136. 内的革命の歌
砂の舞う地で、黄金の牙と、赤い槍のような針がぶつかり合う。
「フフ……やるな、龍よ!」
「お前もな、蠍!」
象ほどの大きさの大サソリは、龍の百の頭を器用にかわし、毒針と鋏で攻撃を仕掛けてくる。
「だが龍よ、貴様は……少し正直すぎる!」
サソリが尾で地面の砂を巻き上げた。
「なあっ!?」
「それ、今だ!」
どうん、と強烈な体当たりが龍の胴体をとらえ、龍は薙ぎ倒される。
再び起き上がろうとすると、すでに心臓に毒の尾が向いていた。
「くっ、ずるいぞ!」
「馬ァ~鹿、戦いにずるいも何もあるものか! 相手を殺せればそれで勝ちなのだ、あっははは!」
サソリは高笑いする。龍は二百の眼で恨めしげにそれを睨んでいた。
☆
「聞いてくれよヒュドラ、カルキノス!」
九頭の白蛇と、その親友である大蟹が好む天界の水辺で、龍は愚痴を垂れていた。
「あのサソリ、ホントに性格悪いぜ! 砂で目くらましなんかしやがって」
「ラードーン、貴様は相変わらずお人好し……いや、"お龍好し"だな。だまし討ちくらい当たり前だろうに」
ヒュドラが龍の名を呼び、九つの頭でくっはは、と失笑する。
「何だと!? 誇りってものは無いのかよ!」
「かーっ、誇りだと。英雄にでもなったつもりか? 我ら怪物にそのようなもの必要なかろうよ」
「何ィ!」
「や、やめなよ2匹とも……喧嘩してるとヘラ様に叱られるよ」
ライオンほどもある大きさの大蟹……カルキノスがおびえながら間に入る。
「ヘラだと? あんなゼウスの腰巾着に何が……」
「ストップ、ヒュドラ!」
ラードーンの百の首のひとつが、ヒュドラの口に巻き付く。
「貴様、何をする!」
ヒュドラの他の首が食ってかかるが、ラードーンは彼女を諭す。
「忘れたのかヒュドラ、神々は耳がいいんだ。自分に関する話題はどこに居たって聞こえるんだぞ」
「……チッ」
ヒュドラはふさがれていない口のひとつで舌打ちをする。
神帝妃ヘラ。ゼウスの妃であり、すべての女神を統べる者……それが彼らの主だ。
「ヘ、ヘラ様のおかげで僕らは今ここにいるんだ。普通なら地獄に落とされてたところを、ヘラクレスを苦しめた功績で拾ってもらって、天界のはずれで暮らせているんじゃないか。感謝しようよ、ヒュドラ」
「有事の際の兵隊としてな。だが、カルキノス……貴様が、そう言うなら……」
ヒュドラの九つの顔が心なしか赤らむ。カルキノスはそのことに気付いていないようだ。
龍の昂っていた気持ちも、それを見て少し和らいだ。
(こいつら、早くくっつけばいいのに)
「……おいラードーン、いま何か余計なことを考えているだろ!」
「え? 別に何も」
「口角が上がってるのだ、無駄に多い頭の全部で!」
「お前も多いだろ」
「我の頭の数はれっきとした理由がある! 遠い東の国では、9は「久」、すなわち永遠を意味する……不死の我にふさわしい数なのだ!」
「生まれつきの頭の数に理由あるかよ」
「ぬわにぃーっ! 我がこの長い生で悟った回答を侮辱するか!?」
「けんかはやめてよ~」
カルキノスがあたふたと鋏を振る。普通の蟹よりはずいぶん大きい彼だが、ヒュドラや龍と比べると子犬のようだ。
蛇の尾がしなり、赤い目がぎらりと輝く。龍はそれを余裕の表情で見下す。
「シャーッ!!」
九頭の蛇が、ぬらりと光る毒牙で龍に襲い掛かろうと――
「ふっ」
百の頭のうち十八、ヒュドラの倍の数の頭でラードーンが頭突きを食らわす。すべての首と脳天に打撃を喰らったヒュドラは、「ぐえ」と間抜けな声を上げて倒れてしまった。
「ああっ、ヒュドラ! 大丈夫かい、すぐ手当をしなくちゃ」
「そいつが目覚めたら言っておいてくれ。次は頭の数を十倍にして来いってな」
「もう!」
カルキノスがぷんすかと目を怒らせるのを尻目に、ラードーンは百の喉で鼻唄のコーラスを奏でながら去っていく。
「……ラードーン、君は変わったよ。前の穏やかな君の方が、僕は好きだったなあ……」
蟹はため息ならぬため泡を吐いて、その背中を見つめていた。