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女神達の花嫁  作者: ALMOND
三章
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第九節


「それではごゆっくりお過ごしください」


 薫衣さんは俺達を会場の階まで連れて来た後、一礼を残して去っていった。そうして入った会場はピリピリ……ではないが、異様な空気に包まれていた。賑やか、賑やかではあるのだが……俺達の入った扉口からの線上を境界線にしてベルリンの壁が見えないが存在しているみたいに左右に風貌が若干異なる人々が分かれて過ごしているのだ。


 この状況を見て、一体何が起きているのかを察しなかった者はいなかった。華香里がぐるりと場内を一瞥して言った。


「右が向日、左がヴァーミリオンといったところでしょうか」


「……のようね」


 椿も同じ答えらしかった。片方にはちらほらと和装に身を包む人がいて、そちらが向日家であろうことは想像できる。ここで困ったのがどちらに混ざれば良いかということだ。このまま真ん中付近に居るのも悪目立ちしてしまう……と逡巡していたら、


「あら、皆さん今日は誰かに呼ばれたんですか?」


 左側からデルフィン先輩がやって来た。当然だが彼女も今日参加しているのだな。


「こんばんは。ちょっとした伝で招待されまして――」


 と言ってこれ幸いと彼女の陣営に混ざろうとしたのだが……、


「あなた、蘇芳菖蒲君でしょう。少しいいかしら」


 と右側から一本に結った髪を下げた和服の女性が歩み寄って話しかけてきた。会場内の年齢層から言えば相対的に若く見えるこの人の指名は俺。だとすれば彼女が向日銀杏に関する人物であると予想がついた。俺は先輩に目配せをして華香里と椿を任せる。二人も何とはなく察しがついているのか特に物言うことも無く先輩について左の雑多に混じっていった。それを見ていたこの女性も引き止めたりすることもなく、


「――じゃあ、私共も行きましょうか」


 と反対の向日の中へと俺をつれていった。彼女は俺を集団から少し離れたところまで案内して口を開いた。


「ごめんなさいね、一人だけ引っ張ってきて」


「いえ、いつでも会えますから。……それであなたは?」


「天竹朝顔(あさがお)と言えば大体分かるかしら」


「天竹……。もしかして葵さんのお母様ですか」


 と言えば朝顔さんは露骨に顔を曇らせた。


「やっぱり……。あの子何も失礼なことしなかったでしょうね」


「いたって普通でしたけれど。何か葵さんに問題でも?」


 この言葉がまずかったのか朝顔さんはスイッチが切り替わったように、


「問題も何も、あの子は天竹家の恥。たかだか簡学験ごときで過去最低点なんて聞いたことがある? 無得点よ? ……はぁ。昔はああじゃなかったのに、どうかしてるのよあの子――」


 滔々(とうとう)と悪口雑言をまくし立てる彼女に、


『どうかしてるのはあなたの方だ』


 とも言えずにただ言葉のサンドバッグのままでいると、朝顔さんと俺の間に割って入る声があった。


「朝顔。それくらいにしておきなさい。彼も困っている」


 その主は表情からも優しさ――もしくは気の良さ――の滲み出る、朝顔さんと同年くらいの男性だった。互いに親しいのか男性の言葉をすんなり受け入れた彼女は発言を塞き止め額に手を当てて、


「ああ――、ごめんなさい。少し頭を冷やしてくるわ」


 そう言って彼女は俺から離れていった。代わりに残されたのがこの男性である。彼は至極申し訳なさそうに俺に向かって話しかけた。


「すまないね。ちょっと眺めがいい場所にでも行こうか」


 そして俺達は夜景を映す巨大な一面ガラス張りの窓辺に二人移動し並んだ。彼は懐から名刺を一枚抜き取って俺に差し出した。そこには諸々の肩書き等と共に、天竹千樫(ちかし)という名前が載っていた。


「朝顔さんの旦那さんですか?」


 と聞けば肯定の頷きを返して話し始める。


「改めて言わせて貰うけど申し訳なかったね。朝顔は……ちょっとヒステリックなところがあって、特に葵についてだと殊更ね」


「親子仲が悪かったりとかで?」


 朝顔の我が子の事とは思えないきつい物言いにどうしてもそう疑ってしまう。千樫さんは顎を手でさすりながら決まりが悪そうに笑って、


「仲が悪いから……というよりは、どう接していいか分からないからかな。まあこれは僕も反省すべき点ではあるのだけれど」


「と言うと?」


「葵は……あの子はお婆ちゃんっ子でね。朝顔の母親、つまり天竹の前当主だった(しずか)様に良く懐いていた。静様も大層葵を可愛がっておられたから僕達はそれに甘えて仕事や私事ばかりにかまけていたんだ」


 なるほどよくある話だ。彼らほどの立場になると輪をかけて忙しいだろうな。しかしそれにしては、


「それにしては以前葵さんと話をした時にその――静さんの事を言いませんでしたがもしかして……」


 とまで続ければ、俺が何を言いたいのかを悟ったみたいで千樫さんは伏目がちに口を開く。


「ああ。静様は三年ほど前に身罷(みまか)りになってね。葵もそれはもう心悲しい思いをしただろう。それからだよ、あの子が変わったのは。昔は利口で神童とまで呼ばれていたんだが以来勉学にも集中できず、それだけでなく雰囲気も変わって――何と言うか不気味に感じてしまったんだ僕達は」


「不気味……ですか。自分にはそうは思えませんでしたが」


 俺の知る彼女はいたって普通の明るい少女だ。彼らの言う人物像とは似ても似つかない。


だからこそ(・・・・・)不気味なんだ。僕らは君や向日葵様に見せるような明るいあの子を知らない。僕らの会うあの子はいつも無感情だったんだ。その極端な二面性に僕も朝顔も我が子であるのに恐怖を抱いてしまった。だからあれこれ理由をつけて今別宅という檻にあの子を押し込んでしまったんだ」


「そうですか……」


 葵さんは天竹静についても、そして彼女自身についても語らなかった。もしかしたらこの話を俺は聞くべきではなかったのかもしれない。誰しも隠しておきたい面はあるのだから。


「悪いね。愚痴みたいになってしまった。自分から言っておいてあれだけど、僕がお願いしたいのは君にあの子を知った上で接してあげて欲しいんだ。迷惑に思うかもしれないけれど。あの子が人と親しくなるなんて向日葵様以来のことだから」


 元よりそんな色眼鏡で見るつもりはなかったが、これが親心というものだろうか。


「大丈夫ですよ。俺だってこんな身の上ですから、その程度で折角の友達を手放したりはしません」


 と気にしていないという体で伝えてあげると、


「そうか……友達か……」


 そう言って俺から顔をそらした間際に見せた穏やかな表情こそが父親の顔と呼ぶものなのだろう。





「そうですか。元は研究職に……」


 シリアスな話が一段落ついて、話題は自然と千樫さんの事になる。彼は俺のプロフィールは粗方知っているからだ。それによると、千樫さんは天竹に婿入りする以前は研究畑の人間だったそうだ。


「まあね。主にチャリスや聖具の研究をしていたんだよ。その知識を静様に買われて朝顔と知り合い……今に至るという訳さ」


「チャリス――これも根本は完全なブラックボックスだそうですね?」


 俺は腕に装着してある学園支給のチャリスを見せる。千樫さんは後ろ首を撫でながら言った。


「その事はギフトに関わる人間ならもう周知の事実なんだろうけどね。いやあ、歯痒い思いを僕のような人種はしてきたさ。結局誰がどうやってもチャリス最大の謎は解き明かせないままだ」


「最大の謎?」


「そうだよ。それはただ一点。聖具の格納方法だ」


「へえ」


 何と言うか、拍子抜けと言うか。聖具の格納は確かに考えてみれば不思議な現象だが、機能としてみれば最も地味なものだ。そんなところが最大の謎とは。すると千樫さんは朗らかな笑い声を上げながら、


「不思議って感じだね。でもチャリスがなぜチャリス(聖杯)と呼ばれているか、その所以こそが原始のチャリスが聖具の格納性質のみを備えた代物だったからなんだ。今君が持っているように所謂コンピュータライクな機能を兼ね備えたものは我々が後から開発したんだ」


「そうだったんですか。……あれ? ですけど俺達のチャリスにも聖具の格納機能は問題なくついていますよね。移植かコピーかは可能だったんですか?」


 段々話を聞いている内に好奇心をくすぐられる。湧き出る疑問を思うがままに尋ねると千樫さんも楽しそうに笑って答えてくれた。


「中々鋭いところを突くね。実は今まで普及してきたチャリスは全てがオリジナルの模倣品なんだよ。聖具格納のシステムは僕達が本物に似せて苦戦しながら何とか実装した物だ。あの頃は本当に大変だった。たった一人の作ったものにこれほど悩まされるなんてね」


「たった一人の天才、でしたね。製作者は」


「うん。それで――いや、今はよしておこう。ここからは僕が本当に口を止められなくなる。また今度興味があったら聞きにおいで。名刺に書かれてある場所に大抵いるから」


 自分の仕事について相当な誇りを持っているようだ。彼の言うようにまた話をしに行くのもいいかもしれない。


「話しすぎたね。少し喉が渇いたな。おおい、君」


 千樫さんは近くを通りかかったウェイトレスに声を掛けた。しかし彼女の耳には届いていなかったのか、スタスタと歩いていってしまった。


「聞こえていなかったようですね」


「仕方が無い。彼女らも忙しいだろうし。あ、君。ちょっといいかな」


 次に通りかかったウェイトレスはシルバートレイを手にしており、その上にはグラスが並んでいた。この人にはちゃんと聞こえたらしくこちらにやって来て、


「はい。いかがなさいましたか?」


 と喋った。おおよその見当はついているのか既に空いた手でグラスの脚を掴んでいた。


「僕と彼に飲み物をくれるかな」


「承知しました。こちらをどうぞ」


 ウェイトレスからグラスを受け取る。千樫さんにも同じくした彼女はそのまま立ち去って行った。俺はグラスの中の液体を揺らして見つめる。赤黒い、状況的に考えればこれはワイン。だが一口喉に通してみるとどうやら違った。


「ぶどうジュース……」


 その呟きが聞こえたのか千樫さんは、


「ははっ。ちゃんとワインも提供されているよ。ただ現代において流石に未成年にアルコールを勧めるほど非常識ではないよ」


 と言って自らもグラスを呷った。


(いい台詞だ。ぜひカルミアの目の前でも読み上げて欲しい)


 などと考えに耽っていると辺りが一層ざわつきを増した。


「おっと。どうやら主催者のご登場みたいだ」


 視線の先を辿ればそこには向日銀杏の姿があった。だが現れたのは彼女だけではなかった。それに肩を並べるように金色の長い髪が特徴的な女性がいた。どことなくデルフィン先輩に似ている気がするのだがもしかして……。俺は隣の千樫さんに尋ねてみた。


「あの金髪の人は?」


 すると彼は意外そうに俺を見て、


「おや、てっきり見知った顔だと思っていたけれど違うようだね。あの人が財団の代表、カトレア・ヴァーミリオンだよ。ちなみに銀杏様の後ろに控えているのがこちらの()のトップ、槿(むくげ)様だ」


 と一通り説明してくれた。代表、ということはヴァーミリオンの本流のはずだから先輩の肉親だろう、似ているはずだ。両家のトップの登場か。


「まるで示し合わせたかのように一緒ですね」


 仲良く同時にやってきたのだから打ち合わせを疑った。


「まるでも何も、実際に示し合わせているんだよ」


「そうなんですか?」


 自分から言っておいて何だが、まさか本当にそんなくだらない事をしているなんて。千樫さんは苦笑を浮かべながら俺に説明をしてくれた。


「まあ、君の言いたい事は分かる。確かにこれに実利はない。片方が片方を待たせてはいけないという礼式もどきさ。でもいつの時代にも、こういったしきたりが本気で大切だと考える御仁達がいるものだからね。銀杏様や槿様らエム(M)アイ(I)ピー(P)はその時が来るまでこの一つ上の階の来賓室で待機しているんだよ」


「それは……大変ですね」


 礼儀や作法は苦手だ。俺はその感情を隠すことなく露にしながら話した。きっと鏡で見ると心底嫌そうな顔をしているだろう。


「はは、銀杏様はここよりもあちらの方が気が休まると外の空気を吸いながら仰っていたよ」


「そういう性格でしょうからね」


(……ヒマワリは来ていないのか)


 葵さんも同じだが、ヒマワリは向日の一員だというのにこの場にはいないらしかった。千樫さんの言葉には無かったが来賓室には居るのだろうか。まあ彼女の性格的にあまりこういうのは好まなさそうではあるがな。


 千樫さんはまずカトレアを一瞥してから視線を外して大きな窓から夜景を眺めだした。そして感慨深そうに、


「しかし世界というのは広いものだ。この国では銀杏様率いる向日家に手出しできる者なんか一人もいなかったのに。ヴァーミリオンは他国からふらとやって来て、たちまちこんな自治区を作り、巨大な建物を建ててしまうんだから」


 と言った。俺も彼に倣って景色に目を凝らす。この街でここよりも高い建造物は存在しない。故に俺の足元にのみ数々の明かりが点り、それよりも上は宵闇による黒塗りが広がっているだけだ。なんだかここに立っていると世界がひどく矮小なものに思えてしまう。


 ふと、明確な理由もなく惹かれるように暗闇が気になって注視する。すると、何やら蠢く物体があることに気がついた。景色に負けないほどの黒い羽根をひらひらと羽ばたかせて空を飛ぶ物体だった。


「蝶……」


 それは一匹の蝶だった。夜に活動する蝶がいるのかは分からないが、蛾ではないということをなぜか直感的に感じていた。呟いた俺の声が千樫さんにも届いたのか、彼は歌を詠み始めた。


「恋すてふ(ちょう) わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか」


 和歌だった。俺は何事かと蝶から眼を離して千樫さんを見た。どうやら彼も思いがけずに飛び出した言葉だったらしく、


「ああ、これは静様が気に入っていた歌らしい。葵がしょっちゅう口ずさんでいたから僕もいつの間にか覚えてしまってね。蝶と聞くとつい頭に思い浮かぶんだ」


 と小笑い気味に話してくれた。


「そうですか」


 それだけ返して俺はもう一度はためく蝶に視線を戻した。蝶はゆらゆらと浮き沈みを繰り返して次第にガラス張りの下へと消え去ろうと……。


(……ん?)


 黒蝶の行く先を追いかけると、足元まで張られたガラスの境に粘土のようなものがくっついているのに気がついた。接着面は外側、つまり高層の階にも関わらず外部から粘着したことになる。俺はそれがどうしても引っかかり、人目を憚らずにガラスに額を貼り付けてなるべく立体的に対象を捉えてみた。するとどうやら粘土質の裏側にコードやら電気基盤らしきものやらが辛うじて見えた。俺は直感的にそれが何かを断定して言った。


「千樫さん。今すぐ後ろに下がって」


「え?」


「いいから早く!」


 説明するのも煩わしく思い彼の体をガラスから遠ざけるように突き飛ばし、押し出す。バランスを崩した千樫さんは元より俺の手からもグラスが離れ地に落ち、注がれた液体をぶちまけながら割れる音が――聞こえなかった。更に大きな音によってかき消される事となったからだ。爆薬の炸裂したノイズ、空気を振るわせる衝撃波。当たって欲しくはない直感は的中した。なす術を持たない俺はそれらの脅威に対して逃げながらもただただ自身の無事を願うだけだった。

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