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星狩りのレプタイル ー邪眼のトカゲと夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第6章 第3節「追想:新・十二の功業」
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138. 予選:THE FIRST STAGE

「ゴアアァァッ!!」


 ラードーンの百の口から、すさまじい炎が放たれる。


 眼下に見下ろす大小の英雄、怪物たちが一瞬にして黒焦げになる。


 余談だが、天界では肉体が滅びても魂は無事なので、新しい肉体に宿ることで復活できる。すでに死んでいる者たちの魂が他に行くところはない。この戦いでは、今宿っている肉体が滅んだ時点で敗北となる。


 すでに百以上の挑戦者を、炎の息吹でラードーンは消し飛ばした。となれば、他の挑戦者にどう見られるか明白。


「おい、まずあの龍を片付けるぞ! あいつが居たら戦いにならねえ!」

「違いない……やるぞ!」

「……ウオオオッ!!!!」


 敵の攻撃がラードーンに集中し始める。だが、弓矢は炎で焼き払われ、剣は鱗に弾かれる。百の頭は全方位への対応が可能、まさに敵無しだ。


 五十の英雄が消えた時、別の巨体が、動いた。


「クク、チビ共にこいつをどうにかできるものかよ」


 百の頭に、左右それぞれ五十の腕をもつ巨人がラードーンの前にのっしと立つ。


「お前は……ヘカトンケイル!」

「同じ百頭どうし、どちらが優れているか決着をつけよう」


 奈落の神タルタロスの番兵、ヘカトンケイル。その三兄弟のひとりだ。


「俺はヘカトンケイル兄弟の次男、ブレアリオス! 我ら兄弟、三人でヘラクレスへの挑戦権を得ると誓っている! その踏み台となってもらう!」

「そうはいかない……俺にも約束があるからな!」


 ごう、とラードーンの百の首が巨人に向けて火を吐く。しかし、


「むうんッ!!」


 ゴリ、と。


 闘技場の床が、ブレアリオスの百の手で円形にえぐり取られ、炎を防ぐ盾となる。運悪くその辺りに立っていた者たちがラードーンの炎に焼かれる。


「……やるな!」

「奈落の番人の力は伊達ではないぞ、ラードーン!」


 地面の盾を構えたまま、百腕百頭の巨人が突進する。


「くっ……!」


 瞬時にラードーンは翼を開き、空中に飛び上がる。


「ハ、小癪な。だが!」


 ヘカトンケイルもの大木のような脚で跳び上がる。大地の盾を振りかぶる。


「堕ちろ、百頭龍!」


 ぶうん、と飛ぶ大地の盾、しかしラードーンは巨体に似合わない俊敏さでそれをかわす。

 遠い大地に盾がぶつかって四散する。


「悪いな……」


 そのままラードーンは巨人に向けて突進。


「何!」

「俺の、勝ちだ」


 落下する巨人に放つ、火炎。

 百頭百腕の巨人が、炎の波に焼き焦がされていく。


「おのれ! おのれええええぇぇぇぇぇぇ…………」


 二百の眼に憎しみを滾らせながら、黒焦げになったブレアリオスは闘技場に落下していった。


「……さて、あとは……っと!?」


 安堵しかけた途端、一本の矢がラードーンの胸の辺りを掠めていく。


「誰だ!?」


 人をはるかに超える視力で見下ろした眼下、闘技場からラードーンを狙う影がある。


「でかい図体のわりに、素早いね」


 細面の、目に黒いメイクをした男が弓を構えている。身体の右側に、銀色の腕輪や足輪など、数々のアクセサリーを付けている。


「ケイローン先生に習った弓を避けられるとは。弟に笑われちゃうな」

「カストル……!」


 スパルタの双子英雄の片割れ、カストル。人として戦死し、弟の願いで星座となった英雄だ。

 いくつもの指輪が光る細い指で、カストルはラードーンを指さす。


「きみ、まだ『星器(トーレ)』を使っていないね。僕相手にはそう出し惜しみしてられないと思うよ」


 今後は五本、一度に矢が放たれる。ラードーンの巨体で避けきれる範囲ではない。


(……この程度、俺の鱗なら!)


 思い切ってラードーンはカストルをめがけて急降下、巨体で矢を蹴散らしにかかる。

 だが、


「熱っ!?」


 いとも簡単に、矢はラードーンの鱗を貫いた。しかも着弾の瞬間に「熱」を感じる。

 矢が、とてつもなく熱い。だが燃えているわけではない。しかし矢じりが赤く光って、表面が半ば溶けているのを感じる。


「これは……どういう」

「僕の『星手カストル』は、触れたものの時間を巻き戻す。このオリハルコンの矢じりの表面だけを、加工炉から出した瞬間の状態にまで巻き戻してある。どうだ、熱いだろう」


「チッ……」


 ラードーンは歯噛みする。

 オリハルコン、この天界にのみ存在する聖なる金属。どんな鋼よりも頑丈なレア・メタル。


「だが、これならどうだ!」


 ごう、とラードーンが炎を吐く。

 しかし、


「――!」


 ふわ、とカストルの身体が浮き上がる。


(飛んだ!?)


 宙高く浮き上がったカストルの下を炎の奔流が駆け抜けていく。


「飛んでるわけじゃない、僕が立っていたあたりの空気の『座標』を巻き戻している。

 今ここにある空気には、さっき君が飛び上がった時に空から降りてきたものも含まれている。僕の右手はそれを掴んで、君に届く」


 次々に掴む位置を変えて、雲梯(うんてい)を登るようにカストルはラードーンに近づいてくる。


「くっ……だったら!」


 ラードーンはカストルを囲むように、百の首から広範囲に炎を吐く。空中の彼に逃げ場はない。

 全方位から迫る炎が、細身の英雄を焼き焦がす――


「それも、無駄だ」


 ふいにカストルが『空気』から手を離す。


「『星手カストル』!!」


 カストルの右手が、炎に触れる――その瞬間、炎が跡形もなく消え去る。


「!?」

「君は、自分がなぜ火を吐けるのか考えたことがあるか?」


 そのままカストルは、炎があった何もない空間を掴む。


「胃での食事の消化や、腸での栄養吸収の際に、君の体内で可燃性ガスが発生する。それを貯めておくガス袋が君の体内にある。ガスを排出する時に、君は奥歯についている火打石を使って火をつけている」


 カストルは何もない空間を掴んだまま、一直線にラードーンに向かって飛んでくる。


「まあ、人間でいう曖気(げっぷ)のようなものだ。その、燃える前のガスの状態にまで君の炎を巻き戻した」

「――!」

「僕に、その炎は通用しない」


 強烈な蹴りが、ラードーンの頭のひとつを吹き飛ばす。


「――グオオッ!」

「そうよがるな。こんなに多い頭のひとつ潰されたところで!」


 カストルの端正な、中性的な顔が黒い笑みに歪んでいる。


(こいつ……戦いになると性格変わるタイプか)

「ハッハハハハハ! そら! そらぁ!」


 先ほどまでの冷静な面影はもう形も無く、次々とカストルはラードーンの頭を蹴り潰していく。他の頭で反撃するが、カストルは身軽にそれらをかわしながら蹴りを放ってくる。


(っ……どうする)


 炎を吐いても無効化される。空を飛んで翻弄することもできない。敏捷性も相手が勝る。となれば、


(一か八か使ってみるか、アレを……!)


 龍の眼のひとつが、黄金に輝く。


星器(トーレ)

ラテン語で書くと「tool」。

「道具」を意味する言葉。正式名称は「Stella toolステラ・トーレ」。星の道具。


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