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女神達の花嫁  作者: ALMOND
三章
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第八節


「まずこの地にアングレカム学園を創立しようと考えたのはヴァーミリオン財団というのは知っていますね?」


 夏の夜闇に小百合さんから学園体制についての補修を受けている俺は、長丁場を意識して一旦部屋を出て人数分用意して来た飲み物を口に運んで短く答える。


「聞いた事はあります」


 マーガレットさんの話にあった気がする。すると小百合さんも同じくコップに一口つけてから頷いて、


「その当時の学園運営の計画には理事会というものは存在していませんでした。当初の方針としてはヴァーミリオンの選んだ人材を学園長としてピラミッドの頂点に据える一元化したシステムを組んでいたんですよね」


「へぇ、普通の学校の組織図に近い形ということですか」


 ただ生徒の身としてはそこまで今と違いは分からないな。まあ更に話が進むにつれて理解できるようになるだろう。


「付近の市街も同じですけど、ヴァーミリオン財団はアングレカム学園を国からの助成を一切受けずに独力で完成させるつもりでした。しかしそうなると黙っていなかったのが当時の向日家当主、銀杏とその夫である杉人(すぎひと)


(夫……向日杉人か)


 他愛も無い場所が気になってしまった。当然だがあの傑物にも旦那さんがいたんだな。その杉人という人とは本家にて出会わなかった。銀杏の年齢を考えるともしかすると――。


(いや、あまり不謹慎な事は考えないでおこう)


 それよりも話に集中しよう。聞いていないと思われて拗ねられるとかなわない。


「やはり向日家としてはヴァーミリオン家が好き勝手に建設しているのが面白くなかったんですかね?」


 彼らからすればヴァーミリオン家は黒船のような存在であっただろう。自分達が統治しようとした所に他国からやって来たのだから。しかしどうやら俺の疑問は的を外していたようだった。


「うーん。それは少し違います。向日家はこの動きに対してどちらかと言えば友好的でした。ブレイサーを中心とした特区を形成する事は向日家においても重要目的でしたから。問題視されたのは学園長の選任方法。何故だか分かりますか?」


 そう言って彼女は机に肘つきをした手の甲に顎を乗せて俺を見据える。ゆらゆらと椅子を揺らして陽気さ加減がにじみ出ていた。


「楽しそうですね」


 さて、少し考える素振りをつくってみたがそれ程難しい問題ではない。ヒントもしっかり出ていた。学園長の選び方が気に食わなかったという話だ。それを踏まえて、


「そのままのシステムだとヴァーミリオンの威光が強くなりすぎる……から?」


 と言うと小百合さんは二度だけ大きく拍手をして判定を示した。


「よくできました。その通り向日家は彼らの傀儡が学園長に就く可能性を懸念していたんですね」


 ここまで来ると俺でも段々と分かってきた。向日家としてもブレイサーを集める学園が出来上がるのは望むところであり、その体面上組織を治める長を任命することは避けられない。だから――。


「だから理事会も組み込ませることで学園内でもお得意の監察をしようとした。ということでしょうね」


 なんて物知った風を気取って自分から話の駒を進めてみると、


「一を聞いて十を知るのは大事なこと。まさしくそういった意図があったのでしょう」


 と返ってきた。どうやら俺の言った事は穿っていたらしかった。彼女は更に補足するように続けて喋った。


「事の次第は学園長を選ぶのは変わらずヴァーミリオン財団。しかし、任命するのは理事会という形で収まりました。いわば学園長は評議委員のようなものです。この図式はいくらか姿を変えど、今でも続いています」


 一人の役職のためにややこしい事をしたものだ。それだけ必死だったという証だろうけど。そこでふと浮かんだ疑問があった。


「しかしそんな介入をよくヴァーミリオンは受け入れましたね。普通なら拒否するのでは?」


 当然の謎だ。今までの内容は彼らにとっては百害あって一利なし。そう易々と承認するはずが無い。俺の言葉を予想していたのか小百合さんは待っていましたとばかりに意気揚々と話し始めた。


「そこが地の利の差というやつです。向日家はこの国における影響力とギフトの存在に揺れる時勢の荒波を生かし、市街の建設予定地一帯の人々にそれは激しい反対運動を起こさせました。そして素知らぬ顔で自分達ならこの運動を鎮静できると交渉。デルフィン・ヴァーミリオンという特大権力の依代(よりしろ)が生まれていない当時の財団ではこれを独力で押し退ける事は不可能でした」


 地の利とは自分のテリトリーだからこそ打てる手だった、という意味か。


「向日家の方が一枚上手だった……と」


「そうですね。財団はこの国の進出に際して度々向日家に辛酸を嘗める目に合わされたと思いますよ」


 銀杏のほくそ笑む顔が脳裏に浮かび上がった。彼女が週末のパーティーを腹の探りあいと称していたのもこういった背景があるからと容易に想像がついた。昔から双方は競り合いを繰り返してきたのだろう……。



 想定の通り、小百合さんの趣味で選んだのだろう振り子時計の短針が二の辺りを指している。これ以上は明日の学園生活のコンディションに響く。俺は小百合さんに夜の挨拶を告げて退散することにした。


「ありがとうございます。面白い話が聞けました。おやすみなさい」


「あ、そういえば忘れていました!」


 と何やら言うことがあるらしく、彼女は俺を呼び止めた。


「姉さんがあなたに伝えておいてくれと、“二輪の葵には気をつけること”だそうです」


「はあ」


 相変わらず回りくどい表現をする人だ。二輪の葵とはいかなる意味なのだろうか……。



――――――――――――――――――

 時は来たれり。俺は寮の玄関口で同伴者の華香里と椿を待つ。現時刻は午後五時前。招待状によれば午後六時に宴は始まる。開催場所はヴァーミリオン財団ビル、この街の中心地だ。リラは藤花とカルミアに頼んで訓練という体で既に出払ってもらっていた。一緒に付いているリリィにも事情を話してあるから万が一にも彼女に今回の件を知られる心配は無いと言えよう。


「お待たせしました兄さん」


 支度を終えた二人がやって来た。彼女らを見て思ったが、俺達三人とも制服のままだがドレスコードとかあるのだろうか。フォーマルな服装を求められると二人はともかく男物が手に入りづらい俺は困った事になるが……。まあそれは行ってみてから考えればいいか。


「それじゃあ出発しようか」


 と正面門付近まで歩いてきたところ、見覚えのある車と人影がどっしりと待ち構えていた。


(げ……)


「あの人、エルグランデで菖蒲と戦った人よね? 何かこっち見てニコニコしてるけど」


 目ざとく視認した椿もその姿を覚えていたらしい。状況的に彼女の目的は明らかだ。観念して俺は二人を連れてそちらに歩み寄った。その人は何時ぞやと同じくして恭しくお辞儀をする。


「ごきげんよう蘇芳菖蒲様。蘇芳華香里様、北山椿様お二方におかれましては初めまして。(わたくし)向日家に仕える早雲庵薫衣と申します。どうぞお気軽に薫衣、とお呼びください。今日は皆様をお迎えに上がりました。ささ、どうぞ中へ」


 口早に促されて三人とも車内へと詰め込まれた。そして後から乗り込んだ薫衣さんはいつものノックを二回。車は緩やかに走り出した。前回と異なるのは窓がしっかりと光を通していて窓として機能していることだろうか。行き先も場所も周知の事実だから隠す必要もないという判断かな。


「それにしても招待をお受けくださり、ようございました。私あのまま待ちぼうけになるものかと覚悟しておりましたから」


 にしてはどこか威風堂々、来て当然といった待ち姿だった印象を受けたが……。今回の背景を知っているなら絶対に来ると確信していたのだろう。この表面上は丁寧かつどこか人を食ったような使用人らしからぬ物言いは相変わらずだ。まあそれがある種俺には気分を弛緩させていると言える。しかしそんな彼女の性格を知らない椿が噛み付いた。


「どの口が言うのかしら。逃げ道が無い事を分かってて脅迫したくせに」


「あら、チャリスに宛てられたメッセージについてまでよく菖蒲様の事をご存知でいらっしゃる。もしかして母親か何かで?」


 見え見えの挑発ではあったが、実直な椿を煽るには十分だったようで、彼女もムキになって言葉を返す。


「母……って、なんでよ! そこはせめて恋人でしょう!」


「あらあら。恋人がお望みしたか?」


 なんてわざとらしく頬に両手をあてて照れて見せる薫衣さんに椿はますます、


「なっ、違――」


 とヒートアップしかけたところを隣に座っていた華香里が宥めに入った。


「まあまあ、椿さん落ち着いて」


 椿も根っからの牡丹さんではないので仲裁されるとすぐに冷静さを取り戻した。だが薫衣さんを睨むその瞳からは明らかな棘を感じる。その一連の様子をやはりニコニコ顔で見ていた薫衣さんが俺に顔を寄せて小声で囁いた。


「素直で可愛らしい方ですわね、椿様って」


 俺は苦笑いをしつつ、


「そう思うならあんまり遊ばないでやって欲しいんですけど……」


 と返すのだった。



 やがて車は足を止め、俺達は財団ビルの正面に降り立った。周りを見れば同じような送迎用と思われる車が数台停車していた。不思議な光景なのが通行規制でもしているのか、街の中心地である財団ビル周辺なのに学生などの人影が一切存在していないというところだった。


「それでは中でお待ちしておりますわ」


 薫衣さんはそう言って俺達の後ろに立ち止まった。華香里がそれを不可解に思って尋ねる。


「一緒に来ないのですか?」


「招待をお受けになった方々と肩を並べて入るなど滅相もないことでございます。私共使用人には専用の出入り口がございますので……」


 たかだか入る入らないにそこまでこだわる必要があるのだろうかとも思ったが、それが形式というものだろう。彼女に見送られながら俺達は正面のオートドアから入場した。すると両脇からいかにもな服装の男女が現れ、華香里と椿には女性、俺には男性が当たってストップをかけた。


「申し訳ございません。招待状を拝見させていただきます」


 傍では椿が既にチャリスから招待状を見せていた。俺も懐から封筒を取り出して目の前の男に差し出したその時、男の動きが一瞬フリーズする。その顔には明らかな困惑の色が表れていた。だがそれも刹那の間であり、彼はすぐさま表情を立て直して招待状をあらためる。


「……問題ございません。失礼しました」


 確認を終えた彼はなんと深々と頭を垂れだした。


(えぇ……)


 自分よりも一回り二回りもどっしりとした人にそんな対応をされるとこちらが萎縮してしまう。ほとほと困り果てて華香里を横目にすれば、同じように女性が腰を折っていた。


「ええと、では先を通っても?」


「はい、もちろんでございます。どうぞ」


 華香里もつれて逃げるように彼らから離れて椿と合流する。俺は一部始終を見ていたであろう彼女に向かって話しかけた。


「椿の時は何ともなかったのに急に態度が急変するものだから参ったよ」


 このことに対して椿は一つの答えを導いていたようで、


「私が見せた電子上のいくらでも量産できるものと、紙での肉筆のじゃ格が違うんじゃない?」


「なるほど」


 その可能性が高そうだった。俺と華香里の招待状は銀杏から手渡されたものだ。もしかするとそれは珍しい物なのかもしれない。だとするとあの一瞬凍りついた際の男性の脳内としては、


(こんな子供が?)


 といったものだと想像しやすい。紙切れ一枚がそこまでの威光を持つものかは甚だ疑問ではあるが……。


「それにしてもここからどこへ行けばいいのでしょうね」


 華香里の言うとおり。今の俺達は何気なしに目の前のフロアを歩いているが、道標も無しで先ほどの彼らからも特にこれからの道順なども示されなかったため右も左も分からずといった状況にある。


「財団ビルでするからにはグランドフロアではなく何階かの上層でするんじゃないか? だったらエレベータに乗ることが確実な一歩ではあるけれど……。椿はここに来た事はあるのか?」


 華香里は俺と同じく経験無し。頼みの綱は彼女しか残っていないが、


「お生憎様。私も初めてだからどこにエレベータがあるのか知らないわ。第一こんな大きなビル、当てずっぽうで毎階開けていたら骨が折れるわよ」


 とのこと。華香里も同じ意見のようで別の話を出した。


「こういう場合は通常なら案内役の人がおられるのではないですか?」


 椿もコクリと頷いている。


「それが道理よね」


(……案内人……まさか)


 一人だけその役を仰せつかりそうな人物が思い当たったその時、


「ふぅー」


 耳元に吐息を掛けられ反射的に後方を振り向きながら飛びずさった。その犯人はまさしく俺が考えていた人物、


「遅くなりました。お許しください。では皆様私の後にお続きくださいね」


 薫衣さんが誰にも覚られることなく立っていた。そのまま俺達を引き連れて歩き始めた。椿がうんざりといった感じで彼女の背中を睨みながら俺に言葉を投げかける。


「あんた変な人に気に入られたわね」


「おちょくってるだけじゃないか?」


「それを気に入られてるって言うのよ」


(そんなものかねぇ……)

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