133. 救いの鋏
「禁断の、力……? カルキノスだって」
理里は理解が追い付かない。だが、頑強な青い鎧に身を包んだ小柄な青年は、両腕を交差させてペルセウスの斬撃を受け止めながら語る。
「君の力は、邪眼なんてちっぽけなものじゃないんだ。エキドナとテュポンの子の中で、最も大きな可能性を秘め、あのテュポンを超えうる存在。それが、君だ」
「そんな……俺が?」
理里はそう呟くことしかできない。
「ただ――今、全てを説明する余裕は、ない!」
一発の拳を防がれたネメアは、カルキノスに拳の連撃を始めた。だが、それをカルキノスは身ひとつで耐えている。
「ネメアの拳撃に耐えるだと!?」
「馬鹿な、十二星将でも指折りの膂力だぞ!」
牛とガゼルの角の英雄たちが息巻く。
「ふしぎ、だね」
「うん、ふしぎなちからを、感じる」
双子は無表情で見守っている。
「ぼ、僕の星毛を……!」
アリエは驚きながら、怒りで歯を鳴らす。
「――吧ッッッ!!!!」
風が舞い、ついにカルキノスは拳の嵐を打ち払った。衝撃波で庭の雑草と花々が揺れる。
「馬、鹿な……」
ネメアがあっけに取られている。
「俺の、星の拳の連撃を耐えるなど……!」
「これも……彼に貰った力だ」
カルキノスは理里を振り返ってそう言う。
「俺が……?」
「詳しい話はあとだ。まずはこの場を離脱しなければ」
そう言うとカルキノスは、懐から取り出した小さな笛を吹こうと、
「させるか!」
アリエの金の毛玉が飛んでくる。しかしカルキノスは、いとも簡単に籠手の鋏でそれらを切り裂いた。
「なっ……星の糸だぞ! なぜ切れる!」
「残念。僕のこれも星の鋏だ」
そう言っている間に、笛はカルキノスの唇に当たる。
「させるか!」
アンドロメダを降ろしたペルセウスが神剣ハルパーを構えるが、間に合わない。
プーッ、という間抜けな音が鳴ると、カルキノスの足元が光った。
いや、彼だけではない。理里、綺羅、吹羅、恵奈、希瑠……怪原家全員の体の周りが光っている。瓦礫に埋もれた者まで。
「さよなら。次に会う時が君たちの最期だ」
カルキノスがそう言うと、ひとりと五匹の身体がにわかに光り、消えた。
「……どうする、ペルセウス」
ガゼル角の英雄が困ったように問う。
「……想定外の事態だ。怪原理里をよく知る英雄にも、判断を仰ごうか」
ペルセウスは、誰も居なくなった家の瓦礫をつまみ上げ、静かに指で砕いた。




