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星狩りのレプタイル ー邪眼の蜥蜴と夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第6章 第3節「追想:新・十二の功業」
139/165

137. kaleido Combattimento festa

 一年後、あるニュースがオリンポス山を賑わせる。


『ヘラクレスが、来た!』


 人類史上最強の英雄が、死んだ。彼は神となって、天界に昇ることが決まった。

 神に仕える妖精たちは英雄の来訪に沸き、神々もまた高揚していた。

 そして、このニュースに昂ったのは怪物たちも同じだった。


「ヘラクレス、前世の我らの仇!」


 おなじみとなった湖のほとりで、ヒュドラが興奮の声をあげる。


「奴が来たらどうしてくれよう……この毒の牙で嚙みくだくだけでは飽き足らん!」

「うん、僕もリベンジするぞ!」


 カルキノスも珍しく闘気を出している。


「お前はやめとけよ、また踏み潰されるのがオチだぞ」


 ラードーンが呆れるが、カルキノスは黒い目を輝かせている。


「いいや、今度は大丈夫さ! 反復横跳びでスピードも鍛えたし、毎日ヒュドラの尻尾を喰らって身体も固くなってるから!」

「お前やっぱマゾだよな」

「え、ぼくが!? ……言われてみるとそうなのかもしれない」

「納得早いな」


 平和な会話をしているとヒュドラが二又の舌をラードーンに向けてくる。


「お前ももちろん挑むのだろう? 昔敗れた怒りを共にぶつけてやろうぞ!」

「ああ、もちろんだ」


 ラードーンも内心で昂っている。だが、その感情はヒュドラたちの抱くような怒りとは違った。


(俺はヘラクレスに敗れたことで、自分の弱さを知った。そして強くなりたいと願い、今日まで自分を鍛えてきた)


(今はもうあのサソリも敵じゃない。一つ目の巨人サイクロプスや、どんな刃でも斬れない皮をもつネメアのライオン、半人半牛ミノタウロスにも勝った。ここまで強くなれたのは、あの時、ヘラクレスに殺されたからだ)


(会いたい……そして、戦いたい)


 今の自分がどれほどの強さを得たのか。それを知りたい。


 だが、そう考えていたのはラードーンだけではなかった。





「闘技大会!?」


 ヘラクレスに挑みたい者は天界・冥府にごまんと居た。力自慢の英雄、かつて彼に敗れた怪物たち、そして人の子に身の程をわきまえさせようという神々……それらの数は百、千を超えて増え続けるばかり。

 オリンポスに殺到する挑戦者たちに、統治者である十二神は辟易した。そこでゼウスが案じた一計が闘技大会。そうカルキノスはラードーンとヒュドラに説明する。


「挑戦者同士で戦って、最後に残った十二の者に挑戦権を与えるんだって」

「クク、その十二の者がヘラクレスの新たな難敵となるわけか。新・十二の難行というわけだな。ゼウスも人が、いや神が悪い」

「……勝てるだろうか」


 ラードーンがこぼすとヒュドラが憤慨する。


「馬鹿を申すでない! 我をさんざんコテンパンにしてきた貴様が何を言うか!?」

「だけど、神々も参加するらしいじゃないか。怪物の俺たちが、神々に勝てるか……?」


 龍が不安げな光を二百の目に浮かべると、ヒュドラが笑った。


「何を怖気づいているのだ。我らならば神々など一呑みよ!

 そんなに怖いなら、ずっと我の後ろに隠れておればよいわ。貴様の十分の一しか頭がない我の後ろにな」

「……ったく」


 そういう物言いをされると、ラードーンも黙っていられない。


「やれやれ。お前こそ、尻尾を巻いて逃げるんじゃないぜ」

「当然!」


 蛇と龍が、燃える視線を交わした。





「ここが闘技大会の予選会場……!」


 人界より大きな太陽が輝き、常に虹がかかるオリンポス山の空の下、黄金の闘技場が輝いている。

 象よりもまだ大きい、小型のクジラほどの体長を誇るラードーンだが、その彼が十体以上は収まるほどの広さがありそうだ。

 周辺にはさまざまな挑戦者たちが集まっている。神、妖精、英雄、怪物……人間らしい見た目のものから不定形の存在まで。


 いくつか有名な顔もある。


(あれはスパルタの双子英雄の片割れ、カストール……百頭の巨人族ヘカトンケイルもいる。あれ、地獄の番犬ケルベロスか? よく冥府から出てこられたな)


(この中で、生き残らなきゃならないのか……)


 少し自信がなくなってくる。


 予選会場は十二か所あり、それぞれで最後に勝ち残った者がヘラクレスへの挑戦権を得る。ヒュドラやカルキノスは、別々の会場に散っている。三匹で必ずヘラクレスの前に立とうという約束があるからだ。


『挑戦者の皆様は、会場内にお入りください』


 運営のアナウンスが聞こえる。空を飛ぶ光の精が、ラッパのような拡声器から声を広げている。


「え、参加手続きがまだだが……」

「どういうことだ?」


 周りの参加者たちがざわつく。


『手続きは不要です。予選に参加される方は、闘技場にお入りください』


 アナウンスは有無を言わさない。


「……入るか」


 胸騒ぎをおぼえながらも、ラードーンは闘技場の金の扉をくぐった。





 会場内にはすでに観客が入っていた。

 クジラが十匹は入りそうなリングの周りに、階段状の客席が設けられている。


 そしてリングの中には多種多様な挑戦者がひしめいている。ざっと四百はいるだろうか。


(開会式でも始まるのか……?)


 ラードーンが戸惑っていると、ブン、と音がして頭上が青く光った。


「なんだあれは……!」


 どこからか驚きの声が上がる。


 空に、光の絵が投影されている。白い髭をたくわえた壮年の男の顔が、そこに大きく写されている。


(あれは、まさか……!)


 おお、とどこからか声が上がる。


 絵の男が口を開く。


「勇猛なる戦士たちよ。よくぞ集まってくれた」


 厳かな、低い声だ。しかしそれでいて、不思議と優しさを感じる。


「地上最強の勇士、ヘラクレスに挑む者たちよ。今ここで、存分にその力を示せ。

 今おまえの隣にいる者どもを全て倒しつくした時、おまえたちはヘラクレスへの挑戦権を得る。

 選ばれるのはその場所でただひとり。勝ち残ったひとりだ。面倒な形式など不要。今から隣にいる者を倒し、その場にいる者を全て倒し尽くして、ひとり勝ち残れ。

 神帝ゼウスの名において、ここに「英雄戦争(ヘラクレスマキア)」の予選開始を宣言する!」


 その声とともに、ががあん、闘技場の中心に雷が落ちた。巻き込まれた数人の挑戦者が炭になった。


(……開戦!)


 四百の戦士のバトル・ロワイアルの火蓋が、いま切って落とされる。


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