第十一節
特務に招待されてから数日が経った。あれ以来彼女らからの接触は無い。リラの発作らしき現象も俺の知る限りでは起こらず、ただ平穏な日々が続いた。エルグランデも順調に進み、中でも俺と椿そしてリラは無敗という結果で準決勝まで駒を進めた。
その戦績による影響か椿とリラは一躍学園内の時の人となった。椿はギフトと戦闘技術の両立――ワルキュリアに求められるお手本のような実力を示したこと。そしてリラは純粋なギフトの才能――戦う相手全てをギフトで一刀の下に根切りにしたこと。本人達は迷惑そうだったが二人を知らない人は学園では最早いないだろう程の知名度を得た。ちなみに俺はいつも通りのアンタッチャブル扱いだ、何人かは興味本位で話しかけてくれたこともあったけれど……。
注目が高まると試合の観客も増える。準決勝を待つ今日のギャラリーは今までよりも一層賑わっている。目的は当然体育館の中心にいるあの二人だ。毎年この調子なのか準決勝からは全ての試合が一つずつ行われる。
「おうおう。今年も人がひしめき合ってるな」
聞き覚えのある、だがここにいるべきではない声がした。その方を向けば予想通りカルミアが楽しそうにこちらにやって来ていた。
「謹慎はどうした」
カルミアは渋い顔をする俺の問いを一笑に付し、隣に腰をどっかりと下ろす。
「固い事いうなって。あれから私が何か問題を起こしたか? いたって模範的な過ごし方だっただろう。それに白羽学園長の了承も得ている。少年に咎められる謂れはない」
日中から酒を掻っ食らい、時には無断で外出する人物を模範的とは言わないと思うのだが……。確かに厄介事を起こしたりはしていない。むしろ時として俺の練習相手にもなってくれたりする。利あれど害なしとして小百合さんもそろそろ緩めても良いと判断したのだろうか。
「それにお遊びで来ている訳じゃないぞ。ほら、あそこの二人組。最前列の奴らだ見えるだろう。毎年この時期になると必ず出る。ああいうのが暴走しないように見張っているんだ」
指された方を辿ってゆくと二人の生徒が目に留まった。片方はカメラのようなデバイスを持っていて、もう片方は手元に媒体を構えて常に何かを打ち込んでいるようだ。印象的なのが双方共に表情に波が見られないというところだ。すぐ周りの生徒に眼を移せばその温度差は歴然だ。
確かに楽しげな場の雰囲気にはそぐわないが……。俺が答えに至らないと悟ったのか嫌な笑みを浮かべるカルミア。俺をからかう際に見せるいつもの顔だ。
「んー少年にはまだ早かったかなぁ? 大人の世界ってやつだ。あれで記録されたものを見るのはあの子らの親……。つまりはそれなりの地位の奴らばかりだ。ここまで言えば分かるかな?」
「……品定め?」
国家や貴族派にとって優秀なワルキュリアというのは強力な交渉カードだ。将来有望そうなワルキュリアを学生の内に選定しておこうという腹積もりか。正解の印かカルミアが盛大に俺の背中を叩く。
「ご名答。他の者よりもより優れた人材を確保するためには情報が全て。そんな中でこういった催しはうってつけなのさ。よく見てみろ、同じような奴らがそこらにいるだろう」
言われたとおりに注意深く見渡せば神妙な顔をした生徒がちらほら。家からの指示でやっているのだとしたら可哀想な事だ。
「止めはしないのか? これではまるで品評会じゃないか」
参加者からすればあまり褒められた事ではないのではないか。
「止める? 勉強熱心な生徒が自己学習の為に録画しているだけだぞ。それをたまたま親御が目にしているんだ。どうやって止めることができようか」
「そんな屁理屈を……」
物は言い様だな。
「それが大人のやり方ってものさ。それに品定めされる事が目的の生徒だって少なからずいる。ここで良いアピールを出来れば名立たる貴族の目に留まる可能性は高くなる。お抱えのワルキュリアとなれば待遇も破格だ。一部ではあるが生徒自身が望んでいるとあっては学園としては面と向かって否定はできん。まあ、あれだ要は何が言いたいかと言うと」
そこまで言ってカルミアは俺の耳に顔を寄せて小声でささやいた。
「君も見られる側だってことを覚えておくようにな」
――――――――――――――――――
「それにしても藤花やお嬢ちゃんはどこに行った? 遅いじゃないか」
お嬢ちゃんとは華香里のことなのだが、もう少し俺達に対するまともな呼び方はしてくれないのだろうか。それは置いておきギャラリーが人で埋まっていく一方で姿を見せない二人をカルミア疑問に思ったようだ。
「二人ならもういるぞ。ほらあそこに」
そう言ってギャラリーを見渡すカルミアに下の競技場の一角を指し示す。そこには華香里と藤花だけでなく、椿とリラも含めた四人が集まって楽しそうに談笑している。こちらの視線に感づいたのか藤花と目が合った。鋭いな。すると大きくブンブンと手を振りだす。こちらからもカルミアが小さく手を振り返した。それに満足したのか再び四人は顔を合わせて会話を続ける。
「なぜ少年だけここにいるんだ? 君も混ざりに行けばいいだろう」
「む……」
痛いところを突かれた。実はこの頃リラとは気まずい雰囲気なのだ。恐らくあの発作を俺が知ってしまったからだろうけどなんとなく避けられているような気がする。どのような結果であれエルグランデが終わってしまえば元通りに戻っていくとは思うがこいつには何と言ったものか……。
「……ああ! なるほどなるほど。少年もお年頃だなあ。それはあの中には入っていけないか」
まだ一言も発していないのに何を早合点したのか納得した風な顔を覗かせる。その気味の悪い表情のまま俺の頭を乱暴にゴシゴシとなでつけながら一人でに盛り上がっていく。
「誰が一番なんだ? 私の一押しはな――」
「痛いんだけど……。ほら始まるから」
気が付くと競技場に苺教官の姿が確認できた。今日の試合の審判は彼女ということだ。試合の邪魔になるので教官に鶏の様に追い払われた華香里と藤花がその場を後にする。そのままギャラリーの俺達の所へと合流するだろう。二人の代わりに教官がいることになるのでリラを心配することもなくなったかな。
「どうせここだろうと思いました」
その後も二人を待つまでくだらないことでじゃれ合っていた俺達の背後から不意に声がかかった。だがカルミアはそれを見越していたように発話者を確認するまでもなく笑いながら口を開いて言う。
「遅かったじゃないか。ヴァーミリオン」
その名前に釣られて声の主を探すと、苦労することもなく周囲から一際目立つデルフィン先輩を見つけることができた。
「こんにちは先輩。これをお探しでしたか?」
自分の隣に座っているこれを指差す。先輩は苦虫を噛み潰したような表情を湛えながらカルミアとは真反対――俺の左隣に腰を下ろした。
「白羽学園長は私が同伴するならば行動の制限を緩めると仰っていたはずですよ?」
許可を貰っているんじゃなかったのかよ……。呆れる俺と先輩に対してカルミアがあっけらかんと話す。
「お前の仕事が終わるのを待っていたら試合が始まってしまうかもしれなかったじゃないか。第一お前と一緒だと人の目が多すぎる」
(そういえば……)
カルミアが言うようにデルフィン・ヴァーミリオンという人物はこの学園内だけでも尋常ではない知名度だ。歩いているだけでも衆目を集めてしまうほどに。それは俺も入学した初日に経験している。だというのに今日の先輩には誰も注目していない。これから行われる試合に誰もが気を取られているのだろうか……。でもまだ開始していないし――。
混雑していたのか今ようやく華香里と藤花が合流した。
「追い出されちゃいました」
「折角盛り上がってたのに」
全員で横一列になると話しづらいことを嫌って二人は俺達が座っている列から一段後方に腰掛けた。
「初めまして。蘇芳華香里さんに八代藤花さんですよね?」
面と向かって話をするのは初めてなため、先輩が少し固い挨拶をかける。すると二人は今気が付いたように彼女へとそれぞれ反応を返した。その光景を見ながら藤花はともかく、華香里が先輩に気が付いていないようだった事を不思議に思ったが……。
『――間もなく、本日のエルグランデを開催します』
チャリスから流れる無機質なアナウンス。それを皮切りに静まり返ってゆく会場。俺もとりあえずは考えていたことを放棄して観戦に臨むのだった。今日の初戦はリラから……どちらかに肩入れをするわけではないが、観ている側のエンターテインメント的には彼女の相手――皐月と表示されている――に頑張ってほしいと思ってしまうな。
――――――――――――――――――
形成された決闘場の中で二人の選手が直立のまま対峙している。リラは相変わらず聖具らしきものは持っていない。対して皐月さんは槌であろう聖具を携えている。立っている状態でも地に着くほどの大きさの槌で苛立ちを抑えているかのように先ほどから小刻みに床を叩いて鳴らしている。そんな小さい音でも競技場の隅から隅まで届いていると錯覚させるほどに今、この場は静寂に満ちている。
コツン――コツン――
試合開始の宣言はとうに終わっているのだが……。互いに動き出さない状態が続くこと一分が経っただろうか。進まない展開に痺れを切らしたのか悪びれることなく藤花が言い放った。
「つまんない」
他の面々も口にこそ出さないが似たことを考えただろう。でも仕方のないことでもある。
「ミシェーレはともかく。その対面をしてる奴は動きづらいだろうな。今までの対戦からしてミシェーレはタネは分からんが後の先を確実に取れるようだからな」
コツン――コツン――
『兄さん、後の先って何ですか?』
カルミアの話を聞いた華香里が小声で俺にささやく。彼女は性格的にカルミアの絡みが苦手なようであまり接したがらない。その心情は痛いほど理解できる。だが流石にこの距離ではカルミアにも聞こえているわけで――。
「後の先というのは簡単に言えばカウンターのことだ。襲撃の予兆や動作を見てから反撃を差し込むことで相手方のテンポをぐちゃぐちゃに潰してしまう。攻撃は最大の防御を実現する方法だな」
と説明しながら迷惑がる華香里の頭もぐちゃぐちゃに撫でつける。そういうところが華香里が苦手としている所以なのだが……。
「動きますよ」
そんなやり取りをどこ吹く風と聞き流していたデルフィン先輩が告げる。いつの間にか場内に響くあの音が止んでいる。未だに両者ともそんな素振りは見せていない……。
と思っていると、まるで先輩の言葉に後押しされたように見えるほどのタイミングで皐月さんが駆け出した。ぐんぐんとリラとの距離を詰めていく。リラはやはり動かない。俺を含めたこれまでの試合を見てきた者達には死地に飛び込む兵士の如き光景に思えただろう。
(……来る!)
リラが動くにはこのタイミングしかない。俺の予想に呼応するかのように彼女の姿が眩い光に包まれた。さらに俺の脳裏には同じくリラの右手に出現した光の刃に貫かれた選手の姿も予想できた……はずだった。
目が眩むほどの光が収まり飛び込んできたのはリラの懐で静止している皐月さんだった。リラの刃は彼女の左肩のすれすれに突き出されていた。次の瞬間、一回転して勢いをつけた皐月さんによる渾身の振りがリラを襲う。すると彼女を取り巻く光が液体の様に変形して彼女の左腕に移動。直撃を防いだ……がその衝撃までは防ぎきれなかった。リラが大きく後方にのけ反る。俺はすぐさま自分のチャリスで試合の状況を確認。どうやら防御の甲斐あって致命ではない。しかし多少のダメージを負ったことをシステムは報告している。
膨らみ切った風船が破裂するかのようにギャラリーから今までにないレベルの歓声が響き渡る。無理もない。これまでの戦いで決して攻撃を受けなかったリラに一太刀を与えて見せたのだ。その興奮たるや想像に難くない。そんな中で浮かんだ疑問が口をついて出る。
「躱した……。いや外したのか?」
先ほどの状況はどちらにも取れる。答えを知識・経験豊富なカルミアやデルフィン先輩に求めて左右に顔を向ける。どうやら二人の考えは一致しているようで――。
「リラさんが外した。ですね」
「ああ、大した度胸だ。少年、ミシェーレの足元を見てみろ」
言われるがままにリラの足元を注意深く見る。すると不可解な光景が広がっていた。同じく気がついたのか背後から藤花の声がした。
「……なにあれ?」
緩やかに。だが確かに現在進行形でリラの足が地面に沈んでいる。しっかりとしたはずの床にだ。さらに不可解だったのは記憶を頼りにリラが先ほどまでに立っていた場所を見ても地面に曲がったり、ひび割れたりといった変化が確認できない事だ。これには俺だけではなく華香里も藤花も首を捻った。
俺達の抱いた謎も他所にさらなる攻勢が続く。もしかして……。という観客の期待は会場の熱気をさらに過熱させていった。




