第八節
「生徒に危害を加える疑いのある者に見当がつきました」
休日二日目、小百合さんに学園長室に呼び出された俺(華香里は先日購入した服を藤花と見せ合っているため不在)は開口一番告げられる。
「やけに早かったですね。誰です?」
「学園理事会の副理事長であるカルミア・エイベル。二十七歳でこの学園の卒業生です」
「副理事なのに若いですね」
二日前に購入したペンダントを手渡しながら、差し出された人物写真に写るブロンドで長髪を後ろに束ねた女性を確認する。
「彼女は学園在籍時代にワルキュリアとして名を馳せました。当時の生徒の中では頭一つ抜きん出ていたようです。卒業後母国に帰り数年間国選ワルキュリアとして活躍後、日本に渡り、再びこの学園に副理事としてオファーを受けたようです」
国選ワルキュリアとはブレイサー同士の決闘によって国家間が交渉をおこなうことが一つの外交手段となった現代において国が代表として選んだワルキュリア――
「つまりはエリートであると」
そうですね。とだけ返してプレゼントしたペンダントを嬉しそうに眺める小百合さん。喜んでくれたなら贈った甲斐があったものだ。
「そんなエリートがどうして学園を狙っていると?」
本題はそこだろう、なぜ彼女だと分かったのか。
「理由は分かりません。ですが、カルミアは国選ワルキュリアを務めていた時期にこうおっしゃっていたようです『いつか権力に呪われた者共に相応の罰を受けさせる』と」
「それは確かな情報なんですか?」
国選ともなればその人物にはそれなりの待遇とそれに比例するだけの規制が敷かれる。そのような過激な話をすれば問題になるはずだが……。
「間違いないですよ、譲葉さんからの情報なので。彼女は私に嘘はつきません」
「……なぜ小御門先生が?」
「彼女、日本の前国選ワルキュリアだったんですよ。そこでカルミアと戦う時に話したとか」
知りませんでした? と微笑む。
「知るわけないでしょう……」
そりゃ手も足も出ないわけだ。
「まあ当時は名前も変えていましたからね。それにカルミアを疑う理由はその会話だけではありません。彼女が国選ワルキュリアを任命されてからその国では貴族派のブレイサーがたびたび行方不明になる事件が発生しています。そして辞任し、彼女が日本に渡航してからは――」
「今度は日本で行方不明者が出ていると。しかし行方不明になるのならその家が届け出たりして問題になるのでは?」
当たり前の疑問だ。一件や二件ならまだしもたびたび、それも貴族派で一貫して行方不明事件が起きるのなら騒ぎになっていなければおかしいだろう。
「それが行方不明になったブレイサーの家はどこもその事実を隠しているんです。表沙汰にならないので世間が知る由もありません」
「それは妙ですね」
貴族派からしてみれば彼らを貴族たらしめているものこそがブレイサーの存在であるというのに、あるいは隠さなければならない理由があるのか……。
「まあそのあたりの話は置いておきましょう。『権力に呪われた者』が貴族派のことを指しているとすれば彼女の行動と行方不明事件の一致は偶然とは思えない。これが私の結論です」
「話もおかしいところはないようですし……。であればカルミアが副理事という立場についている以上学園でもその行方不明者がでる可能性がある。しかし唯の疑惑だけでは彼女を押さえることは出来ない――だから現行犯で捕らえるしかないということですね?」
「残念ですがそうなります。最善手としては貴族派である学生全員の安否を確認し続けることですが……。現実問題そんなことは不可能です。せめて協力者でも割れればよいのですけど……」
苦々しい表情を見せる小百合さん。だが聞き逃せない話があった。
「協力者? 協力者がいるんですか?」
「恐らく。行方不明になるブレイサーの頻度は徐々に高くなっています。カルミアのギフトは瞬間移動の類のものではないそうなので、彼女の単独犯であるとするより協力者がいると考えるほうが妥当です」
なるほど……。よく考えてみれば今まで国選ワルキュリア、副理事という地位にいたのに彼女が全て独りでやり切っているというのは無理がある。ということは――
「学園にその協力者が紛れ込んでいる可能性もあると?」
「現実的に考えればそうでしょうね。その場その場で引き入れるというのは不確実ですし……。そこで、とりあえず菖蒲ちゃんには生徒の中にそれらしい子がいないか無理のない範囲で警戒してもらえませんか? 無理のない範囲で、ですからね!」
念まで押さなくてもいいのだがそこまで信頼されていないのか?
「大丈夫ですよ、俺にも授業がありますからね。無理をして疎かにしようものなら譲葉先生に引き倒されますよ」
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休みが明け、俺と華香里は肩を並べて学園への道のりを歩く。
「ところで兄さん」
「なにかな?」
寮を出て早々に華香里が尋ねてくる。
「小百合さんになにやら贈り物をなされたそうですね」
背筋が凍る思いをした。華香里は笑顔を見せているが底知れぬ恐怖を感じる。
「なんでも綺麗なペンダントだとか」
「……なぜそのことを?」
「小百合さんが自慢してきました」
子供かあの人は……。
「兄さん……」
「今週中にでも一緒に買いに行こう、な?」
「約束ですよ?」
店に入った以上何も買わないで出て行くのは失礼だからと思いつきで行動したことがここまでの恐怖体験に繋がるとは考えもよらなかった。
(次からちゃんと二人の分を買おう……)
「手作りなんですか、そのペンダント」
「ああ、ペンダントに限らず全てお婆さんが趣味でやっているそうだ。どれも丁寧に作られていたよ。どれも時計の歯車なんかが使われていたね」
マーガレットさんの店に並んでいたアクセサリーを思い返す。どれも装飾として時計の部品を使っていて特徴的だった。
「時計ですか……アンティークな感じなのですね。でもお客さんが少ないんですよね?」
「らしいね。他の店のものと違ってあまり煌びやかには作っていないから若い子にはウケが悪いそうだよ」
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たとえブレイサーであろうとも通常の高校生と同じ程度には学業にも専念しなければならない。しかしそのウェイトはどうしても低くなりがちだ。悲しいことに世の中の、特に貴族派が関わる企業や研究機関などのニーズは一般の秀才よりもブレイサーの凡人に傾いている。世間には誤解されやすいが、ブレイサーの存在がそうでない人の働き口を食い潰しているということでもない。前者には後者にできないことがあり、逆もまた然り。
「ねー菖蒲。これ分かんない」
藤花の泣き言が耳に入る。今は授業中だ、だが藤花の私語を咎める教師はいない。怠慢とか欠勤とかではなく、本当の意味で居ないのだ。生徒は思い思いの友人と机を並べて備え付けの端末に向かっている。この端末こそが言うなれば教師なのだ。
発達したICTは学術面での教師の役割をカバーできるほどになった。管理システムから各生徒に一ヶ月あたりに提出するべき学習内容が割り振られ、それを俺達生徒は"探求"とひとまとめにされた授業で学友と協力してこなしていく。アクティブラーニングといえば聞こえは良いが、教官が不可欠なブレイサーの学園において教員の過供給を抑えるための苦肉の策だそうだ。
「どれがだ? ……ここの式の余弦定理で代入している値が正弦のものだぞ、だから答えがぐちゃぐちゃになる」
というかさっきまで化学の問題を解いていなかったか?
「う~ん。できた、やったね」
藤花はこんな調子でことあるごとに質問をする。他の子は流石お嬢様ばかりといったところか根が真面目に躾けられているのでただ答えを聞くということはない。分からない問題に共にあれこれ知識を出し合って取り組んでいる。
「あ~や~め~」
「次は何だ。国破れて山河在り……今度は杜甫か」
随分飽きっぽいのか分野がぐるりと変わって漢文――ここは国籍によって異なるが日本人は基本的に漢文となる――に頭を悩ませている。そうしていると端末……ではなくチャリスの方に着信がある。華香里からだ。彼女も俺と同じく探求の時間のはずだが。
『XD』
座学が退屈なのは誰だって一緒のようだ。
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ワルキュリアの授業、苺さんは生徒ごとに先日戦った評価を記したデータを渡してこの先何を訓練するべきかを考えさせている…………俺を除いて。
「だって聖具を使った戦いは見たけど菖蒲ちゃんギフト二戦とも使ってくれなかったんだもん。いい? 体術も大事だけどワルキュリアは聖具だけじゃないんだからね」
「ごもっともですが俺はそうするしかないんですよ……」
頭にクエスチョンマークを浮かべる教官。隠すつもりもそこまでなかったしこうなっては伝えたほうがいいだろう。
「教官には言いますけどあまり言いふらさないでくださいよ……」
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「リブラリアンはワルキュリアのように聖具を用いて戦うことはしません。ただ自分の中にあるギフトと向き合い、それを高めることに意義を見出します。ギフト能力の向上はあなた自身にももちろん、あなたを取り巻く世界にも良い影響を与えます。現代の世界の礎となっているのはリブラリアンであるといっても過言ではありません」
私は全員にとりあえずはカリキュラム通りにギフト技能向上のための訓練データを送信する。
「今回はそれに従って訓練をしましょう」
それだけを伝えて生徒達の様子を見て周る。
(片翼……小さい……両翼……)
ギフトを"視る"、それが私のギフト。どのような効果かは判断できないがその強さは判断できる。視たブレイサーの背にギフトの強さに比例した翼が見える。でも――
(あの人だけは視えない……)
体育館の向こう側で苺と話している生徒――蘇芳菖蒲。いままでどれほど芽がなかったブレイサーでもほんの少しくらいは翼を視ることができた。でもどれだけ、何度彼を視ても翼がない。
(なぜ? 聖具を発現できるのだからブレイサーではあるはず)
「教官?」
誰かに呼ばれて考えを止める。振り返ると大きな翼をはためかせる生徒が立っていた。
「蘇芳華香里さん……」
菖蒲さんの妹、兄妹なのに同学年なのは菖蒲さんの事情によるものらしいけれど彼女からはうって変わって大きな翼を視ることができる。それこそ二年前デルフィン・ヴァーミリオンに視たようなレベルの翼。
(兄妹なのにここまで異なるものなのかしら……)
訓練中の生徒は全員視て終えたのでギフトの行使を止める。
「どうかした?」
「いえ、教官に頂いた訓練データが終了したので指示を仰ぎに来たのですが……なにやら考え事の最中だったようなので」
そういうこと……。彼女の翼を視てこうなるであろうことは予想できた。あの技能向上データは"普通の"リブラリアン達が集まって作ったもの。"普通ではない"華香里さんにとって役に立たないのは理の当然。
「ならこの時間は好きにして構わないわ。他の子はたぶん授業時間ギリギリまで終わらないだろうから――」
「華香里ー」
もう一人こちらにやって来る。たしか八代藤花、彼女も終わったのだろうか。
「好きにしていいそうよ」
そういえば二人は友人だった。以前も食堂で一緒に食べていた事を思い出す。
「じゃあまたあっちの見物でも――」
『えー! 菖蒲ちゃん"花嫁"だったのー!』
驚愕に目を見開いた苺の大声が響き渡る。
(花嫁……そういうこと……)
――――――――――――――――――
「教官……俺がほんの少し前にお願いしたこと忘れました?」
呆れることしかできない俺だが教官はお構いなしだ。
「いやだって!だって!」
収拾がつかなくなってきた……どうする。
「苺うるさい」
救いの手は体育館の対岸から現れた。ダリア教官に華香里、藤花が歩み寄ってくるのが見える。
「だって花嫁だよ!? そりゃ驚くって!」
ようやく落ち着いてくれた苺教官だがそれでも声のトーンは高い。
「何? 花嫁って」
藤花の質問に他の三人が別の意味で驚いたようだ。
――知らないの?
――うん。
なんていうやり取りもあり……。
「じゃあ教官が教えてあげよう!」
言いふらさないという約束はどこ吹く風、意気揚々と解説を始める調子者の苺教官だった。