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星狩りのレプタイル ー邪眼の蜥蜴と夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第6章 第3節「追想:新・十二の功業」
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144. 幕間 新時代の到来

「ふ、ふふふ……」


 闘技場の中心に立つヘラクレスが二階席を見上げる。


「見ていてくださいましたか、父上! これが己の力! 貴方の息子は、ここまで大きくなりました!!!」


『…………』


 二階席からは何の返答もない。だが、ヘラクレスは満足げに笑っている。


 笑って、いた。


「ごはあぁ!?」


 ひときわ大量の血を吐き、ヘラクレスがその場にひざまずく。


『おおっとヘラクレスが倒れた!? 救護班、救護はーん!』


 実況の妖精が急かして呼びかける。すぐに何人かの女性のニンフが駆けつけ、ヘラクレスに薬を飲ませようとする。

 が、


「要らん!」

「!? 何を仰せでヘラクレス様!」


 ニンフ達が慌てふためくが、ヘラクレスは彼女らを右手で制す。


「この苦しみは己の犯した失態の対価! 最後まで味わわねばならないッ」

「馬鹿なことを! ネクタルを飲めば治ります、早くお飲みに!」

『無駄だ』


 低い声が闘技場に響く。

 二階・特別席に、白髪の神が立っている。


「ゼウス様!」

『ヒュドラの毒にはどんな薬も効かん。ネクタルだろうと、それを凌駕する薬だろうとな』

「し、しかし……!」

『ここは死ぬのを見守るしかない。今日の戦いはこれまでだ。新たな肉体を用意し、ヘラクレス復活の準備に入れ』

「……はっ!」


 ニンフたちは返事と裏腹に、後ろ髪を引かれるように去っていく。


 それを見送るヘラクレスは、苦悶の中でも笑みを浮かべていた。


「ふ……やはりこうなる運命か、ヒュドラ……」


 そう残し、神となった英雄は倒れた。





「ヒュドラ……」


 親友の消滅を、ラードーンはまだ受け入れきれずにいた。

 天界は魂が住まう国であり、肉体を失ったとしても新たな肉体を作って復活できる。しかし、そう分かっていても、あそこまでの完敗を見てショックを受けないわけがない。


 呆然自失の状態になっていると、庭園に立つドアが叩かれる。


 ラードーンが首の一本を伸ばしてドアを開けると、見知った顔が立っていた。


「カルキノス……!」

「ラードーン……」


 蟹の表情は暗かった。


「あんな、あんなのってないよ! ヘラクレスが雷を操れるなんて、誰も知らなかった! あんなのヒュドラだって太刀打ちできないよ!」

「ああ……」


 慟哭するカルキノスに、ラードーンはかける言葉もない。


「僕は悔しいよ。僕にはヒュドラの仇を打てない……その資格を僕は持っていない。そのことが今、たまらない」

「…………」


 ラードーンは何も返さない。だが、一つの思いを受け取った事は感じていた。


「僕がもっと強ければ! ヒュドラを守れるくらい強ければ、あの時だって……!」

「もうよせ。過ぎたことは忘れよう」


 頭を抱える蟹の背を口のひとつで舐めて、ラードーンは励ました。


「任せろ。ヒュドラの仇は、俺が取る」


『何が仇かーーーーっ!!!!!!!』


「「!?」」


 聞き慣れた高い声が庭園に響く。


「ヒュドラ!?」

「ヒュドラ、ヒュドラなのかい!? どこにいるんだ!」


 ラードーンとカルキノスはめいめいにその友の名を呼ぶ。しかしその姿はどこにも見えない。


『ここじゃーーーーーーっ!!!!!』


 と、やけに低い場所から彼女の声が聞こえた。


「……おい」

「まさか……これがヒュドラなのかい!?」


 ラードーンとカルキノスは、度肝を抜かれた。

 カルキノスが入ってきた、開けっぱなしのドア。その下、庭園に生える草花の陰に、小さな木彫りの蛇が置いてある。


 声は、まぎれもなくそこから聞こえていた。


「ほんとにこれがあの!?」

『何を驚くことがある。少しくらい見た目が変わったくらいで取り乱すでない、凡骨ども!』

「「少しじゃないから取り乱してるんですが!?」」


 二匹が驚くが、木彫りの蛇はカタカタと身体(?)を震わせる。


『肉体など所詮は魂の器よ。だが、我ら怪物の肉体は再生成に時間がかかるそうでな……しばらくここに入っていろとさ』

「そうだったのか。誰か説明でもしてくれれば良かったんだが」

「ふふ、でもなんかかわいいね」


 カルキノスが鋏で木彫りの蛇をちょいとつまんで背中に乗せる。


『な、なんだとう!? この不死の毒蛇に向かってかわいいとはなんだ』

「だってかわいいんだもーん、うりうり」

『あ、こらくすぐったい、やめろ!!』


 鋏の先で木彫りの蛇をくすぐるカルキノス。ヒュドラは笑い転げている。


「……ふ」


 ラードーンは生暖かい目で、イチャつく二匹を眺めていた。





「ヘラクレス……やはりか」


 ところ変わって闘技場二階特別席。神王ゼウスは、大理石の玉座の上で頭を悩ませていた。


「他の半神の子らと比べても、強すぎるとは感じていた。……やはり、余の血を濃く受け継いでいたか」


 すでに、若かりし日のゼウスの再来との噂が観客席に広がっている。雷を操り、あそこまで強大な力を見せつければ当然だろう。


「できればお前には、権力争いとは無縁であって欲しかったが……この余の後継者をめぐる争いに、必ずやお前は巻き込まれていくだろう」


 そして、兄弟たちと争うことになる。


 現在、ゼウスの後継者は複数存在する。最有力とされるのが、ゼウスの頭部から生まれた知恵の女神アテナ。正妻ヘラの子で最も勇猛果敢なアレス。聡明な太陽神アポロン。カリスマ性に長ける葡萄酒の神ディオニュソス。この四柱が最有力候補だと言われていたが、そこにヘラクレスも参入することになる。


「本人の意志とはかかわりなく、な」


 ゼウスは再びため息をついた。


「王の任は、ただ強いだけでは務まらん。民の心を知り、民に寄り添える者だけが就ける。その点では、もともと人間であり、さまざま過酷な運命を経験したお前は適任だろう。

 ……だが、やはりお前は戦士。常ならざる力を生まれつき得てしまった戦士だ……常人とは価値観が違う。お前には無敵の盾として、神王を守ってもらいたいのだ……」


 眉間に皺を寄せて、ゼウスは闘技場に倒れたヘラクレスを見つめた。


「お父様、何かお悩みですか?」

「む……」


 石の扉の向こうから鈴のような声が聞こえる。


「いや、大した事ではないよ、アルテミス。入りなさい」

「はい」


 ゼウスが促すと、石の扉がひとりでに開き、小柄な女神が姿を現した。


「どうしたのだ?」


 ゼウスが問うと、青白いロングヘアを伸ばした少女神は微笑する。


「いいえ、大したことではありませんわ。アポロンお兄様とヘラクレスの勇姿を、お父様と一緒に見たいと思って」

「そうか……」


 ゼウスは苦笑した。

 そんな父の素振りも気にせず、アルテミスはゼウスの玉座の肘かけに座る。


「ねえお父様。この戦いには、お父様の後継者といわれる者たちがほぼ全員参加していますよね」

「ああ、そういえばそうだな」


 アテナ。アレス。アポロンーーそして、ヘラクレス。ディオニュソスを除く全員がこの戦いに出場している。


「だったら……この戦いでヘラクレスと最も良い戦いを演じた者を、お父様の後継者にするというのはどうかしら?」

「……!」


 驚愕するゼウス。アルテミスの長いまつげが、妖しく歪んだ。

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