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女神達の花嫁  作者: ALMOND
二章
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第十節

 真っ暗な空間に佇む感覚。不快な感じはしない、むしろ心地よい、何もない空間。深い、深い記憶の混濁。たった十七年の人生だが事あるごとに考えてきた。いや、誰だって考えるだろう。自分達はなぜギフトを与えられたのだろう……と。神様は何のために今ごろになって人類に新たな、言わば進化を与えたのか。


 なんて、まるで学者の真似事のような事を小さい頃はしきりにやっていた。答えが欲しいわけじゃない。ただ自分の境遇を不幸に感じてそれに対しての捌け口――尤もらしい理由付けがしたかっただけだ。もちろん子供の戯れ事でまともな答えが出るわけがなかったけれど。


 (いつからだったかな、そんなことを止めたのは)


 あれは確か――――


 『そろそろ目を覚ますと思うのだけど……』


 誰だ? 人が思い出そうとしているのに邪魔をするのは。暗闇のゆりかごに亀裂が走る。もうここに留まるのは無理みたいだ。亀裂の隙間から光が差し込み始める。


 「さようなら(・・・・・)


 一体なぜそんなことを口にしたのか自分でも理解できない。ただなんとなく、だ。意識がこことは異なるどこかへ引き戻されてゆく。





 ――――またね



――――――――――――――――――

 「ん……」


 瞼に照りつける光。ゆっくりと瞳を開くと視界に飛び込んでくる霞む景色。それが俺の知らないものだと気がつくのに目が慣れる時間も必要なかった。


 (眠っていたのか? ここはどこだ)


 室内である事は分かる。しかも窓のように外の様子が窺えるものが何もない、地下だろうか。寝かされていた簡素なベッドから身を起こしてぐるりと部屋を見渡す。


 ぴたりと、ベッドの影から様子を窺っている眼と視線がぶつかった。ずっと見られていたのだろうか、それにしては気配を感じなかった。


 (子供?)


 それは俺と比べても三、四歳は幼い少女だった。白く長い前髪の隙間から覗く瞳がじっとこちらを捉えて逸らさない。まるで彫像のように微動だにしないので俺もたじろいでしまう。状況も掴めない。この子も俺のように気がついたらここにいたのだろうか、それとも元々ここの住人なのか。


 「おはよう」


 「えっと……おはよう?」


 少女が先に口を開いた。窓がないから"おはよう"が正しい挨拶なのか分からない。何とも言い難い空気が漂う。その救世主は突如としてドアを開いて登場した。


 「あっ! お目覚め?」


 俺の上着を半ば強奪に近い形で持って行ったあの女性だ。意識を失う前に学園で聞こえたのもこの声だった気がする。ではここは特務の拠点か何かであろう、目の前の少女も……。


 「あの、ここはどこですか?」


 まるで大きな箱の中にいるような閉塞感だ。居場所を特定されないためとはいえ息苦しい。


 「私達の今のお家ってところかしら。そこに菖蒲君を招待したの」


 「いやこれって拉致――」


 「それじゃあこっちの部屋に来てくれる? とりあえず返すものを返しておかないとね」


 有無を言わさず手を引かれて別の部屋に連れて行かれる。あの少女も俺達の後ろから静かに追ってきている。案内された部屋は俺が寝かされていたものよりずっと――相変わらず窓が見当たらないが――生活感のある所だった。


 まず入って手渡されたのが以前に預けていた上着だった。畳まれていたものを広げて見てみるが、まるで時を巻き戻したかのように銃弾の穴どころか綻び一つ無い、どこを手直ししたのかさえ見当がつかない見事な腕前だ。


 「これはあなたが?」


 「フレーゼ」


 「え?」


 「名前、いつまでもあなたじゃ私が悲しいから、ちゃんと呼んで?」


 ……マイペースな人だ。実名か虚名かは定かではないが、呼ばなければ相手をしてもらえそうにないので改めて問い直す。


 「この服の修繕はフレーゼさんが?」


 新品を手渡されたと言われたほうが納得がいく。彼女は楽しそうに笑みを浮かべる。


 「その通り……と言いたい所だけど違うの。腕のいい老夫婦と知り合いでね、その方にお任せしたの。魔法みたいでしょう、それにいくつかおまけの仕掛けを施してもらったし」


 おまけ……発信機とかは嫌だぞ……。こっそりと服の内側や襟周りをなぞって確認する。


 「君にとっても悪くないものよ。GPSとかじゃあないから安心して」


 最近考えを読まれることが多くなった気がする。俺が分かりやすいのか周囲の人が異常なのか……。



――――――――――――――――――

 お湯を沸かして茶葉の用意をしているフレーゼさんの鼻歌が聞こえる。用事は終わったはずなのだがいつまで経っても学園に返してもらえない。華香里に連絡くらいはしておこうと思ってチャリスに手をかける。


 「無駄……」


 そう言ったのはあの白髪の少女だった。無駄が何を指しているのかはすぐ分かった。チャリスに反応がないのである。通信の機能が、といった意味ではなくチャリス全体が沈黙している。


 「お兄さんが寝ている間にチャリスを一時的に止めておけって言われたから。そっちのカスタム品の方も……ちょっと時間かかっちゃったけど」


 見れば沙羅さんから渡された方のチャリスも同様に動かなくなっている。この子がやったというのか? 世界中のあらゆる団体が解き明かそうとして糸口すら掴めないチャリスのシステムを……。


 「君が止めたの?」


 「撫子ナデシコ


 「……撫子はチャリスの仕組みを知っているのか?」


 チャリスのシステムの根幹は一人の天才と呼ばれるような人物が天啓に導かれるように開発したとされている。現代のブレイサーに配られるチャリスはほとんどがそのシステムを丸写しするように作られている。つまりこうすれば動くというのは分かるが、なぜ動くのかは分からないブラックボックスとなっている。それを理解しているとなれば相当な事態なのだが……。


 「知らない。でも分かる。作ったのが人間なら、構成されている言語も当然人間の考えたもの。だったら私に理解できないはずがない」


 必死で頭を捻るが理解が少し及ばないな。よほど俺が難しい顔をしていたのか彼女も何とか噛み砕いて説明しようとしてくれる。


 「中国語の部屋の話、知ってる?」


 「それは聞いたことがあるね」


 中国語が分からない人間に言語マニュアルを持たせて箱の中に入れる。外から別言語の文章を渡すと中から綺麗な中国語に変換された内容が返って来る。すると箱の外にいる人間からは中の人物が中国語を理解しているように見える。だが実際は機械作業のように言語を置き換えているだけで理解している(知能がある)とは言い難い……といったものだ。確か元は機械の知能についての話だったと記憶している。


 この話が一時期ギフトに対しても拡張されもてはやされた事がある。主にギフトに懐疑的な団体の間で。ブレイサーが箱の中の人物で聖具がマニュアル、ギフトが変換されたものというニュアンスとなっている。これの示すところは俺達(ブレイサー)はただ神に与えた通りの動きをしているだけで、自分達が神の力を理解して使っているわけではないという事だ。要はお前達は神様の操り人形だという蔑みと暗に調子に乗るなよということを示したかったのだと言われている。


 「私には人間の概念についての説明書(ギフト)がある。たとえ一人の天才が作り出したものでも、彼か彼女が人間である限り私は読み解くことが出来る」


 人間が考案したものなら何であれ自然と解読できるということか? それでは……


 「それでは白羽学園長にメッセージを送信したのも撫子かい? あの最後の一文も……」


 「送信コードの取得もあなたの家(・・・・・)の言葉で記述したのも私だけど内容はローリエに言われたものだし、最後のはネメシアが加えてくれって」


 ローリエは隊長のあの人でネメシアというのは仲間の一人なのだろう。そのネメシアという人物が俺についての何かを掴んでいる、そういう挑発にも似た文言だと俺はあの中から受け取った。


 「是非そのネメシアという人に会いたいんだけれど」


 そもそも今ここには撫子とフレーゼさんしかいないのだろうか。その疑問を見透かしたかのように俺に声が掛かる。


 「呼びましたか?」


 背後から投げかけられた声と共に顔に温かいものが這った、これは手だ。二つの手が俺の頭から首にかけて、まるで輪郭をなぞるように這っている。何事かと思い振り返ると俺の顔をホールドしていたのは栗毛にベリーショートという中性的な女の人だった。


 「あの……あなたがネメシアさんですか」


 「動かないで」


 正面で向き合っても彼女の手は俺から離れない。むしろ前を向いたせいで鼻をなぞられたり睫毛に触れられたりと散々弄くられる。挙句は顔を近づけてきて匂いを嗅ぐ動作までする。とんでもなくむず痒い時間だがどうやら事情があるようだ。


 「失礼かもしれませんが、眼が?」


 盲目なのではないか。初めて対面してからずっと今まで閉じられたままの瞳が気になった。それで先ほどから視覚以外での情報を得ているのかもしれない。


 「ええまあ、ただこれがハンディキャップだとは考えていません。眼では見えないような物事が視えるようになりましたから」


 「それでは俺の事についてはどこまで知っている(視えている)んですか?」


 彼女がどこまで本気で発言しているのかは分からないが、典礼新言語を使っていた時点で少なくとも俺については普通では知り得ない段階まで掴んでいるようだ。視える見えないが比喩なのかそのままの意味なのかは定かではないが……。


 「どこまででしょうね、"(いばら)の花嫁"さん」


 「ッ……どこでそれを……」


 思わず言葉に詰まった。二度と呼ばれる事はないと思っていたのに……。俺の困惑を察してかネメシアは不敵な笑みを湛える。


 「ふふっ、その名に縛られている限りあなたは"ことわり"の中に捕らわれ続けますよ」


 「一体何を言って――」


 「さて、ここらが潮時でしょう。これ以上引き止めてはあなたの大事な方々に要らぬ心配をさせてしまいますからね」


 俺の言葉に耳を貸さずに次々と話を進めていくネメシア。急激に意識が重たくなった。ここに連れてこられた時と同じだ。何とか頭を振ったりして抵抗しようとするも空しく体が地に崩れ落ちていく。


 「また逢うことになるでしょう。あなたは私達と同じ――――」


 彼女が何かを語りかけているが、気が遠のく中でははっきりと認識できない。そしてついに俺は完全に深い渦の中に沈んでいくのだった。



――――――――――――――――――

 目が覚めると学園の自分の部屋に寝かされていた。こうもあちこち移動させられると今までのは白昼夢ではないのかとも考えてしまう。しかし俺の横に丁寧に畳まれた上着が現実だったのだと教えてくれる。学園のセキュリティーもお構いなしか。


 (あちらの言いたい事だけ言われて帰されてしまったな)


 俺は彼女らと同じ……最後はなんと言っていたのだろうかと疑問はあるが、ヒントなどないので考えるだけ無駄なことだと割り切ることにした。


 (それに……あの人の言うとおりならまた出会う日が来るのだから)




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