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100. 増援

 決戦は何曜日? すぐそこまで迫っている。


 世界の存亡などいざ知らず、ただ自分たちの生存を願うバケモノと、自らを捨てて世界を救わんとする英雄たち。(もつ)れ縺れた彼らの戦いには、ひとつの区切りが近づいている。


 正義はどちらか、悪はどちらか。『一般的』な解答はすでに見えていて、それでも譲れぬ戦いがある。


 どちらの正義に軍配が上がるか、御照覧あれ。





《二〇一八年五月三日 午前九時》


 憲法記念日の朝、生徒会室の鍵は開いていた。


 入口の引き戸に()められたすりガラスの向こう、ぬっ、と黒い影が表れるのを、黒板前の席に座った手塩は見た。


「どうぞ」


 大きめの声で促すと、影はその巨体を少しかがめてゆっくりドアを開けた。小さめの袋に布団を押し込むように、ぎちぎちと身を縮ませ、ようやく抜けた時には八秒ほど経過していた。


 現れたのは、東大寺の門の両脇にでも立っていそうな大男である。岩山を人の形に彫り上げたような頑強な体つきだ。大胸筋は今にも破れそうな白いタンクトップを押し上げ、下は迷彩柄のズボンと、どこで買ったのかわからないほど大きい黒ブーツ。ぼさぼさの長髪は金色で、かきあげた前髪の一部は稲妻型に曲がっている。


 巨体をようやく広げた彼は伸びをする。が、


「おっと」


そのたくましい両腕は、伸び切らないまま天井に触れてしまった。


「ヤア、どうもこの国の建て物は小さくて困る。出入口もろくに通れんばかりか、天井までこの低さとは」

「それは貴方の身体が大きすぎるだけですよ」

「ハッハハ。これはしたり」

 巨影は手を叩いて豪放に笑う。その大声は部屋の窓にヒビを入れんばかりだ。


 大笑いする彼の後ろから、三つの人影が遅れて姿を現す。ひとつは小さく、ひとつは中くらい、最後のひとつは巨人や手塩ほどではないもののの、それなりに背が高い。


 彼らを一瞥して、手塩はねぎらいの言葉をかけた。


「皆さま、長旅ご苦労さまでした。今回は我々の増援要請に応じていただき、誠にありがとうございます」

「ワハハ、いやなに、たまたま(オレ)も手が空いておったからな。()()との戦いも一段落、息をついたところに来たのがそなたの要請よ。ついでとばかり、暇そうなやつらをふたり連れてきてやったわ」


 巨影が後ろを親指で示すと、控えていた人影のひとりが反駁する。


「ふたりではありません。三人です」


 若い男の声はわずかに憤っている。なるほど後ろに控えた影は三つ。


「おお、そうだった……すまんすまん、キプロスの王よ」


 大男は素直に謝罪した。しかし、その左に控えた女はケタケタと笑う。


「あっきゃきゃきゃ! それを()()()と数えるの? もとより命なきもの、そして今命を失っているものがひとり? きゃきゃっ、これは笑わせてくれる」

「そこまでにしておけよ魔女。我が乙女の拳が貴様を穿つ前に」


 長身の男が両手を胸の前にクロスさせる。その手の皮膚を、だんだんと銀色のベールのようなものが覆っていく――


「ねー、身内で争ってどうするのぉ? そんなんじゃ勝てる相手にも勝てないよぉ」


 手塩の隣に立っていた麗華が、ふくらませたガムの風船を割ると、女と男は口を閉じた。間に立つもうひとつの影は微動だにしない。


「お二人ともよろしいですか? では、本題に入りましょうか」


 手塩は口論をしていたふたりに向けていた視線を大男に戻し、ふたたび口を開く。


「我が朋友にして、ギリシャ史上最高の英雄。十二の難行を制覇し、向かい立つ全ての試練を踏破した男、そして今なお乗り越え続ける男――ヘラクレス。あなたの加勢が得られた今、私は百人力だ」

「ふふ、そう褒めちぎられると照れるが……まあ仲良くやろうや、わが友よ」


 達磨(ダルマ)のように大きいヘラクレスの眼と、鷹のように鋭い手塩の目が合う。固い握手が交わされる。


 大迷宮ラビュリントスを踏破し、ミノタウロスを屠った〝冒険王〟テセウス。そして十二の功業を果たし、神界の最大戦力としてその名を誇る〝至高の英雄〟ヘラクレス。その二人の共同戦線が、今ここに成立したのである。


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