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星狩りのレプタイル ー邪眼の蜥蜴と夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第6章 第1節「黄道十二星将」
131/165

129. Rising Sun

《同日、同時刻》


 田崎蘭子の朝は早い。


 朝4時に目覚め、コップ1杯の水で喉を潤した後、軽いストレッチ。腕立て伏せ・スクワットを各300回ずつ、その後体幹トレーニング。それら全てを終えた段階で10kmのジョギングに出る。


 朝日が木漏れる山道、大滝から繋がる柚葉川のせせらぎの音が蘭子の心を和ませる。それを聞きながら蘭子は一定の調子で走る。観光客向けに舗装されたアスファルトを蹴る、タン、タンという足の音が小気味よい。


(うむ、今日もいい日和だな)


 二週間前、蘭子はこの山道でのレースで怪原家に敗れた。彼女の人生で2度目の敗北。しかしその敗北は、彼女の人生を新たに開くきっかけとなった。


(最速の英雄アタランテではない、田崎蘭子としての新たなスタート。それを切らせてくれたのがこの場所)


 前世の故郷であるギリシャの山々とは、生えている木々も駆け回る動物の種類も全く異なる。だが、この水彩画に描いたような色合いの山を、いつしか蘭子は好きになっていた。


(そもそも「和」の趣が私は好きなのだな)


 蘭子が転生した田崎家は、弓道の大家だ。2度目の幼児期のほとんどを、蘭子は冷たい弓道場の上で過ごした。父はとても厳しく、弓の鍛錬の邪魔になるものを蘭子の生活から全て排除した。


 だが、


(その生活は、実に私に合っていた)


 元々、蘭子は「速さ」の為に全てを捨ててきた人間だ。安穏な生活も、女性としての魅力も、幸せも、我が子でさえも。そんなストイックな彼女にとって、無駄を排除して武道に浸かる生活は慣れ親しんだものだった。


(元々、弓は得意だったしな)


 数多くの英雄が集った古代カリュドーンの大猪狩りで、最初の矢を当てたのが蘭子だ。アタランテといえば、瞬足と同時に弓の英雄としても知られている。その弓術の修練も嫌いではない。


(ま、私の弓は『狩弓』。この国の弓道とは趣が異なったわけだが)


 その辺りをこの時代での父によく叱られたものだ。


『お前の弓は、道を外れている。弓道ではない、生存のための「狩り」の弓だ』


 実際にその為に使ってきたのだから、仕方なかろう。

 だが父によれば、ただ的に当てれば良いというものでもないらしい。


『真なるものは美しく、善なるものは美しい』


 そう、彼はよく口にする。


『なればこそ、お前は美しい』


 最近はそう言うようになった。


(私の弓も、あの父の言う弓道とやらに近付いてきたのだろうな)


 しかしこうも言う。


『お前はまだ美しくなれる。常に励め、真であり、善であり続けよ』


 善であるつもりなど毛頭ない。私はただ、己の心の欲するままに生きるだけだ。


 だが、その行動が悪い影響を周囲に及ぼさなくなった時、私は「真」であり「善」となるのだろう。儒学の祖の言うように、自分の欲望に従って動いても、社会規範を逸脱しない状態……その精神を持てば、社会でこれほど生きやすいことはない。その存在は害を為さず、世の中を好転させ、美しい人格を持つ者として尊ばれていくだろう。


 けれど、


(私は、そんなものどうでも良い)


 私は私の道を往く。そこに何が立ち塞がろうが知った事ではない。いま東の空から登る太陽のように、全てを焼き尽くしてなお輝き、最後には大爆発を起こして消える。それこそが、私の人生。そこに美しさは、要らない。


 あのただひとつ輝く太陽のように、他の全てを圧倒して輝き続けるーー


「……む?」


 蘭子は、その『日光』に違和感を覚えた。


 いま、太陽は東から徐々に昇ってきている。だのになぜ、西から(・・・)空が明るくなっている……?


「……っ!?」


 ごう。

 北に向けて走っていた蘭子の頭上を、巨大な光の玉が左側から通過した。


「いまのは、いったい……」


 マッハで通過した、ちょっとした飛行船くらいありそうなサイズの光球は、一直線に東に進んでいく。その目指す先にはーー


「……怪原家!」


 蘭子はきびすを返し、全速力で走り出した。

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