第四節
「それっ!」
鋭い剣閃が迫る。速いが辛うじて見切れるレベルだな。八重垣教官――戦闘教練の担当教師は教官と呼ぶらしい――の一閃を最小限の動きで避ける。
彼女の聖具は見たところ普通の長剣のようだ……名前はあーちゃんとか呼んでいたが、当然そんなはずはない。ブレイサーは自分に宿る聖具の名を本能的に知っている。中には伝説上の武具の名前を冠する聖具もある。それをどう発露するかは本人次第だが、あーちゃんは正直ネーミングセンスを問わざるを得ない。
俺の聖具はロンググローブの形をしている。男が着けるには少し抵抗があるが文句は言えない。剣や槍のような武器ではないが必要に応じて腕を覆っている部分が解けてファイバーワイヤーのような強度のある糸になる。念じればグローブの手元に仕込み刀のように形状化させることも可能なので多少の範囲はカバーできるが、それでも教官の間合いには及ばない。
「よく視えてるね、一分もったのは今年は初めてかな?」
三分間ずつ教官がそれぞれの生徒と戦ってその実力を測るのが恒例行事らしい。全員に三分割いていては授業中に終わらないのだが、実際には時間いっぱいまでかけるつもりは無いということか。既に俺を除いた全員と戦って全てものの数十秒ほどで終わらせている。
「それなりに鍛えてきたので」
言い返すと同時に俺は教官の懐に飛び込もうと試みる。グローブを模した聖具を装備している以上、リーチに差があるため超近接戦闘に持ち込むしかない。しかし正面からではそんな甘い隙を見せる相手ではなかった。こちらが踏み出せば瞬時に後方に距離を離されてしまう。
「スピードも問題なし、それじゃあそろそろいくよー」
再び教官があーちゃんを振り下ろす。素早く行動に移るためにまたもギリギリで避けようとする……が。
「……ッ!」
ギフトが暴発しそうになる。身体が本能的に攻撃を大きく回避する。剣筋に変わったところはなかったが……。
――――――――――――――――――
(……へぇ)
正直これで終わると思っていた。あの手の目が良い相手には効果的なのに。ギフト発動を悟られた雰囲気はなかったんだけどなあ……。菖蒲ちゃんがギフトを使ったようにも見えなかったし。
「……」
もう一度、あーちゃんで切りつけてみる。やっぱり最初みたいにギリギリで回避するようなことはしない。良い危機回避能力だね。攻めっ気はほとんど感じないけど防御に関しては花丸あげられそう。
(一体誰に師事したんだろうね。守りに重点を置いてるんだろうけど……)
なんにせよ面白い子が来たものだ。少し興味が出てきたよ。
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二分が経過しただろうか。あれ以降俺は攻撃をかわすことしか出来ていない。
(ギフトが発動しかけるということはおそらく相手がギフトを発動しているということ……)
それも攻撃の瞬間ということはおそらく剣撃にのせて発動しているのだろう。その正体を探るために教官の動きをより深く観察する。
「そんなに熱い視線を送られると困っちゃうよー」
口ではそうおどけても彼女は攻撃の手を緩めない。一撃入れて、別角度からまた切り込んでくる。まるで追い込み漁のように、四方八方から打ち込んでくる。
(だがそれにしても執拗じゃないか……?)
最初はこちらのバランスを崩すべくそういう戦術を採っているのだと考えていたが"絶対に"同じ角度で攻撃をしてこない……。何か同じ箇所だと不都合があるのか? すると何か耳障りな音が発せられていることに気がついた。意識を集めて耳を澄ませる。
…………ビュウゥゥゥゥ
聞こえた、明らかに剣が空を切るにしては長すぎる風切り音のような……。
(……ということは)
仮説の確証を得るために行動を起こす。
「避けてるだけじゃ勝てないよー」
放たれた剣撃を避ける。そしてすぐさまその軌跡をなぞるようにワイヤーを鞭のように突き出す。空を切るはずの攻撃は明らかな手応えを返した。
(弾かれた!)
聖具には触れていない、通った後筋を空振るように攻撃しただけだ。確信した。彼女のギフトは――
「そこまで!」
時間を計っていた生徒が声を張る。三分が経過したのだろう、形成されていた決闘場も次第に消えていく。俺も教官も聖具をチャリスに格納し握手を交わす。
「……」
チャリスを確認する。
決闘場内での聖具を用いた戦闘によるダメージは本人ではなく聖具を通じてチャリスに蓄積される。実際の致死量相当のダメージが蓄積されるとチャリスは聖具を強制的に格納する。それがワルキュリア同士の決闘における死である。
チャリスに表示された負傷はゼロ、一撃も喰らっていないのだから負けではないだろう。当然一太刀も浴びせていないのだからあちらもノーダメージだろうが。
「はいはーい。これで全員分終わったから着替えに行ってもいいよー。お腹空いたでしょー」
戦っていた時に見せていた気迫は完全になりを潜めている。切り替えが早い人だ。
「お疲れ様です兄さん」
「おっつー」
先に授業が終わっていたのだろう、既に着替えを済ませた華香里と藤花が体育館の隅で待っていてくれた。
――――――――――――――――――
「格好良かったですよ兄さん」
食堂にて席に着いた華香里がそう賞してくれる。藤花は大量に注文した料理を受け取るために時間がかかっている。よくあんなに食べられるものだ。
「手加減された上で勝てなかったけどね」
「それは仕方がないです。だって兄さん聖具が……」
「おまたせー」
手に持った盆に溢れんばかりのジャンルばらばらの料理を載せた藤花がテーブルに着く。
「……それ全部食べられるんですか?」
「? 当たり前じゃん」
そういってパスタから手をつける藤花。炭水化物だけでもいくつあるんだ……。
「おー、よく食べるねぇ若さだねぇ」
聞き覚えのある声が届き、肩に腕をまわされる。
「教官方もここで食事ですか?」
方というのは実際にはダリア教官もいたからだ。
「授業外では教官じゃなくて先生、もしくは苺って呼んでって皆に言ったでしょ!」
肩の腕はヘッドロックへ移行した。
「それで苺さんたちはいつもここで?」
おー、そっちで来るか、という苺さんの反応は無視して問う。
「まあね、ただ昼時は生徒で混んでるから大体の先生はずらしてるんだけどね。私もいつもはそうだったんだけど、今回はちょっと用事があってねー。わざわざ授業のあとシャワーも浴びずに直行してきたってわけ」
「場所を考えて発言しなさい」
ダリア先生が苦言を呈する。
「それで、兄さんに用事とは?」
小食である華香里はすでに食べ終わり、紅茶を飲んでいる。
「なんで菖蒲あての用事だって分かるの?」
こちらではいまだに大盛りと格闘中の藤花が返す。
「生徒が一杯だから避けていたのにわざわざその中に飛び込む用事なんて生徒に対してしかありません。だったら最初に声をかけた人こそがその相手でしょう」
「せいかーい! 菖蒲ちゃんには時間外授業をしようと思ってね。さっきの授業の答え合わせ、したいんじゃない?」
そういうことか、まあ答えあわせをしたいのは"お互い様"だろうが……。
「さっきのってあの決闘のこと? 後半から苺先生が一方的に虐めてたように見えたけど」
「心外ねー。確かにそう見えたかもしれないけど三分の制限がなかったら違ってた……どう?」
「まあ多少は噛みつけたかもしれませんが」
苺さんは楽しそうに身を乗り出してくる。
「それじゃあ聞かせてもらおっか、その自信の在り処を」