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星狩りのレプタイル ー邪眼のトカゲと夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第6章 第3節「追想:新・十二の功業」
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139. sepia juiceのいうとおり

 ラードーンの百の頭には、ただひとつの司令塔がある。

 他とは見分けがつかないが、百の首の中心あたり、角が少し欠けているものがそれだ。

 その左眼が今、金色に光りはじめている。


「何だ……!? 何をする気だ!」

「そこまで言うなら見せてやる……ヘラ様に禁じられた、俺の『星器(トーレ)』を」


 胸騒ぎをおぼえたカストルは、ラードーンの身体を蹴飛ばして逃れようとする。だが、 


「な……!?」


 蹴ろうとした足が動かない。灰色に、固く、重く固まっている。


「これは……まさか!」

「これを使わせた時点で、お前の負けなんだ」


 カストルの足が、脚が、太腿が、どんどん灰色に変わっていく。


「メデュー……サの……」

「自分の星座をつくる星々から力を引き出す神器、『星器(トーレ)』。

 その能力には、使用者の『魂』の性質が大きく左右される。魂はこの世に生まれる際に、先祖の影響を受ける……俺は、ひいばあさんの影響を強く受けてるらしい。


『星眼トゥバン』。これが俺の、星器(トーレ)だ」

「……君が神々の敵でなくて、良かった」


 諦めたような笑みを浮かべて、カストルは石像と化した。




 ラードーンが地上の闘技場に降り立つと、立っている挑戦者はもう存在しなかった。


 ただ、一匹の獣を除いて。


「ケルベロス……!」


 真っ白な毛を靡かせ、黒い骸骨の面を被った三つ首の犬が、退屈そうに欠伸(あくび)をしている。


「よう、お前がラードーンか。会うのは初めてだな、兄弟」

「……ああ。同じ魔神の息子……らしいな、俺達は」


 吹き飛んだいくつかの頭を再生させながら、ラードーンは答える。


「ヘラクレスの十二の難行、その最後の二つを担った俺たちがここで向かい合うことになるとは……」

「ああ、偶然ってのはあるもんだ」


 ラードーンが身構える。ケルベロスが三つ首でほくそ笑む。


「……行くぞ!」

「あ、ちょっとタンマ」

「何!?」


 ケルベロスが前足を差し出してラードーンを制する。


「やめだ。降参だよ」

「何……だと?」


 ラードーンは耳を疑う。


「降参? 戦わずに、か。本気で言ってるのか?」

「バーロー、あんな一方的な戦いを見せられて戦えるかってんだ。

 そもそも俺は、ハデス様のメンツの為に強制参加させられたんだ」

「メンツ?」


 ラードーンが問うと、ケルベロスは肩をすくめる。


「ヘラクレスの最後の難行で、俺が負けるとは思ってなかったらしくてな。名誉挽回のために行ってこいだとよ……

 だがな、俺は最初から勝てる気がしねえ。おっかねえんだもんあいつ(ヘラクレス)

「お前、それでいいのか? もうちょっと戦士としてのプライドみたいなのは……」

「無いこたあ無いが、ありゃちょっと別格すぎるよ。そもそも前回の戦いで一目見た時、負けを確信したね。なんつーか、目のぎらつきが違うっつーか。

 それにな……」


 そう言うとケルベロスはがぱ、と真ん中の口を開く。その中では――


「そ、れは……」


 魑魅魍魎(ちみもうりょう)

 顔、顔、顔、顔、顔。無数の顔が、ケルベロスの口の中に浮かんでいる。


『ウゲエエエエエ』

『ダシテ、ダシテ』

『ココカラ、ダシテ』


「……わかったかな? 俺はもうボロボロなんだ」

「なんなんだ、それ……」


 ラードーンが半ば恐れながら問うと、ケルベロスは鼻を鳴らす。


「俺は、『魂』を喰って自分の魂に同化させることができる。どんな神々にもできない、俺にしかできないことだ。この能力をハデス様に認められて、俺は地獄の番犬になった。

 だが、この『魂を喰う』ってのが意外とこたえるのよ。何せ、全く別の生き物が自分の心の中に一度入るわけだからな。それをどうにか黙らせなきゃならねえ。黙らせてやっとこさ魂を同化するわけだが、そいつらの怨念は俺の魂に蓄積されていく。食べられたくない、死にたくない、地獄に行きたくない……そういった負の願いがな」

「……」


「そういった願いの残穢が、四六時中呼びかけてきやがるのさ。そして俺の身体を、魂を蝕んでいる。

 もう俺は長くない。近々、地獄の番犬は別の誰かに任せて、人界に転生する予定さ」

「そう、だったのか……」

「ヘラクレスに負けたのもこれが理由みたいなもんさ。もう百年若けりゃコテンパンだったが」

「じゃあ……今はなおさら厳しいってことか」

「おう。だから、リベンジはお前さんに任せとくよ」


 呪いに蝕まれた番犬の笑みは、心なしか疲れて見えた。


「じゃあな。健闘を祈ってるぜ」


 純白の犬はよっこらしょ、と立ち上がり、闘技場の出口に向かっていく。


「……待ってくれ!」

「あ?」


 ラードーンは兄を呼び止めた。なぜ呼び止めたのか、自分でも分からなかったが。


「……また、会えるだろうか」

「さあ……どうだろうな。俺はこれから冥府に戻るし、会うとしたら来世かねえ」


 どうでもいい、というような口調でケルベロスはぼやく。だが、思いついたようにほくそ笑んで、


「どうせなら、また兄弟になれるといいな。今度はこんな別の道を歩むんじゃなく、一緒に暮らせるような」


 それだけ言い残して、闘技場を出て行った。


「……そうだな。あんたとなら、仲良くなれる気がするよ」


『第十闘技場、ケルベロスの棄権により、優勝はラードーン!』


 天の使いである妖精のアナウンスが響く。それを頭上に聞きながら、ラードーンは去っていくケルベロスの背中を見つめていた。


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