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星狩りのレプタイル ー邪眼の蜥蜴と夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第6章 第1節「黄道十二星将」
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132. KNOCK ON YOUR INNER GATE

「ペルセウス!」


 その名前は理里でも聞いたことがある。


 ヘラクレスと並ぶ、古代ギリシャの二大英雄。蛇神メデューサを討伐し、海の怪物ケートスを滅ぼし、王となった海神の子。


「我ら怪原家の先祖の仇……! ついに、それほどの相手が出てくるまでになったか!」


 吹羅が苦い顔をする。


「ひいおばあちゃんの……」


 綺羅は呆然と立ちつくしている。

 理里も同じような状態だ。


「そんな奴が、俺を消しに……?」


「ああ、君を消しに。そして、妻を助けに来た」

「……!」


 アンドロメダの存在がバレている。


「……なら、状況は分かってるだろう? あんたの奥さんの命はこっちが握ってる。下手な動きはやめた方がいいぞ」


 理里は頭上のペルセウスを睨みつける。だが、


「今、アンドロメダの側に付いている者はいないだろう。エキドナもケルベロスも寝たきりだ。その脅しは通らない」

「っ……吹羅!」

「承知ィ!」


 吹羅が急いで家の方に駆け出すが、


「……させない」


 ペルセウスが、理里に向けていた剣を水平に構える。

 剣……というより、それは鎌に近い。刃はほとんど円形で、円の中心付近をくり抜いて四分の一をケーキのように切り取ったような形をしている。


「吹羅、気をつけろ!」


 悪寒をおぼえた理里は吹羅に叫ぶが、


「……ンッッッ!!!!!」


 振り抜かれた刃、その水平の軌道から生まれた衝撃波が吹羅へと飛翔。


(大丈夫だ、うちには父さんの結界がある!)


 理里は思い出す。

 怪原家の周囲にはテュポンが遺した結界が張られている。その結界はあらゆる攻撃を通さず、怪原家以外の者の侵入を拒む。怪原家の者が出入りする時に、その周辺だけ開かれる弱点はあるが。


(今までこの結界を破った英雄は、その弱点を突いたアリスタイオスしかいない……真っ向勝負でこの結界を破った奴はいないんだ! たとえ最強の英雄でも、魔神が作った結界は壊せない!)


 斬撃が結界とつばぜり合う、強烈な金属音が辺りに響く。野次馬のように集まっていた人々も、徐々にその場から逃げ始めた。


(大丈夫だ、防げる……)



 ーーバリン。



 あっけなく、その音が鳴り響く。


「っ!?」


 斬撃が白い邸宅に向かっていく。


「やめろーーーーッ!!!!!!!!」


 ……真っ二つ。


 水平に斬られた家の二階より上が宙に浮く。一階から階段を上りかけていた吹羅が驚いているのが見える。


「そこだ……ンッ!!」


 ぶうん、とペルセウスが剣をもう一振りすると、二階と三階

がさらに水平に分断され、もう一振りで三階が垂直に割れる。

 その右側の破片からアンドロメダが顔を出した。


「いやああああああ!?」


 瞬間、ペルセウスの姿がかき消える。

 それと同時に、どうん、と全ての家のカケラが地面に落ちる。


「ああっ……」


 愛しい、我が家が。

 十五年間理里が育ってきた家が、見るも無惨に崩れ去ってしまった。もうもうと土煙が上がり、白亜の邸宅は影もない。


「この鎌剣(ハルペー)に、斬れない物はない。たとえ魔神の結界だろうと」


 やがて霧が晴れてゆく。それが明らかになるにつれ、瓦礫の山と化した怪原家の惨状がより露わになる。希瑠の細い腕が、恵奈の黒髪が、吹羅の小さな足が埋もれているのが見える。


「あ……あ」


 その瓦礫の山の上で、ペルセウスはアンドロメダを抱いている。


「大丈夫かい? アン」

「え、ええ……!」


 アンドロメダは目がハートになっている。頬が紅潮し、自分を片手で抱いたペルセウスから目を離さない。


 ――理里の意識が平静を取り戻す。



「……蛇媓眼ッ!!!!!」



 叫び、ズボンのポケットに入れた左眼に手を伸ばすーー


「おっと? そうはいかないさ!」


 鈴のような声。


 ポケットから出した右手が、ふわ、と綿のような何かに包まれる。邪眼の光は綿にくるまれて出てこない。


「!?」


 振り返ると、パーマがかかった金髪の少年が宙でニヤニヤ笑っていた。


「キミの左眼は今、身体の一部じゃない。鉄砲や弓と同じ飛び道具になったのさ。だったら取り上げちゃえばいいだけさ」


「お前ッ……!」


「お前だなんて失礼しちゃうのさ。僕はアリエ、牡羊座(アリエス)のアリエ。アリー、って呼んでくれると嬉しいのさ」


 柔らかいパーマの短髪を揺らし、少年は笑う。


「ふんわりふわふわ、星の糸玉。『星毛(せいもう)ハマル』は緩やかに君を締め上げるのさ」


 理里の右手を包んでいた綿……いや羊毛は、見る間にわたがしのように膨らんで理里の身体を覆う。


「がっ……」


 目や鼻、口にまで羊毛は侵入し、呼吸ができなくなる。


「うふふ、その調子、その調子さ。天上の心地良さに君は殺されるのさ」

「っ……っ!」


「オイオイ、そんな簡単に終わらせちまっていいのかい? 魂を消し飛ばす化け物だぜ」

「労力が少ないに越した事は無い。このまま見守っておけばいだろう」


 ガゼルと牛の角の英雄2人が不敵に笑う。その間も理里の肺は酸素を求め続ける。


「おにい、ちゃん……!」

「いいや。『青い炎』は使わせない」


 綺羅が口を開き、火花を散らした時には、すでにヴィジュアル系の双子のうちの一人が彼女の肩を掴んでいる。


「あ、あ……!」


 すると、綺羅の口から溢れかけていた火の粉が、口の中に戻っていく。


 それだけではない。


『んゃち、いにお……!』


 ビデオを巻き戻すように、カクばった動きで綺羅はその場を2歩下がる。


「……!? いつのまに! はなしてっ」

「それはできないね」

「そうそう、できない」


 濃いブラックのアイシャドウを塗った双子のひとりは、無表情で綺羅の肩を持ったままだ。白いアイメイクのもう一人は退屈そうに後ろに立っている。


「『星手(せいしゅ)カストル』。この手で触ったものの時間を巻き戻せる。君が何をするつもりだろうが、それを行う前の状態まで君を巻き戻す」

「そうそう、巻き戻す」


 右耳、右腕、右脚、身体の右側にメタルアクセサリーを着けた英雄の、右手に嵌めた手袋には青い宝石が輝いている。


「僕が触ってる限り、君は何もできない。胎児まで巻き戻すこともできるけど、そうはしない。リザードマン以外は排除不要らしいから」

「そうそう、らしいから」


 体の左側にアクセサリーを集中させた青年が相槌を打つ。


「見ての通り、僕らは双子座(ジェミニ)。君とヒュドラも双子らしいね。だが、僕らの方が強いよ」

「そうそう、強い」


 無表情のまま、双子がうなずく。


「……ふ、ふざけ、ないで……! きらは、おにいちゃんを、」


 再び綺羅は『青い炎』を出そうとするが、


『をんゃちいにお、はらき !……でいな、けざふ、ふ……』


 またしても『巻き戻され』るだけ。


(くっ、どうする……!)


 酸素の足りない頭で理里は必死に考える。


(この綿みたいなの、なんで蛇媓眼が効かないんだ……! 有機物には効くはずなのに)


「うふふ、死ぬさ、死ぬさ。じわじわ死ぬさ」


 カラコロとアリエが嗤う。


「……アリエ、何を遊んでいる」

「?」


 アリエが振り向いた先に、ボサボサの長髪の男が降り立った。


「……何だ、ネメアさ。せっかちにならなくとも良くないさ? こいつ邪眼を封じれば雑魚だしさ」


 ネメア、と呼ばれた男はは不服そうなアリエに首を振る。


「念には念を入れておこう。生かしておく時間が長ければ、それだけこちらのリスクも上がるんだ」

「……はいはい、仕方ないのさ」


 アリエは羊毛を操り、金の毛で巨大な十字架を作りあげる。理里はそこに磔にされる。


 ネメアがぐぐ、と固い拳を構える。



「……世界の為の、犠牲となれ」



 自分の死を導くその動作さえ見えないまま、理里は金の羊毛に目も耳も塞がれている。


(ついに……死ぬのか?)


 そう思うと、これまでの色々なことが脳内に蘇ってくる。


 小さい頃、好きだったポテトサラダの甘さ。初めて自転車に乗れた喜び。旅行で行った沖縄の海のきらめき。なんでもなくテレビを見て過ごした、穏やかな日。


 そのすべてに家族がいた。理里には友達がいなかった。一生のほとんどの楽しみは、家族とともに過ごした。


 お調子者の希瑠。格好つけているが、実はメンタルが弱い吹羅。引っ込み思案だけれど優しい綺羅。そんな皆を支えてくれる母親、恵奈。


 そして――珠飛亜。

 理里の一生に離れることなく付き添った(付きまとった)女性。自分がまだ母の腹にいる頃から存在した、ただひとりの姉。

 正直迷惑していた。ウザいと思っていた。だけど、あの太陽のような笑顔、春の小鳥のような軽やかな声、夏の日にきらめく白い歯は――明るかった。その明るさで、俺の人生を照らしてくれた。


 その光を俺は、自分の手で壊した。俺があの時邪眼を撃ったから、珠飛亜は死んだ。跡形もなくこの世から消えた。

 あの日から、俺の視界は真っ暗だ。くり抜かれた左眼だけではない、目に映る景色が暗いのだ。希望が見えない。何も見えない。


 いっそのこと、何も考えなくていい暗闇に自分を放り込んでくれるなら、死という安らぎは、俺にとってきっと救いだ。


(やっと、死ねる――)


 十二星将の拳が、今、その瞬間をもたらす――




「そうは、いくか」




(……え?)



 声がした。


 耳は塞がれているのに、その声は届いた。


 なぜなら――理里の胸の中から、それは聞こえていたから。



「君はまだ生きねばならない、怪原理里」



(誰だ……誰だ!)


 理里には見えない。だが、その者の声ははっきりと響いている。身体の中に、内臓を震わせて。


 そして――理里の胸から、()()は躍り出た。


「――!」


 視界がパッと開ける。羊毛が切り裂かれる。久々の月明りが右目を刺す。


 そして、()()は理里の目の前で拳を受け止めていた。


「君は――この世界の希望。そして絶望。その願いの果てを、()も見届けたいんだ」


「誰だ、お前!」


 それは――答える。


「僕は、カルキノス。君の中にある、()()()()の番人さ」


 そう、答えた青年が着る青い()の籠手は、蟹の鋏に似ていた。

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