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星狩りのレプタイル ー邪眼のトカゲと夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第6章 第3節「追想:新・十二の功業」
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145. Battle 4 ケンタウロスの願い

「アルテミス、それは」

「だってお父様、いつまでも後継ぎを決められないのですもの。いい頃合いではなくて? ちょうど今、皆揃っているのですから」

「だが……」


 ゼウスは戸惑う。しかし、アルテミスは彼の耳元に口を近づけてくる。


「アポロンお兄様なら、必ずヘラクレスを一矢で打ち倒してみせますわ。たとえお父様から受け継いだ雷だって、太陽たるお兄様には届かない。お兄様こそ、次の神王にふさわしい存在なのです」

「……控えよ、アルテミス」


 ゼウスの右肩にアルテミスの手が触れたところで、彼は彼女を振り払った。


「そなたは処女神であろう。そのように男を誘っては、信者が泣くぞ」

「あら、わたくしは誘ったつもりなどありませんが? 何を勘違いしていらっしゃるのかしら」


 小さな口に手を当てたアルテミスがおほほと笑う。


「くどい。もう出ていきなさい」

「はぁい」


 不満げに首をかしげてから、白衣の少女神は静かに部屋を出ていった。


「……どいつもこいつも」


 アルテミスは自分の兄を王にしようとしている。そして王の妹として、権力を握りたいのだ。

 十二神では今、ゼウスの後釜を狙った権力争いがこのように泥沼化している。


「この状態で外敵が襲ってきたら、オリュンポスは壊滅するであろうな……」

 

 つくづく、ゼウスは頭を痛めるばかりだった。



 翌朝、英雄戦争(ヘラクレスマキアー)は問題なく再開の運びとなった。


 晴天の闘技場に再び立ったヘラクレスは神の姿ではなく、はじめと同じ人の姿に戻っている。


 そして、彼の眼前にはすでに次の挑戦者が立っている。


「よもや、貴方と再び戦えようとは……! 光栄です、ケイローン先生!」

「私もですよ、ヘラクレス」


 そう、微笑を浮かべるのは、人の上半身に馬の下半身をもつ茶髪の美青年。


「亡くなる前の老体でない、全盛期の貴方と戦えるとは、恐悦至極!」


 ヘラクレスは感激に打ち震えている。常人の頭ほども大きい拳が強く握られる。


「これも冥府だからこそ! ケンタウロス族の英雄と称えられた貴方と、全力で戦えるとは!」

「ふふ……楽しみましょう、この時を!」


 巨体が舞う。馬体が疾駆する。


 神話となった師弟の戦いが、今始まる。






(どうする……あのヘラクレスに勝つには)


 黄金の庭園でひとり、ラードーンは黙考している。


 ヒュドラとカルキノスは、対戦を間近に控えたラードーンに気を遣って客席に行った。今はこの場所で一匹、気持ちを整えている。


(やはり星器(トーレ)が鍵か……)


 ラードーンの星器(トーレ)は一撃必殺の邪眼。初手から使用し、ヘラクレスを一歩も動かすことなく勝利したいところだ。


 炎を吐いたところで、太陽から生還したヘラクレスに効くとは思えない。かといって接近戦は論外だ。となると、石化の邪眼で一撃で葬るのが最上策といえよう。


(神に借りた力で勝つのは癪だが)


 そうも言っていられない。何せ相手は人界最強の英雄なのだから。


『おおっとケイローン、猛スピードでヘラクレスを翻弄する! これはあの"神速"アタランテをも凌ぐスピードではないのかッ!?』


 水晶玉から熱い実況が聞こえる。





「さあヘラクレス、この私を捕らえてごらんなさい!」


 疾走するケイローンはヘラクレスの周りをぐるぐると周回しているようだが、その姿は速すぎて見えない。


 青年の声だけが途切れ途切れ聞こえてくる。


「くっ……さすがは先生!」


 ケイローンは時折弓や剣で攻撃を仕掛けてくる。だが、ヘラクレスの視力でもその姿を捉えることは難しい。

 竜巻の中心にいるように、周辺で土煙が舞い上がっている。その煙の中から時折繰り出される斬撃、刺突。ヘラクレスはかわすので精一杯だ。


「ほら、余所見をしていると!!」

「くっ……!」


 飛来した矢がヘラクレスの脇腹に突き刺さる。


「どうした、ヘラクレス! その調子では神々に勝つなど夢のまた夢ですよ!」

「先生が厳しいのは、変わらんな……ぐはっ」


 叱咤の声を掛けながら、ケイローンは容赦なく矢の雨を降らせてくる。


「だが俺も戦士として……このまま負ける訳にはいかん!!」


 カッとヘラクレスの青い眼が見開かれる。


「ウオオオオオオオオッ!!!!!」


 闘技場に再び落ちる雷。

 ヘラクレスの「神化(しんか)」の兆しである。


「やはり使ってきますか……だが! 雷ごときで私を捉えることはできません!」


 なるほどケイローンの速さは神の域、生半可な物理現象程度で捉えることは難しそうだ。雷の狙撃では捉えられまい。


 だが、


「それは、己があなたを狙撃する場合においての話!」

「……? どういう意味です」


 誰にも見えないスピードの中でケイローンは怪訝な顔をする。


「認識のスピードにおいて劣る己が、貴方を狙い撃つなど土台無理! だが、己自身があなたのスピードに追い付ければ、その差はなくなる! 思考速度も動体視力も、全て追いつければ!」

「可能と思うか、その巨躯で!」

「ああ……可能さ」


 ヘラクレスの体が帯電する。


 ……否。雷を纏うのではない。指先から、雷そのもの(・・・・)に変わっていく。


「……あなたは」


 ケイローンの声に動揺がみえる。


「己自身が雷となり!! 雷の視力、雷の速度、雷の思考速度を持てば! 必ずや、貴方に届く!」


 雷電。


 肉体を失い、人型の雷となったヘラクレス。その姿、まさに雷神。


「捉えたァアーーーーーーッ、先生!」


 視覚した。ケイローンは今、ヘラクレスの右斜め前で弓に矢をつがえている。


「覚悟ォオーーーーッッ!!!!!」


 雷拳を握り、雷の速度でヘラクレスが跳躍するーー


「がっ!?」

「先生……己の、勝ちだ」


 雷そのものとなったヘラクレスの剛拳が、ケイローンの上半身を掴む。


「ごおおおおおあああああああああああ」


 感電。


 水をかけたハリガネムシのようにケイローンがのたうち回る。


 黒焦げになった人馬は、ヘラクレスによって丁重に地面に降ろされた。



『第四回戦勝者、ヘラクレスーーッ!!!!』



 無慈悲なアナウンスが石造りの闘技場に響き渡る。


「先生……」

「よいのです、ヘラクレス。あなたがここまで成長した……そのことが私には喜ばしい。貴方なら、きっと神々の王に……」


 それだけ言い残し、ケイローンは事切れた。


「先生ェーーーーーーッ!!!!!!!」


 英雄の慟哭が、憎らしいほど青い空に響いた。


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