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124. 失いたく、なかった

「フシャーッ」


 蛇に逆さづりにされたアンドロメダは、恵奈の部屋で怒った猫のように息を吐いている。

 そんな彼女を、ベッドに身を起こした恵奈はまじまじと見た。


「これがアンドロメダ姫? あの?」

「左様にございます! いかがいたしましょうか母上、蛇責め? 水責め? 亀甲縛りからの鞭打ちもありますぞ!」

「拷問から入るのは良くないわ。まずは対話からよ」

「私あられもない姿で拘束されているのですがそれは!?」


 アンドロメダが憤慨するが、恵奈は冷ややかに、


「何をするか、どんな力を持っているのかも分からないのだから仕方ないでしょう。対話ができる状態くらいは作らせてもらうわ」


 1ミリの敬意も無い目でアンドロメダを見下す。


(こういう時の母さんは恐いな……)


 理里は半分蛇化した吹羅の後ろで震えた。


「さて、ベッドの上から失礼するけれど、二、三質問をさせていただくわ。アンドロメダ姫、あなたはなぜここに来たの?」

「機密事項です。言えませんわ」

「翼の生えた靴の操作に慣れなくて落ちてきたのです!」

「言わないでくださいまし! ……あ」


 アンドロメダがしまった、と口を開けた。


「はあ……どうやら本当のようね」

「ま、まさかここに落ちるとは思っていなかったのです! ヘルメス様の神器を久々にお見掛けしたので、すこ~しだけ履いてみたいなんて思ったら、こんなことに……」

「英雄の妻の所業とは思えないわね」


 恵奈は呆れている。


「失礼な! 誰に向かって口を効いているのです、わたしは王妃アンドロメダですよ!」

「ええ、そうね。けれど、あなたの地位など私達には関係ない。私達は怪物、貴方とは違う生き物。人間の社会での地位は通用しない」


 冷徹きわまる恵奈のまなざしに、アンドロメダは「ひっ」と声をあげて黙り込む。


「確かに私達が今、人間の社会に寄生しているのは認めるわ。けれど、だからといって魂まで人に売ったつもりは無いの」

「ふ、ふん、そうですか」


 アンドロメダはぼそぼそ呟きながら目を逸らす。


「しかし今、気になる事を言ったわね。『久々にヘルメスの神器を見た』と」


 恵奈の言葉にアンドロメダは再びぎょっとする。


「そ、そんなこと言いましたかしら!?」

「ペルセウスに貸し与えられたヘルメスの靴は、メデューサ……わたしの祖母を討伐した後、ヘルメス神に返却されたはず。それが、司令官とはいえ一英雄の、妻のあなたが触れられる場所にあった。これが何を意味するのか」

「……!」


 思ったよりもまずい失言だったようだ。アンドロメダの顔が青ざめていく。


「ああ、貴方は答えてくれなくていいわよ、表情で判断するから。

 ヘルメスの靴は、かつてペルセウスに貸されたことがある。メデューサを滅ぼすために、神々が貸した数々の道具のひとつとしてね。貴方が履くことができたのは、それが履けるほど近くにあり、かつ見張りを警戒する必要もなかった……つまり、ペルセウスの近くにあった。再び貸し与えられたのね」

「!!!」


 アンドロメダの顔が皮を剥いたナスのように青くなる。そろそろ可哀想になってきた。


「ペルセウスに神器が貸し与えられた――それはつまり、強大な敵との戦いが近い事を意味する。この場合に考えられる敵とは、私達怪原家以外にいないわね」

「あわわ……」

「ヘラクレスを倒した私達……正確にはりーくんを神々は危険視した。よって、神器で最大限まで強化した最高戦力のペルセウスを送り込むことにした。他の精鋭も投入して、この際私達を一掃する考えもあるかも」

「ふぐう……」

「どう? だいたい合っているかしら」

「……私の口からは言えませんわ。ただ、顔に出やすい方なのは自覚しております」


 アンドロメダはしゅんと眉を下げた。いや、逆さ吊りだから上げたのか?


「しかし貴方も、ただ履いてみたくてヘルメスの靴を持ち出したとは考えにくいわね。何か考えがあっての事でしょう」


 恵奈が問うと、アンドロメダの大きい瞳が潤む。


「……そうです。誰が愛する人を死地に行かせたいものですか! だから、これを持ち出した…!

 そこのトカゲ男は、あのヘラクレス様すら倒したと聞きました……私はペルセウス様が天界で最も強いと信じていますが、天界守護の双翼をわが夫と担っていたヘラクレス様が斃れたとなれば……! わたくし、もう心配で……!」


 逆さまのひたいを涙が伝う。

 恵奈は、複雑そうな目でアンドロメダを見る。


「私にも、その気持ちは分かるわ。夫を戦いに送り出すなんて考えたくもない。……まあ、私は送り出すことさえできなかったのだけど」


 ふふ、と恵奈は乾いた笑いを響かせる。

 理里たちの父・テュポンは、十五年前、クリスマス前に忽然と消えた。天界に戦争を仕掛けていたと恵奈が知ったのは、彼が消えた後だった。


「なぜ私に一言も相談してくれなかったのか、ときどき怒りを覚えることもある。あの時止められていたら……だから、貴方が可哀想だとも思うわ」

「……」


 アンドロメダはとつとつと語りはじめた。


「ペルセウス様は、私を戦いに出すことさえ許してくださらなかった……私が星の座から降ろされたのは、夜空ではテュポンとの戦いに巻き込まれる危険があったからです。神界軍とテュポンとの戦いは宇宙さえ揺るがしました……。

 ですが、私だって星の力を持っています! 大銀河の星々だって、今は私の魂の中にある! 並の〝星将〟より余程強いはず! ですが、ですが……」

「ペルセウスも、あんたが大事だったんだな」


 憂いを帯びた瞳で理里がつぶやく。


「ええ、その愛も無論理解しています。ですが、ペルセウス様は私に対して過保護なのです! 包丁でケガをすると危ないから料理はするな、大好きな花の世話も侍従に任せろ、あげく誰に狙われるか分からないから外には出るななどと……」

「……そりゃ相当だな」


 もしかすると珠飛亜より酷いかもしれない。過保護も考えものだ。


「私は、愛するお方と対等でありたいのです! ペルセウス様と共に並び立って、天界の守護をお助けしたい。そんな私の気持ちを無視しないでほしいのです! ……あなたたちにこんなことを言っても、仕方ないかもしれませんけれど」


 アンドロメダは苦笑する。

 恵奈が目を伏せて、決意するように口を開く。


「……幸せを願ってあげたいのは山々だけど、貴方を神界に帰すわけにはいかないわ。貴方は敵の司令官の妻。これほど価値ある人質はいない」

「ええ、そうです。今回のことはすべて私の失態。……あのお方に、迷惑をかけるくらいなら……!」

「!」


 瞬時に吹羅がアンドロメダのあごを握り、強引に口を開かせる。


「舌を噛み切る気だったな! 自害はさせんぞ」

「っ……」


 恨めしげにアンドロメダが吹羅を睨む。


「……りーくん、タオルを取ってきて。今みたいな状況が予想されるから、猿ぐつわを噛ませておきましょう」

「ああ、分かった」


 理里は悔しそうなアンドロメダを振り返りながら、部屋を出た。


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