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103. Masquerade

《五月五日 AM2:00 往魔邸外縁》


「……すっげーな」


 柚葉市南部、巻追(まきおい)駅近くのコインパーキングに止められたワゴン車から降りた理里は、目の前に広がる壁の()()に唖然とした。


 駐車場から出てすぐに突き当たる、江戸時代の城の周りにめぐらされたような漆喰の壁は、左右の端が遠すぎて見えない。一駅間すべてがこの家の敷地である、という噂もあながち間違いではなさそうだ。


「おおー。こりゃ潜入しがいがありそうだぜ」


 助手席を降りた希瑠がひゅう、と口笛を吹く。続き、運転席のドアを閉めた恵奈は嘆息した。


「確かに、理論上可能な作戦だけど。そう簡単にいくのかしらね」

「母さんは慎重すぎるんだって。こういうのは勢いが大事なんだ勢いが」


 希瑠が熱弁したが、恵奈はやれやれと首を振るばかりだ。


「なっははは! 口ほどにもない城よ、一騎当千の我ならば瞬で破れようぞ!」

「ひゅらののうりょく、どっちかというと『たいきゅうけい』でしょ。『ふぃじかる』もそこまでないくせに」

「ごはあ! 辛辣ゥ!」


 大見えを切った吹羅が綺羅に毒を刺されている。毒蛇は吹羅の方なのだが。


(……っていうか綺羅、あんなきつい物言いしたっけか?)


 今までも吹羅に対してだけ全くどもらなかった綺羅だが、ここまで厳しい言い方をするのはめずらしい。あの『凍結事件』があってから、二人の関係は少しずつ変わっているようだ。ある意味で打ち解けたような部分もあるのだが。


 それはそれとして。


「いやっほーう! りーくんといっしょに潜☆入☆作☆戦っ☆ これはおねえちゃんのバイブスもアゲよりのアガりけりだよーっ!!」


「騒ぐな、屋敷の人間に気付かれる。あとギャル語と古語が混ざって意味わからん」


 はしゃぐ珠飛亜の頭をひっつかんで下げさせ、理里はたしなめた。しかし珠飛亜はその『礼』の体勢のまま腕をばたつかせ、


「だってだって、こんなのはじめてだもん! それにこんなステキなコスチュームも着てるしっ☆」


 きゃぴーん、と珠飛亜は自身と理里の服を指さした。


「なあ兄さん。本当にこんな変装、必要だったのか?」


 そう、珠飛亜から兄に向き直った理里が纏っていたのは執事風のスーツ。ごていねいに白手袋、片眼鏡までしている。その腕に押さえつけられた珠飛亜は、不自然なほどスカートが短いメイド服だ。


 これらの衣装は、希瑠がコスプレイヤーの友人から借りてきたらしい。結構直前になって、『潜入するならこの中から衣装を選んでくれ』と言われ、われよあれよという間に理里たちは仮装集団と化してしまった。


 得意げな希瑠は悪びれもせず答える。


「正直言って、ぜんぜん必要ないっ!」

「「「「「ないんかい!!!!!」」」」」


 総ツッコミが入る。


「いや確かに我もちょっと思ってたが! そこは何か理屈をつけてほしかったぞ!」

「潜入と言えば変装! いわばモチベを上げるためだけのもんだ! 俺たちは『魂の光学迷彩』があるから、姿はお互いと英雄にしか見えないしな」


 青とピンク、おそろいの忍者装束の吹羅と綺羅が、希瑠の物言いにげんなりする。吹羅はノリノリで衣装を選んでいたはずだが。


「まー、確かにね。でもわたしはうれしいよ、イケメン執事のりーくんが見られて♡」

「勝手に言ってろ」


 理里もこの衣装にほんの少しテンションが上がっているが、それは表に出さない。


「で……」


 と、幽霊のような表情の恵奈が希瑠を睨めつける。


「なんで私だけ、こんな格好なのよ!」


 ビシッ、と恵奈が指をさすと、その勢いで巨大な肉まんのような乳房がたぷん、と揺れる。谷間が露わになったそれらは黒い、ぴっちりしたラバー素材のスーツに包まれており、胸元のチャックが大きく開かれている。 (たぶん入らなかったのだろう)


 全体的に見ても、二の腕、ちょっとぷっくりした腹部、豊かな臀部(でんぶ)などにスーツが密着していて体の形がよくわかる。いわゆる女スパイによくあるコスチュームだが……これは少し恵奈にはキツかったかもしれない。


「は、裸より恥ずかしいわこんな格好! 必要ないなら今すぐ脱ぎ捨てるわよ」


「えー、いいじゃんかっこよくて。大人っぽいママにはぴったりだと思うよ?」


「だろッ珠飛亜! 俺様の神チョイスに感謝してほしいもんだぜ! この人だけはサイズがないからちょっと勘弁してと友人に断られ、わざわざ海外の通販サイトを漁ってやっと見つけたこの衣装ッ……この絶妙なムチムチ感、傍目から見ればあれちょっとキツいんじゃねと思うがそれが逆にイイっ! うわキツ最高、うわキツこそ至高だぜッッ!!!」


「OK、張っ倒していいわね」


 恵奈が冷たく述べた時には、すでに音速で吹っ飛んだ希瑠が往魔邸の外壁にめりこんでいる。これで何かのセンサーが作動したら本末転倒である。


「しかし、兄さんはなんでそんな格好なんだ? その……マ〇オみたいな」


「ああ、こへはぎゃ(これはな)


 遠くで外れた顎を手でゴキッと戻して、希瑠は赤T&赤帽子&オーバーオール&つけヒゲの理由を解説する。


「古来よりあのヒゲは数々の城に侵入し、カメの亜種みたいな魔王をぶちのめしてきた。その勝率は実に百パーセント! これは潜入ミッションを行う上で、最高のジンクスをもった正装なのだッッッッ」


「本音は?」


「母さんの衣装を買ったせいで貯金がゼロになりまして、仮装大会で昔着たこの衣装を着るしかなかったんです」


「情けねえ……」


 理里は呆れたが、希瑠は瞬時にテンションを取り戻して(とき)の声をあげる。


「さあ、怪原家初の潜入ミッション開始だぜーっ! みんな俺様についてこおおおおおおおい」

「あっ兄上、抜け駆けはならんぞ! 一番槍はこの我じゃっ」

「ちょっとひゅら、まってええええ」

「えー、もうみんな行っちゃうの!? それじゃおねえちゃんもれっつごー☆」

「あ、ちょっと待ちなさいみんな! まだ話は終わってないわよっ」


 即座に「ゆらぎ」を纏い、『魂の光学迷彩』を発動させた五人は、超人的跳躍力で高さ三メートルの石壁をひとっとび、軽々と往魔邸への潜入を成功させてしまった。


「……はあ。もう、どうにでもなれ」


 波乱の潜入ミッション兼仮装大賞の、幕開けである。


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