142. Battle 2 God wins…
『第二試合勝者、ヘラクレス!』
毒の河に化けた神が蒸発し、二回戦が幕を下ろす。
「よし、次はようやく我の番だな!」
ヒュドラが気合いもあらわにシャーッと息を吐く。
「おい、本当に大丈夫かよ……」
「何を弱気なことを言うておる、ラードーン! この我が負けると思うのか?」
「いやでもお前、さっきの見てただろ」
「ああ……」
そう言うとヒュドラの顔が曇った。
「液状化した神にとりつかれたからと言って、まさか太陽まで跳躍して蒸発させるとは。とんだ出鱈目だったな。
だが我は絶対負けんぞ! 何せ"不死の毒蛇"だからな」
「また生き埋めにされないよう気をつけろよ」
「ふっふっふ、その辺りは対策済みよ! 目にもの見せてくれるわ、はっははは!」
意気揚々とヒュドラが黄金の庭園を出ていく。
「……大丈夫かなあ」
ラードーンはその背中を不安げに見つめていた。
☆
『第三試合、ヒュドラvsヘラクレス! はじめ!』
司会の声が響き渡る。
九頭の蛇は、金髪の英雄を十八の目で見下す。
「久しいな、英雄よ。貴様に食わされた泥の味、一日とて忘れなかったぞ」
「ふ、己もだヒュドラ。最後に己は、お前の毒で死ぬことになった……できればお前とは戦いたくなかったが」
ヘラクレスがぎょろりと大きい目を伏せる。
「ハ、怖気づいたか。そんな調子では我に勝てんぞ!」
九つの口からビュッ、と毒液を吐きかけるヒュドラ。ヘラクレスが飛び退くと、先程まで立っていた場所がじゅうじゅうと溶けだす。
「クク、いくらお前でもこの我の酸毒には耐えられん……それはお前の死因で証明された。ならば我は、お前が力尽きるまで遠距離からこの毒を吐きつづけるだけだ」
「……卑怯だ」
水晶玉を見ているラードーンは呆れる。
「ふ、そう簡単にいくかな?」
ヘラクレスが不敵な笑みを浮かべる。
「な!?」
九つの頭から無秩序に吐かれる毒液の合間を縫ってヘラクレスが駆けてくる。
「なああ!? なんだその超絶技巧は!」
「悪いが……お前と戦ってから、己も成長したんだ!」
ごう、とヘラクレスの拳がヒュドラに迫る。
「ひとおつ!」
ぱん、とヒュドラの頭のひとつが弾け飛ぶ。
だが、
「な、に……!」
ヘラクレスの脇腹に、蛇の首がひとつ噛み付いている。
「ふふ、抜かったなヘラクレス! これでお前の敗北は確定した!」
ヒュドラの八つ首に笑みが浮かぶ。
「我が毒は神すら殺してみせる! 効く速さに差はあれど、お前でももって一〜二分というところよ! それまでに我を倒せるかなァ!」
「く……! 貴様ァァ!!」
ヘラクレスがヒュドラの他の首を掴もうとするが、見かけに合わないスピードでヒュドラはすり抜ける。
「ふはは、このまま待っているだけで我の勝利よ! 敏捷性を鍛えておいて良かったわ!」
「く……」
ヘラクレスの濃い顔が苦痛に歪む。
しかし、
「ふ……そうでなくては!」
笑っている。
魚のようなギョロ目を爛々と光らせて、ヘラクレスはヒュドラを見据えている。
「な、なんだこいつ……お前はもう絶体絶命であろうが! なのになぜそんな顔ができるのだ!」
ヒュドラが恐れおののくと、ヘラクレスはひたいに汗を浮かばせながら、笑って答える。
「ミスを犯せば、必ず自分が不利益を被る……それがこの世界の厳格なルール。俺は今、そのルールに従って不利益を受けた。だが、」
ヘラクレスの口角がさらに吊り上がる。
「いよぉぉおーーーーーーーーしッッッ!!!!!!」
叫ぶ。
ビリビリと空気が震える。
ヒュドラは思わずそれぞれの頭で耳を塞いだ。
「ここからが本番ァン!!! 己はまだ勝てる!!! ここが踏ん張りどころよォォ!!!!!」
ヘラクレスが自分の頬をバシバシ叩く。
「追い込まれるほど、強くなる……」
ラードーンは水晶玉の前で納得する。
ヘラクレスが今絶体絶命の状態にあるのは間違いない。だが、彼はその今の状況に闘志を燃やしている。敵が手強ければ手強いほど、絶対に勝つという闘志を燃やす。それがヘラクレスという英雄なのだ。
「おい、ヒュドラァ!!」
「何だうるさいぞ!!」
耳をふさぐヒュドラをヘラクレスは指さす。
「今からお前に見せてやる! 己の新たな力を!!」
そう言うと、ヘラクレスは全身に力を込めはじめた。
「う お お お お お お」
「何だ……何をする気だ!?」
ヒュドラはあまりの気迫に動けない。
ぴしゃん。
一筋の豪雷が闘技場に落ちる。
「うおっ……」
空を黒雲が覆う。ごろごろ、ごろごろと稲妻が暴れる音がする。
「ま、まさか……!」
流石のヒュドラも慄き始める。そこに、何が現れようとしているのか。
「来たれ、雷よ!!!!!」
ヘラクレスがそう叫ぶと、乱舞する雷の一筋が、ヘラクレスに向かって落ちる。
「!?」
砂煙が舞い、もはや何も見えない。
「なんだ、どうなった!?」
「げほっ、ごほっ」
観客たちの困惑の声も聞こえてくる。
風が止み、砂霧が晴れるとーー
そこに、一人の男が"浮いて"いた。
それは紛れもなく、先程まで酸の猛毒に苦しんでいた男。だが、その容貌は今までとは異なっている。
「お……まえは……!」
その場にいる、全ての者が驚愕していた。
神も、人も、異形も。めいめいに"それ"を見て恐れおののいた。
ただひとり、玉座に座る一柱の神だけが、「そうか、お前が」とため息を吐いた。
「さあ……お前はどこまで付いてこれる、ヒュドラ?
この己の、『神』の領域に!」
帯電した金髪を足元まで伸ばし、眼を黒く染めたその英雄神が、不敵にヒュドラを指さした。




