134. 真実
「うわあ!?」
どさどさどさ、と理里たちは固い床の上に落ちた。
「いたい……」
「ああ……」
大丈夫か、と末妹を気遣う気力さえ理里には無い。
辺りは暗く、周りがよく見えない。部屋の中心にひとつだけ蝋燭が灯っていて、床に数々の点とそれを繋ぐ線が描かれているのが分かる。
「いってえ……ここどこだ」
落下の衝撃で希瑠が目覚めたようだ。恵奈と吹羅はまだ気絶している。
「……兄さん! 起きたのか」
理里が少し遅れて驚くと、希瑠は頭を掻きながら起き上がる。
「まだ腹が痛てぇ……テセウスに刺されたのが効いてるな」
往魔邸潜入作戦の際、希瑠は手塩に敗北して腹に傷を受けた。しかし、手塩はなぜか希瑠にとどめを刺さなかったため、希瑠はどうにか自力で自宅に戻った。家に着いたその瞬間に倒れ、そのまま今まで寝ていたのだが。
「なんだろう、すごく長い夢を見てたような気がするぜ……」
「希瑠おにいちゃん、おきたの……」
綺羅はどうでも良さそうだ。
「ごほん。そろそろいいかな」
聞きなれない、かすれた声が響く。
カルキノスが少し苛立ったようすで立っていた。
「ああ……? お前、誰だ」
「俺の胸から出てきた奴……」
理里はそうつぶやく。
「あ? お前何言って」
「そう、僕は彼の中から出てきた。彼の、心の中からね」
カルキノスは興味なさげにあさっての方を見ながら言う。
「……イマジナリーフレンド的な何かか?」
「違う。聞いたことはないか、『魂の中は無限』だって」
「ああ、確かアンドロメダが……」
理里は、アンドロメダに食事を持って行ったときの事を思い出した。
「星座の英雄は、魂……つまり霊体の中に自分の星を持ってるんだってな。それを自分のエネルギー源にしてるとか」
「そう。僕は君の魂の中に居た、怪原理里」
「なんだってこいつの中なんかに……いや、そもそも何者なんだよお前は。ここはどこだ。逃がしてくれたのは嬉しいが、オレ達をどこに連れてきたんだよ」
「質問は一つづつにしてくれないか、ケルベロス? 答える側が処理に困るだろ」
「なんだと?」
「……希瑠おにいちゃん、こわい」
綺羅がつぶやくと、希瑠はハッと目を開いて押し黙った。
「すまん……」
「カルキノス。話を進めてくれ」
理里が促すと、カルキノスはうなずく。
「順を追って話そう。
まず大前提として、僕は君たちの味方じゃない」
「は?」
理里は目を点にした。
「だったらなぜ俺たちを助けた? 意味が分からない」
「厳密に言うと、そこに倒れているヒュドラの味方だ。それ以外はどうでもいいと思ってる。ただ、ヒュドラが君たちのことを好きだから、助けただけだ」
「爽やかな顔して意外と自己中だな……吹羅はどこでこんな奴とコネクションを持ったのか」
「……だ、だったら、なんでカルキノスさんはひゅらのなかにいなかったの?」
綺羅が問うと、カルキノスは苦い顔をした。
「仕事、だったからだよ。彼、怪原理里の中に居るのが」
「おしごと?」
「俺の魂の中にいるのが仕事? 意味が分からない」
「居るだけが仕事じゃない。君の中にある大事な物を守るのが仕事なんだ」
「大事な……物」
禁断の力。確か、彼はそう言っていた。
「この左目……というわけじゃないんだよな」
「ああ。その左目は、君の力の発露のひとつにすぎない。君が元々持っているポテンシャルはもっと大きいからな。
だが、僕が守るのはその君自身の成長性ではない。もっと確実に存在する、君の中の『宝』だ」
「?」
「もったいぶるんじゃねえ。要点を早く言えよ」
綺羅が首をかしげ、希瑠が急かす。
だが、カルキノスは理里だけを見て告げる。
「ああ、話そう。これを知った時、君は全ての真実を知ることになる。
なぜ、君だけが最弱のリザードマンだったのか……そして、君の正体を」