105. 忘れ物
「わっすれっものおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
「っ!?」
天守閣に向けて理里が走りだすと、超特急で駆け戻ってくる人影が。
厳密には『人』ではない。メイド服の短いスカートの裾を振り乱し、およそ人間を超えた速さで走ってくるその影は、
「はあ、はあ……わたしとしたことがりーくんを忘れるなんて! 穴がなくてもはいりたいよ~」
「それだけの理由で戻って来たのかお前」
誰あろう珠飛亜である。ゼエゼエと息を荒げ汗をかいて、乱れた胸元から谷間が見えるが気にしない。
半ば呆れるが理里は足を止めない。珠飛亜も急旋回、理里にペースを合わせて走りはじめる。
「りーくんのいない潜入作戦なんてイチゴの入ってない大福と同じ!」
「普通の大福作ってる人に超失礼なんだが!?」
と、くだらない掛け合いをしている間にも城門が見えてくる。当然のように警備員が二人、阿吽の仁王像のように立っている。
が、
「"菫青晶の舞付師"!」
珠飛亜はスカートのポケットからペットボトルを取り出して蓋を開け、
「『流水輝虹帯』!」
水は技名の通りリボンの如く飛び出し、門番の頭上の窓の格子に巻き付く。
「いくよっ!」
「ちょ待っ!?」
理里は珠飛亜の脇にがっしと抱えられ、縮んでいく水のリボンに乗って一気に窓枠まで飛ぶ。
仁王のような門番は前方から真上に向けて飛んでいく影に気付かない。『魂の光学迷彩』で不可視化された理里たちは通常の人間が見ることができない。
「よっと」
水のリボンはメジャーのようにペットボトルに巻き戻り、珠飛亜と理里は窓枠に張り付く。
邸内からはジリリと警報が聞こえる。吹羅と綺羅の陽動が成功したようだ。
「どうする、ここから潜入する?」
「うーん、今さらなんだけど外壁を登った方が早くないか」
吹羅と綺羅が一階で陽動を起こし、珠飛亜と理里、恵奈と希瑠のペアは別々のルートで潜入し麗華の部屋を目指すのが今回の作戦だ。だが、ここへ来て理里には今思いついた案の方が現実的なような気がしてきた。
白い漆喰の(ように見える)外壁には、特に外敵を撃退するような設備が見られない。あくまで個人の邸宅ということか。
「油断はできないよ、何が隠されてるか分からない。……それより、わたしが上まで飛んだ方が早いんじゃない?」
「そうか! その手があったな」
理里はポンとおでこを叩いた。
「おにいちゃんはこんなことも思いつかないなんて……やっぱりおつむがザコいよね~」
「潜入作戦って響きにテンションが上がってたんだろ。男ってのはそういうもんさ」
「やだかっこいー。ま、それはそれ」
棒読みの珠飛亜だったが気を取り直し、
「いよっ」
メイド服の背中のボタンを外すと、純白の翼が彼女の背に広がる。
「うん、いけそう。りーくんはこのまま背中にいてね♡」
にかっと笑う珠飛亜は、ぱっと窓枠から手を離して飛び立った。
(待っていろ……絶対に殺してやる)
珠飛亜の背中にしがみつき、理里はメラメラと闘志を瞳に燃やした。