137. kaleido Combattimento festa
一年後、あるニュースがオリンポス山を賑わせる。
『ヘラクレスが、来た!』
人類史上最強の英雄が、死んだ。彼は神となって、天界に昇ることが決まった。
神に仕える妖精たちは英雄の来訪に沸き、神々もまた高揚していた。
そして、このニュースに昂ったのは怪物たちも同じだった。
「ヘラクレス、前世の我らの仇!」
おなじみとなった湖のほとりで、ヒュドラが興奮の声をあげる。
「奴が来たらどうしてくれよう……この毒の牙で嚙みくだくだけでは飽き足らん!」
「うん、僕もリベンジするぞ!」
カルキノスも珍しく闘気を出している。
「お前はやめとけよ、また踏み潰されるのがオチだぞ」
ラードーンが呆れるが、カルキノスは黒い目を輝かせている。
「いいや、今度は大丈夫さ! 反復横跳びでスピードも鍛えたし、毎日ヒュドラの尻尾を喰らって身体も固くなってるから!」
「お前やっぱマゾだよな」
「え、ぼくが!? ……言われてみるとそうなのかもしれない」
「納得早いな」
平和な会話をしているとヒュドラが二又の舌をラードーンに向けてくる。
「お前ももちろん挑むのだろう? 昔敗れた怒りを共にぶつけてやろうぞ!」
「ああ、もちろんだ」
ラードーンも内心で昂っている。だが、その感情はヒュドラたちの抱くような怒りとは違った。
(俺はヘラクレスに敗れたことで、自分の弱さを知った。そして強くなりたいと願い、今日まで自分を鍛えてきた)
(今はもうあのサソリも敵じゃない。一つ目の巨人サイクロプスや、どんな刃でも斬れない皮をもつネメアのライオン、半人半牛ミノタウロスにも勝った。ここまで強くなれたのは、あの時、ヘラクレスに殺されたからだ)
(会いたい……そして、戦いたい)
今の自分がどれほどの強さを得たのか。それを知りたい。
だが、そう考えていたのはラードーンだけではなかった。
★
「闘技大会!?」
ヘラクレスに挑みたい者は天界・冥府にごまんと居た。力自慢の英雄、かつて彼に敗れた怪物たち、そして人の子に身の程をわきまえさせようという神々……それらの数は百、千を超えて増え続けるばかり。
オリンポスに殺到する挑戦者たちに、統治者である十二神は辟易した。そこでゼウスが案じた一計が闘技大会。そうカルキノスはラードーンとヒュドラに説明する。
「挑戦者同士で戦って、最後に残った十二の者に挑戦権を与えるんだって」
「クク、その十二の者がヘラクレスの新たな難敵となるわけか。新・十二の難行というわけだな。ゼウスも人が、いや神が悪い」
「……勝てるだろうか」
ラードーンがこぼすとヒュドラが憤慨する。
「馬鹿を申すでない! 我をさんざんコテンパンにしてきた貴様が何を言うか!?」
「だけど、神々も参加するらしいじゃないか。怪物の俺たちが、神々に勝てるか……?」
龍が不安げな光を二百の目に浮かべると、ヒュドラが笑った。
「何を怖気づいているのだ。我らならば神々など一呑みよ!
そんなに怖いなら、ずっと我の後ろに隠れておればよいわ。貴様の十分の一しか頭がない我の後ろにな」
「……ったく」
そういう物言いをされると、ラードーンも黙っていられない。
「やれやれ。お前こそ、尻尾を巻いて逃げるんじゃないぜ」
「当然!」
蛇と龍が、燃える視線を交わした。
☆
「ここが闘技大会の予選会場……!」
人界より大きな太陽が輝き、常に虹がかかるオリンポス山の空の下、黄金の闘技場が輝いている。
象よりもまだ大きい、小型のクジラほどの体長を誇るラードーンだが、その彼が十体以上は収まるほどの広さがありそうだ。
周辺にはさまざまな挑戦者たちが集まっている。神、妖精、英雄、怪物……人間らしい見た目のものから不定形の存在まで。
いくつか有名な顔もある。
(あれはスパルタの双子英雄の片割れ、カストール……百頭の巨人族ヘカトンケイルもいる。あれ、地獄の番犬ケルベロスか? よく冥府から出てこられたな)
(この中で、生き残らなきゃならないのか……)
少し自信がなくなってくる。
予選会場は十二か所あり、それぞれで最後に勝ち残った者がヘラクレスへの挑戦権を得る。ヒュドラやカルキノスは、別々の会場に散っている。三匹で必ずヘラクレスの前に立とうという約束があるからだ。
『挑戦者の皆様は、会場内にお入りください』
運営のアナウンスが聞こえる。空を飛ぶ光の精が、ラッパのような拡声器から声を広げている。
「え、参加手続きがまだだが……」
「どういうことだ?」
周りの参加者たちがざわつく。
『手続きは不要です。予選に参加される方は、闘技場にお入りください』
アナウンスは有無を言わさない。
「……入るか」
胸騒ぎをおぼえながらも、ラードーンは闘技場の金の扉をくぐった。
★
会場内にはすでに観客が入っていた。
クジラが十匹は入りそうなリングの周りに、階段状の客席が設けられている。
そしてリングの中には多種多様な挑戦者がひしめいている。ざっと四百はいるだろうか。
(開会式でも始まるのか……?)
ラードーンが戸惑っていると、ブン、と音がして頭上が青く光った。
「なんだあれは……!」
どこからか驚きの声が上がる。
空に、光の絵が投影されている。白い髭をたくわえた壮年の男の顔が、そこに大きく写されている。
(あれは、まさか……!)
おお、とどこからか声が上がる。
絵の男が口を開く。
「勇猛なる戦士たちよ。よくぞ集まってくれた」
厳かな、低い声だ。しかしそれでいて、不思議と優しさを感じる。
「地上最強の勇士、ヘラクレスに挑む者たちよ。今ここで、存分にその力を示せ。
今おまえの隣にいる者どもを全て倒しつくした時、おまえたちはヘラクレスへの挑戦権を得る。
選ばれるのはその場所でただひとり。勝ち残ったひとりだ。面倒な形式など不要。今から隣にいる者を倒し、その場にいる者を全て倒し尽くして、ひとり勝ち残れ。
神帝ゼウスの名において、ここに「英雄戦争」の予選開始を宣言する!」
その声とともに、ががあん、闘技場の中心に雷が落ちた。巻き込まれた数人の挑戦者が炭になった。
(……開戦!)
四百の戦士のバトル・ロワイアルの火蓋が、いま切って落とされる。