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星狩りのレプタイル ー邪眼のトカゲと夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第6章 第2節「追想:或る龍の話」
137/165

135. Old Prologue


 その龍は、平穏を愛していた。

 その場所の番として、宝を守り続ける平穏を。


 同僚は、「宝」を宿す木々に水をやる妖精たち。龍の仕事は、時たま現れる盗人を追い払うこと。


 その龍は眠りを必要としない。百ある頭のうち五十が眠る間に、もう半分の五十が起きている。眠らない龍は、宝の番人として適していた。平穏を愛するその御しやすい性格も、宝の主にとっては都合が良かった。


 龍は幼い頃のことをあまり覚えていない。物心ついてからずっと、この庭園に繋がれて番をしている。だが、龍にとって過去のことはどうでも良かった。何でもなく続いていく平穏な日々を、ずっと過ごせるなら、そんなことはどうでも良かった。


 宝の番は暇だ。盗人が現れない限り、ただそこに居るだけ。少しの楽しみは、妖精たちの噂話と、ときどき訪れる友人の存在だった。


「貴様は、ずっとこの場所から動けなくて楽しいのか? そのまま木の一本にでもなってしまいそうだぞ」


 友人の、九頭の蛇がそう言う。


「そうか、それも良いかもしれないな。俺は龍なんかより、木になってる方がよほど性に合う」


 龍がそう答えると、蛇は九つの頭を呆れたように振った。

 またある日、訪れた蟹はこう言った。


「君はなぜ、誰よりも強い力を持っているのに、それを行使しないんだ? 君ほどの怪物なら、きっとあの伝説の魔神でさえ超えられるのに……底辺の僕とは違って」

「俺が親父を? ハハ、馬鹿いうなよ。俺はここでのんびり過ごすのが好きなんだ。ときどきおまえや妖精たちと話して、たまに仕事を果たせれば、それでいいのさ。富や名誉なんざ、必要ないよ」


 蟹は目を伏せたまま去っていった。


 しかし、永遠不変のものなどこの世には存在しない。龍の平穏にも、ついに終わりの刻がやって来る。


「第十一の功業、『黄金の林檎の奪取』……遂げさせてもらうぞ!」


 稲妻の前髪をもつ大男が、その場所を襲った。

 龍は戦った。生まれて初めて全力を出して戦った。戦いは七日間続き、最後には大男が毒矢を龍の口に突き刺して勝利を収めた。その毒は、龍の友だった九頭の蛇のものだった。


(そうか……何もしなければ、平穏はいつか壊されてしまうんだ。平穏を守るために、俺は強くなければいけなかったんだ。他人に与えられる平穏じゃ駄目だ、自分で守る平穏でなければ……)


 そう気付いた時には、彼の命は終わっていた。





「喜びなさい、ラードーン。お前は天界で最高の栄誉を与えられた」


 次に目覚めたとき、龍の前に、かつての主が立っていた。龍が守っていた宝の主が。

 その女は居丈高に述べた。


「お前は肉体を失った。あの庭に居る権利を失ったわ。けれど、お前に価値がなくなったわけではない。

 その魂が滅びぬよう、お前を眠りにつかせましょう。いつか来る、戦いの時まで」


 しかし龍は、主に反駁した。


「その眠り、少し待ってはいただけませんか」

「ほう。なにゆえ?」

「俺は……もっと強くなりたい。このままじゃ、何も守れない」


 龍は、自分が死んだときのことを思い出していた。彼は、守れと命じられたものを守れなかった。そして、自分が守りたかったものを守れなかった。


「今度は……全部守りたいんだ」

「ふむ、良いでしょう。ならば、存分に鍛えるといい。

 天界にはさまざまな強者がいます。一つ眼の巨人キュクロプス、オリオンを屠った大サソリ、蛇神殺しの英雄ペルセウス……きっとお前の力になりましょう」

「ありがとうございます、主様!」


 こうして、龍の天界での特訓が始まった。

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