、圧倒的火力で全てを焼き払うのを得意としている。邪眼が効かず、またそれらが効かなければ『詰み』なのだ。


(でも……)


(でも、勝ちたい……!)


 ラードーンはそう願う。


(俺はずっと、自立しなきゃと思って頑張ってきたんだ……! ヘラクレス、あなたに負けた日から!

 双子のカストルにも、大サソリのルピオネにも、一つ眼巨人のキュクロプスにも勝った! 最後の壁として、あなたを、超えたい!)


 悔しい。このまま負けてはいられない。

 「あの日」も悔しかった。初めてヘラクレスに負けた日。それがラードーンにとって生涯初めての敗北で、最後の敗北だった。あの日の自分の気持ちに応えてやりたい。

 あの男を打ち倒したい。先に倒れたヒュドラとカルキノスの為にも。思いを託してくれたケルベロスの為にも!


「ヘラクレスゥ――――ッ!!!!!!!」


 ラードーンは絶叫した。





(ラードーンよ。この世界は残酷なのだ)


 バチバチ、と雷の拳が弾ける。


 ヘラクレスもまたその悔しさに気付いていた。

 彼も人生において、同じ感情をおぼえた事があったから。


(初めてレスリングを教わった日のことだ)


 師となったアウトリュコスに、6歳のヘラクレスは勝てなかった。豪勇無双の英雄とはいえ、子どもは子ども。すでに10代のアウトリュコスには敵わなかった。

 悔しかった。ただ、悔しかった。絶対にこいつに勝ってやると、その為ならどんな努力でもしてやると強く決意した。


(勝てない相手、というのは歴然に存在する。だが、「今は」勝てないというだけの話だ。

 その悔しさをバネに、もっと強くなれ。終わりのないこの冥府でなら、それができる)


 雷の拳が大きく輝く。『雷拳』の準備が整った。


「さらば、龍の子!」


 雷光が、いま解き放たれる――


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