127. もうひとりの大英雄
英雄は、動じない。
いかなる時も余裕を持ち、希望を持って前に進み続ける。そしてその希望を皆にも呼び起こし、的確な手段でもって勝利へと至る。それが英雄というものだ。
銀色の短髪を切りそろえた地肌に風を感じながら、男は白亜の都市を見下ろしている。
オリンポス。神々の住まう都。
我々が幾度となく守ってきたこの楽園。怪物、巨人、そして異世界の神々……数多の敵との戦いを経て尚、この都は燦然と輝いている。
しかしこの都は二度、炎に包まれた。このギリシャ神界で生まれた、史上最悪の魔神によって。
あの魔神は宇宙そのものを破壊する力を持つ。新たな創造を行うために、全てを破壊し、ゼロに戻すために生まれた存在。それがかの魔神、テュポンだ。
だが、そのテュポンよりも、男はかつて戦ったあの蛇神を恐ろしいと感じていた。
(メデューサ……今となっては、遠い昔だ)
テュポンの破壊には『動作』がある。持ち上げた皿を落として割るように、身体を動かし、力を加えることによってテュポンは対象を破壊する。
しかし、
(お前は「見る」だけで相手を滅ぼすことができた)
痩躯の男は、右の瞼に手を当てる。特殊な金属で作られた眼帯の感触が、男の指先を冷やす。
(そのプロセスの単純さがお前の恐ろしさだ。防ぎようがない邪眼。生物であれば何だろうと石に変えられる。たとえ神々であろうと……そして、今)
男は眼帯から指先を離す。
(お前の子孫が、お前に等しい力を得、ヘラクレスが敗れた。ならば……その存在を断つのは、俺しかいない)
妻が行方不明だろうと。無二の友を失おうと。たとえこの身が朽ち果てようとも。
「このペルセウス、全霊を以て神々の脅威を断とう。
――行くぞ」
白いマントを翻した男に、控えていた十二の影が付き従っていく。